18、招待
「ギイル! ギイル!」
ロンに突然呼び立てられたギイルは、何事かと急いだ。
「どうしたの? ロン」
「王様から手紙よ! ああ、とても久しぶりだわ。いつもお互い、年初にしか書かないのに」
ロンが言った。
「早く読みなよ」
「うん。ギイルと一緒に読もうと思ったの。あなたも懐かしいでしょう?」
「僕はあまり、国王陛下とは面識がないもの」
「そんなことないわ」
ロンは封を開けた。
「ねえ、ギイル読んで」
「うん……」
ギイルは手紙を受け取ると、読み始めた。
「ロン、元気にしているだろうか。従兄弟のフェマスが、道中で君に世話になったと聞き、懐かしくて手紙を書きました。もう君が城を去って三年になるか。早いものだね。城の中の顔ぶれも、ずいぶん変わりました。久しぶりに話がしたい。遊びがてら、一度城に来てほしいと思っています。私もフェマスも楽しみに待っているよ」
「王様が、私を待っているの?」
「そう書いてあるよ。待って。そこから先は、フェマス様からだ」
「フェマスが?」
ギイルは、フェマスの手紙を読み始める。
「久々にサーの城へ来て、二人で語り合いました。サーも君に会いたがっているので、一度招きに応じて来ればいい。気兼ねすることは何もないよ。僕も待っています。フェマスより」
「フェマスからも書かれているの?」
「そうだよ。凄いね、ロン。お二人からお招きされるなんて」
「私、行くわ。すぐ会いたい!」
ロンはそう言って立ち上がる。
「え? すぐって……」
「すぐよ。遊びに行くだけだもの」
「待って。いろいろ準備があるだろう? 王様に会うんだ。気兼ねするなといっても、それなりに小綺麗にしていかないと……」
気持ちが一気に高ぶって、ギイルの言葉は半分以上、ロンには届いていない。
ロンは側に置いてあったホウキを掴むと、開いた窓枠に飛び乗った。
「じゃ、行ってきます」
「え? ちょっと待って、ロン!」
ロンは有無を言わさず、ホウキに乗って空へと飛び立っていった。
「まったく! メイド長、急ぎで僕も出かけるよ。もしかしたら、しばらく帰らない」
慌ててギイルがそう叫ぶ。それを聞きつけ、奥からメイド長が出てきた。
「まあ。急に何処へ行くの?」
「あのきかん気が心配だ。陛下からお城へのお招きなんだ。すぐに必要なものを詰めてくれる? 僕も馬ですぐに向かうよ。向こうに着いたら連絡する」
「わかったわ」
メイド長はすぐに支度をすると、ギイルに荷物を持たせてやった。
ギイルは馬に乗ると、すぐに城へと向かっていった。
ロンが城の前に着くと、城の前には若い娘がたくさん並んでいる。
「……あの。この列は何? どうして並んでいるの?」
ロンは、最後尾の少女に声をかけた。
「あら。あなた知らないで来たの? 私たちは王様に選ばれる為に来たのよ。城外審査を門の所で受けるのよ」
少女がそう答えたが、ロンは意味が分からず首を傾げる。
「王様に選ばれる?」
「そうよ。身分は問わず、王様の手となり足となるためにね。私は、王様に仕えるゼムン将軍の姪よ」
「あら。ゼムン将軍?」
懐かしい名前に、ロンの顔が輝く。
「あなた知っているの? まあ無理もないわ。叔父は王様の信頼を得ているし、有名ですから」
「そうね。確かに立派な方だと思うわ。ちょっと怖いけど……」
「ええ、立派よ。私を推薦してくれたのも叔父なの。きっと選ばれてみせるわ。あなたは誰の推薦?」
「私は王様に呼ばれてきたの」
正直にロンが言った。
「王様に? まあ、そんな見えすいた嘘をつくの?」
「嘘じゃないわ。あ……手紙、忘れちゃった」
「とにかく、あなたも目的は同じでしょう? じゃあ並びなさいよ」
「ここに並ばないと、王様には会えないの?」
「並んでも会えないかもしれないわよ。城外審査に、果たして受かるかしら?」
少女はゼムン将軍のように、高貴な出特有の近寄り難さを持っているが、ロンは構わずに質問をぶつける。
「審査って、何をするの?」
「丈夫で美しい娘じゃないと、お城の中には入れてもらえないわ」
