20、本心
その夜。サーが自室でアクネと話していると、サーの側室候補の審査官がやって来た。
「なんだ、こんなところまで……」
顔を顰めて、サーが言う。
「思ったより時間が掛かりまして……側室候補の報告でございます」
審査官がお辞儀をしながらそう言った。
「いいですわ、あなた。私もあなたの側室候補の報告は聞きたいですもの」
気が滅入っているアクネの耳にそんな話は入れたくなかったが、アクネがそう言ったことで、サーは仕方なく、審査官に続きを催促をした。
すると審査官は一礼して、報告書を読み上げる。
「側室候補は十名に絞られました。出来るだけ身分が高く、器量良しを選びました。キキ様のお目通りも済み、十名とキキ様ご推薦の一名が追加し、計十一名は健康状態に良し。後は国王陛下直々に選ばれるまで、城内へ留まらせる次第でございます」
「計十一名? キキ推薦という、後の一名は何者です?」
アクネが尋ねた。
「ロンターニャ・フリージー様でございます」
「ロン……」
「もう良い。去れ」
サーの命により、審査官は出て行った。
「どういうこと? なぜロンが候補に入っているのです! あなたは知っていたんでしょう?」
少し興奮気味で、アクネが言う。
バツが悪いながらも、サーは静かに頷いた。
「ああ、キキの推薦だ。しかし、私はロンにしても他の娘にしても、側室を受け入れる気はないのだ。だから、考えさせてくれと返事をした」
「考える余地がありますの? あの子だけは嫌だと申し上げたはずです」
「しかし……私の目にも、あの子はまだ子供だと思うし、確かに君の言う通り、あの子には人を引きつける魅力があるのかもしれない。それが魔力かはわからないが、あの子はかつて私の婚約者になるはずだった娘だし、そういう意味では申し分はないと思うが……」
「嫌! あの子だけは嫌――!」
叫ぶように、アクネが取り乱して言った。
「アクネ……」
「私がいなければと思っているんでしょう? 私がいなければ、あなたはあの子と運命的な出会いをし、結婚したんだわ。私は、お義父様のお心を奪ったあの子が妬ましいのです!」
泣き叫ぶアクネを、サーは抱きしめる。
「アクネ。父はもういない……あの子は君に憧れているという。君のような美しい女性になりたいと願っているそうだ」
宥めるように、サーは静かに語りかける。だが、そうすればそうするほど、アクネの心は頑なになっていくようだった。
「偽善者だわ!」
「アクネ。落ち着くんだ!」
「お義父様。なぜ私を選んでくださらなかった……!」
「アクネ……」
サーはアクネを宥めると、しばらくして部屋を出て行った。
すると、部屋の前にはフェマスがいた。
「フェマス……」
「ここで話を聞かせてもらったよ」
「盗み聞きしたのか?」
「聞こえてしまっただけだ。入り口付近で、大声でしゃべっていたのが悪い」
「……用事はなんだい?」
「さっき、どうしてロンに、“その時は考えよう”なんて言ったんだ?」
フェマスが言った。
サーはゆっくりと歩きながら、口を開く。
「……黒の力が芽生えたらの話だろう? ロンがそうしてくれと言っている以上、他に何とも言えないからだ。今、ロンの力が芽生えたわけでもない。それにこの先、芽生えないかもしれないんだ。今、議論しても仕方がないだろう?」
「そうかもしれないけれど……あの子から言ったにせよ、あの子は少なからず傷ついたはずだ」
「おかしいな。“遊び人のフェマス”が、一人の少女に心奪われるなんて……」
苦笑して、サーが言った。
フェマスも静かに微笑み、サーを見つめる。
「あの子が魔女でも平民でも、僕には関係ないんだ。どっちにしたって、あの子は素晴らしい娘だ」
「やれやれ……なぜみんな、そうロン、ロンという? 私にどうしろと言うんだ。私とロンも、確かに衝撃的な出会いだった。父上もすぐに気に入ったし、会う機会が多かった。それがひいきと言うならそれでも良いが、なぜああも、アクネはロンを嫌う……?」
「……おまえの心が、ロンに傾いているからだろう?」
フェマスの言葉に、サーは一瞬止まった。
「馬鹿な。あの子はまだ子供だ」
「それだ。おまえはあの子に、気を許し過ぎている。あの子はもう大人だ。僕には、サー。おまえが無理にあの子から目を背けているように見えるよ」
「なにを……」
フェマスは話を続ける。
「おまえもあの子が好きなんだ。アクネが言う通り、アクネがいなければ、おまえはあの子を妻に迎えていたに違いない」
「……」
その時、フェマスは驚くほど冷静な目をしたサーに驚いた。
「……サー? 怖気づいたか?」
そう言われ、サーは俯き、やがてもう真っ直ぐにフェマスを見つめた。
「……そうだ。仮にフェマス。私がロンへの想いを解いたところで、何か良い方向に転がるだろうか?」
静かに、サーがそう言った。フェマスは驚きに目を見開く。
「サー、なにを……」
「私は、無意味な争いはしたくない。私一人の心がどうなろうと、私はこの国を傾かせるわけにはいかないのだ。そうだ、今こそ認めよう。私はロンが好きだ」
