19、再会
「しかし、なぜ、娘たちの列に?」
国王の間に入るなり、サーがロンに尋ねた。
ロンは勧められた椅子に座り、サーを見つめる。
「お城の外で並んでいたのに巻き込まれて。並べば王様に会えると言われたので……」
「そうか。それは災難だったね」
「あの審査はなんなんですか? 王様と吊り合う人を探していると聞きました」
「ああ……あれは、私の側室候補選びだよ……」
「側室?」
「王様の子供を生むための女性選びだよ」
ロンにわかりやすい言葉で、キキが言い直した。
「キキ。やはり私は反対だ」
渋い顔をして、サーが言う。
「しかし、このままでは国は滅びてしまいますぞ」
「……お妃様は?」
二人の間に入るように、ロンが尋ねる。
「アクネは……少し塞ぎ込んでいてね。世継ぎが生まれないので、周りの者が躍起になっているのだ。アクネはそれを案じて部屋に塞ぎ込んでいる。私は気にするなと言うのだが……」
「お可哀想なお妃様……」
「おまえは優しいね。女は皆、アクネの後釜を狙っている。私はそんなことはさせないが……皆の言うことも、よくわかっているつもりだ」
サーがそう言った。
沈んだ空気に、ロンは静かに口を開く。
「……私は、国のことはわかりません。だけど……良い道が続くと信じています」
「そうだな。私も信じるとしよう。しかしロン、ずいぶん女らしくなった。ホウキで駆けつけたというおてんばさは、少しも変わっていないようだがな」
サーの言葉に、ロンは真っ赤になった。それを見て、サーは笑う。
「ハハハ。褒め言葉だよ」
「王様ったら」
「アハハハハ」
するとそこに、フェマスがやって来た。
「ロン! 早速来たと聞いて……ああ、本当に来てくれたんだね」
「フェマス。無事にお城に着いたみたいでよかったわ」
「君のお陰だよ。旅の疲れを取らせてもらったからね」
「あら。ずいぶん遊んだわ」
「ハハハ。遊びが旅の休息さ」
楽しげなフェマスとロンに、サーがにこやかに話しかける。
「ずいぶん親しげだね。出会って間もないと聞いたが?」
「妬くな、妬くな。サー、我々は自由奔放という面で気が合うだけだ。なあ? ロン」
「はい。毎日釣りをしたり絵を描いたり、馬に乗ったりして遊びました」
ロンとフェマスは互いを見て微笑む。それを見て、サーも微笑んだ。
「そうか。お互いに、良い友人が出来て良かったな」
「陛下。少々お時間を頂けますか?」
そこに、キキが割り込んで言った。
「ああ、じゃあ我々が出て行くよ。ロン、庭で話でもしようじゃないか」
「ええ」
フェマスはそう言うと、ロンを連れて国王の間を出て行った。
二人きりになったサーとキキは、向かい合わせに座る。
「それで? キキ。おまえの考えは?」
サーが尋ねる。
「今日になって、三年間枯れていた魔法の泉が蘇りました。その原因を探そうとしていたところに、ロンが現れた……やはり、原因はあの子です」
キキの言葉に、サーは目を伏せた。
「……ロンに何が出来る? あの子は、飛行術しか持たぬただの娘だ。そりゃあ、飛行術を持つ人間はそうはいないが……」
「陛下。それは私にもわかりませぬ。あの子が生まれ持った運命が、どれほどの大きなものなのか、それが王家や国に影響するのか、今の私にはわかりませぬ。しかし、あの泉はそう枯れることも蘇ることもありませぬ。それが意味していることは、ロンは私よりも大きな力を持つということです」
「まさか! おまえは大魔女だぞ」
「しかし、あの子の力は遥かに大きい。今はまだ眠ったままの才能も、いずれどこかで目覚めるでしょう。それが白のものか黒のものかは、その時にならぬとわかりませんが……」
「黒のもの……かもしれないのか?」
サーは、ゴクリと息を飲み込む。
「可能性はないとも言えないでしょう。あの子の父親は、元は黒魔族の人間なのですから」
「……おまえより大きな力となれば、さぞ大きかろう。しかし、あんな小さな子が……」
「陛下。あの子はもう子供ではありません」
「……しばらく様子を見よう。その後の決断は、おまえに任せる」