「よくわからないけど、お城で働くための審査みたいね」
「まあそんなところね。ああ、私の番だわ。じゃあね。お互い受かったら、また会いましょう」
「あ、待って。あなたの名前は? 私はロンよ」
「フローラよ」
フローラと名乗った少女は、城外審査の小屋へと入っていった。小屋からは、審査漏れの少女たちが次々に出てくる。
しばらくして、ロンの番になった。
「そこに座って」
ロンは言われるがままに、用意された椅子に座る。
「あの……王様に会えますか?」
「少し黙っていなさい」
「はあ……」
検査官は、椅子に座ったロンをあらゆる角度から見つめている。
「大きな病気をしたことは?」
「ありません」
聞かれるままに、ロンが答えた。
「好きな食べ物は?」
「なんでも好きよ。特にケーキやクッキー、甘いものは何でも……」
「ああ、もういい。いたって健康体と……まあ、よしとしよう。しかし、もう少し小綺麗な格好をしていれば、すぐにでも通せたものの……」
「ごめんなさい。急いでたものだから……それで、私は受かったの?」
「そうだ。おまえは最後尾だから、早く城へ行きなさい。もう一度審査が待っている。それに受かれば王様に会えるぞ」
「わかったわ。ありがとう」
「ああ、それから、そのホウキは置いていけ」
検査官が、ロンの持っていたホウキを見て言った。
「これは大切な物なの」
ロンは手放すまいと、ホウキを抱えて答える。
「預かっておくだけだ。城内でホウキを振り回すつもりか?」
「振り回すなんてしないわ。とにかく、持って行くわ」
そう言って、ロンは城内へと走っていった。
「あ、おい。待ちなさい!」
審査官の声を振り切り、城内へと入ると、さっきのフローラがいた。
「フローラ! また会えたわね」
ロンが言った。
「あら、あなたも受かったの。大丈夫なの? ここの審査官。まあ……確かに顔は並かしらね。それよりその汚いホウキ、どうにかしたら?」
フローラが、少し冷たくそう言う。でも緊張しているようで、顔は強張ったままだ。
「これは大切なものなのよ。ああ、いよいよ王様に会えるのね」
「まだよ。城内審査があるもの。それも何段階も。どんどん絞られるわ」
「どうしてそんな審査をするの?」
「選りすぐりの娘を探すためよ。王様と吊り合うようなね。まあ、あなたは無理でしょうね」
「……王様にはお妃様がいらしゃるわ。吊り合うとか、そんな言い方は良くないわ」
「だって本当のことだもの」
その時、他の娘たちがざわついた。ロンとフローラが振り向くと、そこには偶然通りかったサーと、大魔女のキキがいた。
「王様だわ!」
「王様!」
娘たちが、口々に叫ぶ。
サーは娘たちを見ようともせず、顔を背ける。すると、キキが口を開いた。
「静かにしなさい。国王陛下がここへ来たのは、少々トラブルが起こったからのこと。おまえ達を見に来たわけではない。道を開けなさい」
キキがそう言うと、娘たちは左右に退いた。その時、娘達を一瞬見たサーの目に、ロンが映った。
「……ロン? ロンなのか!」
サーが、ロンに駆け寄った。娘たちがどよめく。
「そのホウキ、ロンだね? 見違えたぞ!」
三年前と変わらぬ笑顔で、サーが嬉しそうにロンに声をかける。
ロンも満面の笑みを浮かべつつ、懐かしい顔に恥じらいをも覚えた。
「王様も、凛々しくなられて……」
「ハハハ。少しはお世辞を覚えたか。しかし急だね。さっき手紙を出したばかりだぞ。読んでいない?」
「いいえ。何だか居ても立ってもいられなくなって、すぐに……」
「文字通り、すぐに飛んで来たというわけか。アハハハ。おまえらしいな」
豪快なサーの言葉遣いに、ロンも嬉しくなる。
「陛下、部屋に戻りましょう。事の発端は、この子が原因のようだ」
大魔女・キキが、ロンを見てそう言った。
「ロンが……? よし。ロン、一緒においで。娘たち、騒がせてすまなかったな。審査官よ、審査を続けてくれ」
サーはそう言うと、キキとともにロンを連れて、国王の間へと向かっていった。