21、通い合う想い
しばらくして、ロンが部屋に戻ると、すぐにギイルが声をかけた。
「おはよう、ロン」
「おはよう……」
「どうしたの? 気分でも悪い?」
いつになく元気のないロンに、ギイルが心配そうに尋ねる。
「ううん。平気……」
ロンはそう言うものの、明らかにいつもと違う。サーの言葉に、心乱されていた。
「……朝食が出来ているよ。部屋に運ぼうか?」
「ううん。でも、もう少し後でもいい?」
「もちろんさ。だけど、本当に大丈夫かい?」
「ギイル……私、今日中に屋敷に戻るわ」
やがて、静かにロンがそう言った。
「え、どうして……どうしたの? あんなに王様に会いたがっていたじゃないか」
「もう会ったからいいのよ……」
怪訝な顔をするギイルに背を向け、ロンは庭へと出て行く。
「……ロンが戻りたいならいいよ。だけど、急にどうしたんだい?」
そんなギイルの言葉を受け、ロンは口を曲げた。
「ギイル。私、駄目なの……やっぱり駄目なの……」
そう言って、ロンは震えるように座り込んだ。
ギイルはロンの肩を抱いて、静かに尋ねる。
「……何がだい?」
「……三年前、私は王様に恋をしてた……一緒に暮らしていたかったけれど、お妃様と一緒にいる王様を見るのがとても辛かったの。離れて忘れられればと思っていたけれど、駄目だった……見せかけで忘れたといっても、この胸の高鳴りは抑えられないわ……」
それを聞いて、ギイルはそっと、ロンにガウンを着せた。
「知ってたよ。ロンの気持ちは……忘れろなんて言わないさ。そりゃあ、そんな思いはタブーだよ。他の人に知られてはならない。だけど、どうしようもない恋を選んでも仕方がない。ロンがここにいるのが辛いなら、屋敷に戻ればいいだけの話さ。王様は慈悲深く、優しいお方だ。何も聞かずに、帰してくれるよ」
「ギイル……私、忘れたい。何も考えたくない」
自分の感情が抑えられず、ロンは震えながらそう言った。
「わかった……すぐに支度をするから、ロンは王様にお別れの挨拶をしておいで」
「うん……」
ギイルに促され、ロンは国王の間へと向かっていった。
まだどんな顔をしていいのかわからなかったが、黙って帰るわけにもいかない。
ロンが国王の間へ行くと、中にはフェマスだけがいた。
「フェマス。王様は?」
「今、ちょっと出てる。すぐに戻るよ。どうしたの?」
「あの……私、屋敷に帰ることにしたの」
「え、いつ?」
フェマスが、声を張り上げて言う。
「すぐに……」
「今日? なんでまた急に……」
「ごめんなさい……」
「……何かあったのかい?」
ロンの様子を見て、フェマスが尋ねた。
だが、ロンは静かに首を振る。
「ううん……」
「何かあったんだろう? いつものロンじゃない。どうしたんだい?」
「何でもないわ」
「嘘だ。言えないことなの?」
フェマスの問いかけに、困ったようにロンが顔を覆った。
「ごめんなさい。私、駄目なの……王様のことが好きなの……」
ロンが、静かにそう言った。
「え……」
突然のロンの告白に、フェマスは一瞬、言葉を失った。
「王様が辛そうにしているのを、私が支えることなんて出来ないわ。見ているのが辛いの……」
「……サーから逃げるの?」
フェマスが尋ねる。
「どう思われてもいい……ごめんなさい……」
「……どうしてあんな奴がいい? あいつはアクネを見捨てることなんて出来ないのに」
そう言って、フェマスはロンを抱きしめた。
「フェマス。離して……」
「離さない。僕があいつを忘れさせてやるよ。僕はロン、君が好きなんだ」
その時、サーが部屋に入ってきた。
サーは抱き合う二人を見つけると、すぐに目を逸らす。
「すまない……」
そう言うと、サーは部屋を出て行った。
「王様!」
ロンが言った。
しかし、すぐにフェマスがロンを遮る。
「ロン。僕を見てくれ!」
真剣な眼差しのフェマスに、ロンは静かに口を開く。
「私は三年間、王様を好きなのを止められなかった……ごめんなさい。あなたのこと、友達以上に見れないの……ごめんなさい!」
フェマスの手を振り切ると、ロンはサーを追いかけた。
「王様!」
廊下に出るなり、ロンはそう叫んで、サーを呼び止める。
「あの。さっきは……」
「……すまない。見るつもりはなかったんだ」
サーもまた、バツが悪そうにそう言った。
「違うんです。あの……」
「……なんだい?」
「あの……私、今日屋敷へ戻ります」
「屋敷へ?」