「陛下……」
「なんだ?」
「側室を置かれるなら、ロンを側室になさいませ」
キキがそう言った。サーは大きく動揺する。
「ロンを? 馬鹿な。あの子はまだ……」
「子供ではないと申したはずです。あの子は十八です。三年前のあなたよりも大人だ……しかも、あなたを慕っている」
「……私は、アクネを裏切ることはしたくない」
改めて、サーが言った。
「何をおっしゃられる。このまま逃げ続けることは出来ぬのですぞ? アクネ様とて、わかっているはずです。今まで我々が手を施しても無理だったお体だ。側室を置くほかないでしょう。離縁するわけではないのです。国のため、割り切っていただかねば」
「しかし、ロンは……」
サーは目を伏せたまま、口を曲げた。
決してロンが嫌いなわけではないが、誰であろうと、今はまだアクネのそばにいてやりたいと思う。
だが、キキは言葉を続ける。
「あの子は、かつてはあなたの婚約者だった娘です。身も心もこちら側の人間になれば、たとえ力が目覚めても、白の力の可能性が高い。身も知らぬ娘ではない。お考えを……されば私の元で修行させます。あの子の力が大きくなったら、このままではあの子は、コントロールすら出来ないでしょう。私が魔術を教えます」
「……おまえがロンを納得させられればそれで良い。私が望むのは、国に脅威がさらされないことだけだ。それがロンと関わりがあるとは思えないがな……ついでにロンに、しばらく城に留まれと伝えてくれ。しかし……側室の件は、しばらく考えさせてくれ。ロンであれ、他の娘であれ、まだ……」
「かしこまりました……」
サーは、国王の間を出ていった。
そのまま、サーはアクネの部屋へと向かった。
アクネは自室に閉じこもり、ベッドに横になっている。
「アクネ……気分はどうだ?」
サーが、優しく尋ねる。
「ええ……大丈夫ですわ」
痩せ細ったアクネが、痛々しくそう言った。
「無理をするな。顔色が優れないな」
そう言って、サーはベッドに座り、アクネを見つめる。
「……噂で聞きましたわ。ロン……あの子が帰って来たと」
「遊びに来ただけだよ。フェマスが……」
「あなた。側室候補は?」
「心配するな。形だけだ。私は君を見捨てはしないよ」
「ああ、あなた……」
アクネは起き上がり、サーに抱きついた。
サーはアクネの頭を子供のように撫でてやると、静かに口を開く。
「形だけだ……側室を決めたら、しばらくは周りの者も何も言わなくなるだろう」
「あなた……あの子は候補には入りませんの?」
「ロン? あの子はまだ子供だよ」
「もう大人だわ……」
そんなキキと同じ言葉に、サーは戸惑った。
「……確かに、見違えるほど美しくなった。しかし、中身は子供のままだ。フェマスと気が合うらしいよ」
少し苦笑して、サーが言った。
ロンは前より大人びて、美しい娘に成長したといっても、出会った時と変わらずホウキを抱いていたのが印象的で、思い出すと今でも笑みが零れる。
「……あの子は恐ろしゅうございます。周りの者を巻き込み、引き込んでしまう……生まれながらの魔女に見えます」
サーに反して、アクネが体を強張らせてそう言った。
「魔女か……キキが言っていた。ロンは、キキを超える魔女になると」
「まあ……」
「私には、信じられんがね」
「恐ろしいですわ……所詮は黒の人間なのです」
「……私にもわからないよ。さあ、余計な心配はいらないから、早く元気になっておくれ。皆も心配しているよ」
そう言って立ち上がると、サーはアクネを寝かせ、布団をかけてやる。
「……皆は、世継ぎのことしか頭にないんですわ」
「そんなことはないさ。皆心配している。じゃあ、私は公務に戻るよ」
「あなた。側室候補は……ロンだけは、嫌でございます……」
アクネが、思いつめたようにそう言った。
「……うん、わかった。ゆっくりおやすみ」
サーは頷くと、アクネの部屋を出て行った。
しばらく歩くと、庭から楽しげな声が聞こえた。サーが庭を覗くと、ロンは着いたばかりのギイルと合流し、フェマスや家来達と、花冠を作りながら話をしている。