突然、堰を切ったように、サーの本音が溢れ出した。
「だが……どうしようもないではないか。ロンを受け入れたところで、今のアクネとうまくいくはずがない。いや、ロンならどんな困難さえも乗り越えていってくれるかもしれないが、私はどちらも好きなのだ。その二人のどちらか一方でも嫌な部分があるならば、ロンを受け入れることなど出来ない。だから私は一生、あの子をどうすることも出来ないのだ」
「では手放せ。僕はあの子を受け入れる。おまえは付かず離れず、あの子を一生縛り付ける権利はない」
思わぬサーの告白に、フェマスが厳しくそう言った。
サーの本心は、フェマスの苦痛だったのである。
「その通りだ……しかし私は、ロンの好きなようにさせてやりたい。それだけなのだ。これからも、私はロンには何もしてやれないだろう。付かず離れずだ……おやすみ、フェマス」
そう言って、サーはその場から去っていった。
「サー。本当かよ……」
サーの胸の内を聞いて、フェマスは頭を抱えた。
まさかサーが、ロンに対してそんなに秘めた想いがあるなどと思ってもみなかったのだ。いや、思っていたとしても、それを自分に言うはずがないと思った。
親友であるはずのサーとライバルになるということ、アクネとロンとの間で揺れているサーを助けたいとも思うが、今のフェマスには何も考えられなかった。
次の日の早朝。
サーは昨夜、フェマスに本心を打ち明けたことから寝つけず、かつて父親が住んでいた塔へと向かっていった。
すると、塔の閉ざされた庭に気配がして覗くと、庭ではロンが花を摘んでいる。
「ロン……こんなに朝早く、どうしたのだ?」
思わず、サーが声をかけた。
「王様! おはようございます。あの、花を……」
「花? ああ。ここも荒れ野になってしまったが、花だけは幾季節も美しいな……」
サーはそう言って、瞬間移動で庭に出る。
「これを……」
ロンが、摘んだ花をサーに差し出した。
「私に?」
「なんだか元気がないように見えましたから……花は癒してくれますよ」
「……ありがとう」
静かに微笑み、サーはロンを見つめる。
「……どうかしたんですか? 寝不足みたいですね」
「いや。まあ、いろいろあってね……」
「そうですか。私には、王様のご苦労はわかりませんが、どうか元気を出してください。王様の元気は、皆の元気だもの」
ロンの言葉に、サーは思わず笑った。
「おかしなことを言う……」
「あら。屋敷にいた時も、町のみんなで話をしていて、みんな王様のファンなんです」
「そうか、それはありがたい。私も気を引き締めていかないと」
「ええ。町娘は、みんな噂好きですから」
そう言って、ロンも明るく笑う。
「しかし……なぜここへ? ここはもう、あまり人が寄りつかないんだ」
「久しぶりに来てみたくなって……それに、ここのお庭の花は美しいから……前王様がお亡くなりになってから、この塔が使われることも、入口に強力なバリアを張ることもなくなったと聞いて、ここへ来てしまいました」
ロンの言葉に、サーは優しく微笑んだ。
「……父はおまえのことが好きだった。好きな時にここへ来るが良い。父も喜ぶ」
「ありがとうございます。王様も、よくここへ……?」
「そうだな……一人になりたい時は、よく来る。ここは落ち着ける」
「あ、ごめんなさい。それなら私、もう行きます」
「いや、良い……今日はおまえのほうが先に来たんだ。少し話をしよう」
「はい……」
二人は、庭のベンチに座る。
「あの」
徐に、ロンが口を開いた。
「なんだ?」
「あの……お妃様のご容態は如何ですか?」
「ああ……まあ、相変わらずといった感じかな。あれが苦しんでいるのは私も見たくないのだが、しかし、そう重い病気ではない」
サーが遠い目をしてそう答える。
「でも、心の病は辛いはずです……」
そう言って俯くロンに、サーは静かに口を開く。
「ロン……変なことを聞いていいか?」
「はい?」
「……おまえは、私の側室になる気はないか?」
「えっ、側室って……私が?」
ロンの驚きに、サーは静かに微笑んだ。
「……すまない。やはり変なことを聞いたな」
そう言って、サーは立ち上がる。
そんなサーを、ロンが心配そうに見つめた。
「王様。お妃様はどうなるんですか?」
「アクネはどうにもならない。このまま私の妻だよ」
「……私なら耐えられないです。心は繋がっていたとしても、好きな人が他の人と一緒にいるところなんて……」
アクネの気持ちを察し、ロンが言う。
サーは、静かにロンを見つめたままだ。
「……私も反対だよ。だけど、こればかりはどうしようもないらしい。確かにアクネは、どうやっても子供が生めぬ体だそうだから。私はまだ二十歳になったばかりだが、そのうち年をとる。私には兄弟もいないし、後を継ぐ者がいないのだ。そうなれば、国は滅びる……すまない。本当に変なことを聞いた。忘れてくれ」
「王様……」
ロンを残し、サーは去っていった。