思いがけないロンの言葉に、サーが驚いて目を開かせる。
「呼んでいただいて、ありがとうございました……」
ロンはそれだけを言うと、一礼して去っていった。
残されたサーは、ロンの真意がわからぬまま、国王の間へと戻っていった。
国王の間には、まだフェマスがいる。
「……さっきはどうも」
サーが言った。
「悪いな。おまえの仕事場で」
「何が言いたいんだ。フェマス、あの子をどうするつもりだ? あの子は今までおまえがからかってきた子たちとは違う」
いつになく厳しい表情で、サーがそう言った。
だが、フェマスも真剣な表情をしている。
「そんなことはわかっている。言ったはずだ。僕はあの子を愛してる。おまえのように、恋の障害はない」
「じゃあ、あの子と結ばれればいい。あの子を追いかけて、一緒に暮らすがいい。あの子もおまえが好きなんだろう」
「僕を追い出す気か? 八つ当たりはよしてくれ」
「八つ当たり? なんなんだ。突然やって来て、私に何をしろという?」
「あの子は、おまえを愛してるんだぞ!」
フェマスの言葉に、サーが止まった。
「……馬鹿な」
「まったくだ。ちくしょう、なんでおまえなんかがいいんだ」
それを聞いて、サーは俯く顔を上げた。
「しかし、フェマスと仲良さそうに……」
「仲が良いだけの友達だとさ。三年間、おまえを忘れられなかったらしい……」
口を曲げたまま、フェマスが答える。
「でも、ロンは去っていく……」
「……おまえが、僕とロンが一緒にいるところを見て嫉妬したように、ロンだって、おまえがアクネといるところや、側室を決めようとしていることなど、知りたくないはずだろう?」
「……」
いろいろな考えが巡って黙り込んだサーに、フェマスは掴みかかる。
「僕は、手に入れられなかったものは何もない。おまえもそうだろう。だが、あの子だけは渡したくないと言いながら、あの子の心は僕にはないんだ。どうしようも出来ないじゃないか。サー、あの子を愛しているなら、手放すな!」
「フェマス……」
「あの子は今まで、どんな生活をして来た? 英雄のはずの父親の顔すら知らず、母親と細々と暮らしてきたんだ。あの子は苦を苦と思わない良い子だ。だがその分、あの子は本当の愛情を知らないんだよ。それが与えられるのは、僕じゃないんだ!」
フェマスがそう言うと、サーは何かに導かれるように、瞬間移動で城の門へと飛んだ。
すると、今まさに城を出ようとしていたロンの馬車が、サーの前に止まった。
「ロン!」
「王様……」
サーは馬車に近付き、窓から顔を出しているロンを見つめる。
「一緒に来てくれ」
「え?」
そう言うと、サーはロンを連れて、前王の塔へと瞬間移動した。
「王様……?」
サーは何も言わずにロンを抱きしめ、離そうとしなかった。
「……王様……」
暖かなサーの温もりの中で、ロンは涙を流す。
「離してください、王様……私、離れられなくなってしまいます……」
「……離さない」
ロンの言葉に、サーが静かにそう言った。
「王様?」
「ロン……私は、おまえを愛している……」
そう言ったサーに、ロンは驚き、涙を流した。
「え……」
「突然にすまない。後先何も考えずにさらってきたという感じか……だが、私はおまえを離したくないと思った……」
自分のした大胆な行動に、サーは少なからずの後悔を抱いた。なにより、戸惑っているロンを前に、この先どうすればいいのかわからなくなる。
「私も好きです。王様……」
そんなサーに反して、ロンはそう言って、サーに抱きついた。
「ロン……」
「でも……お妃様は憧れです。お妃様が、私のことを好いてないことは知っています。だから……お二人の仲を裂きたくはありません」
真っ直ぐにサーを見つめ、ロンが言った。
サーは静かに頷き、ロンを見つめ返す。
「私もたくさん考えた……けれど、ロン。いずれ側室を持たねばならないのなら、私はおまえしかいないと思う。おまえが側室という立場が嫌ならば、無理強いはしないが、どの道、誰が側室になろうと、アクネとうまくいくはずがない。ならば、私はおまえを選びたい」
「王様……」
「無理な願いとはわかっている……しかし、おまえはどうだろうか?」
「王様が……私を選んでくださるなら……」
「選ぶよ」
サーの言葉を聞いて、ロンは静かに頷いた。
「ならば……私は王様についていきます。お妃様とも、出来るだけ仲良くなれるように頑張ります」
「ロン。愛している」
サーはロンにキスをし、抱きしめた。