「もうびっくりでしたよ。思い立ったら、すぐに行動してしまうんです。何も持たずに着の身着のまま、ホウキに乗って行ってしまって、追うといっても手立てがない。馬をヘトヘトに走らせましたよ」
ギイルが言った。
「だってギイル。私は、下手に飛べるから悪いんだわ。思いついたら、フワフワと飛んでしまうの」
ロンの言葉に、一同は笑い転げた。
「そうか。じゃあ、飛べるというのは良いことだけでもないんだね」
「そうかもしれないわね。でも、ホウキがないと飛べないのよ」
「ホウキじゃないと飛べないの?」
「うーん。前にモップで飛んでみたことがあったけど、あれは相性が合わないみたい。モップが言うこと聞いてくれなくて、明後日の方向へ行ってしまうんだもの。第一、バランスが取りづらいの。あの時は、かなりの大怪我したわ。それ以来、ホウキじゃないと飛ばなくなったの」
ホウキを抱きしめて、ロンが答える。
「アッハッハ。じゃあ今度、乗り心地の良いホウキを考案するか」
「もう、フェマスったら」
「アハハハハ」
庭には、いつにない活気がある。そんな光景を見ながら、サーは去っていった。
「魔女か……」
サーは苦笑した。
夜。ロンは、サーとフェマスと三人で食事をすることになった。
「どうしたの? ロン」
食事に手をつけないロンに、フェマスが声をかける。
「口に合わないか? 違うものを用意させるが……」
サーも心配して言う。
「ご、ごめんなさい。違うんです。あの、こんな広い食堂で、しかもこんな面々で食事するなんて初めてで……」
申し訳なさそうに、ロンが正直にそう言った。
広々とした食堂には、三人以外は誰も食事をしていない。
「ハハハ。気兼ねすることはないよ。それに……まあ、確かに三人でこの食堂は広過ぎるが、慣れれば大したことはない。アクネがいないのが残念だが、ここでフェマスと二人きりで食事するより、おまえがいてくれて良かった」
サーが言った。フェマスも頷く。
「そうだよ。家ではガツガツ食べてたじゃないか」
「もう、フェマスったら」
「ハハ。さあ、食べなよ。じゃないと、僕が君の分まで食べてしまうよ」
ロンはフェマスの言葉に赤くなりながらも、明るく笑った。
「フェマスも食いしん坊ね。そんなことはさせないわ。いただきます」
「ハハハ。召し上がれ」
やっと少し緊張を解し、ロンは食事に手をつけた。
「そういえば、サー。さっき僕らのところにキキが来たよ。魔法の泉が蘇ったそうだね。なんだかおかしなことを言っていた。ロンがキキを超える大魔女になる素質があるって……」
フェマスが言った。サーは頷き、ロンを見つめる。
「ああ、私も聞いたよ。ロンはどう思う?」
「私は……飛ぶことしか出来ません。だから、キキ様を超える大魔女になれるなんて思えません。だけど、私はこのまま力をコントロールも出来ない人間になるのは嫌です。それに、もし黒の力だったら……」
急に不安げな表情になり、ロンが言った。
そんなロンに、フェマスが口を開く。
「ロン。そんなことを考えてはいけないよ。君みたいな明るくて優しい子が、黒の力など持つはずがない」
「ありがとう、フェマス。でも、キキ様が可能性はないとは言えないって言ったわ。だから……王様」
突然、ロンがサーを見つめる。サーもそれに応えた。
「なんだ?」
「もし、私に黒の力が芽生えたら、その時は……ためらわずに私を殺してください」
「何を言う!」
思わぬロンの言葉に、サーとフェマスは同時にそう言った。
だが、ロンは真剣な表情のまま、サーを見つめている。
「黒の国に追放でも構いません。私は王様に忠誠を尽くしていますが、自分ですらわからぬ力まではわかりません。だからその時は……」
真剣なロンの顔に、サーは静かに頷いた。
「……わかった。その時は考えよう」
「はい……」
「今日はゆっくり休みなさい。長時間飛んで疲れただろう。しばらく城に留まるといい」
「ありがとうございます……」