15、新たな出発
「王様……好きです……」
そう言って、ロンはすぐにハッとした。
そんなことを意識したことは、今までなかった。しかし、そう言った途端、ロンの中で何かが燃え出した気がする。
「ロン……」
サーも驚いていた。しかしすぐに苦笑する。
「雰囲気に飲まれるな。どういう好きかは知らないが、私には妻がいるぞ」
その一言で、ロンは正気に戻り、慌てて頭を下げる。
「すみません。私、何を言ったかわかっていなくて……」
ロンの言葉に、サーがまた優しく微笑む。
「……思えば不思議な運命だな。私とおまえは、父上が、おまえが死んだと思い込まなければ、そのまま許婚としていたのだろう。もしかしたら、私とおまえは結婚までしていたかもしれないな。運命とは不思議なものだね……ロン、おまえには幸せになってほしい」
「王様……」
「私とおまえは、思えば新鮮な出逢いだったね。使用人に興味は無かったが、なぜだが惹かれた……今となっては、そんな因果関係があったからだろうが、私もおまえが好きだよ。だが、それは恋とか愛とか、そういうものではないね。そうだな……今では、妹のように思っている」
「妹……」
「ロン。今日から貴族の娘のような暮らしが出来る。何かあったら、私に言いなさい」
そう言うと、サーは去っていった。
ロンはその場に座り込むと、顔を真っ赤にして涙した。
「王様。私……」
初めて自分の気持ちに気付き、ロンはどうすることも出来ない苛立ちに涙していた。
次の日。ロンは馬小屋へと向かった。すると、馬番のデノスが馬の手入れをしている。
「デノス」
「あ、これは……ロン様」
すると、明らかに今までと態度の違うデノスがいた。
ロンは寂しく思い、口を開く。
「デノス。なるべくなら、今まで通りに接してほしいの」
「しかし……」
「……もういいわ。なんでもないから」
そのままその場を通り過ぎ、ロンは散歩するように、使用人棟へ向かった。
しかしそこでは、使用人たちが、いつも通りに休憩時間を笑顔で過ごし、大声で笑っている。
ロンにはもう、そこに入ることは出来なかった。
数日後。ロンはサーに会うため、国王の間へと向かった。通されたロンを迎えたのは、サーとアクネである。
「どうした? ロン」
いつも通りの笑顔で、サーが声をかける。
「あ、あの。お願いがあって、来ました……」
「なんだ? 言ってみなさい」
「……あの、私を使用人に戻してください!」
ロンの突然の申し出に、サーとアクネは驚いた。
「呆れた。あなた、国王がどんなに慈悲の心で格上げしてくださったのか、わかっているの?」
アクネが言った。だが、すかさずサーが、手を出して制止する。
「アクネ、止めなさい」
「でも……」
「わかっています……でも、もう戻っても、みんなは私を仲間として認めてくれないかもしれないけれど、私、裕福な生活の仕方がわからなくて……」
俯いたまま、ロンが言った。
ロンは、今までの生活が求めていたものだとわかったのだ。新しい発見のある仕事、同じ仕事をこなす仲間たち。それらを失い、ロンにはやることがないのだと認識させられたのだ。
「……確かに、ロンには戸惑うことも多いだろう。しかし、慣れれば良い暮らしが出来る。それでも嫌か?」
ロンの気持ちを汲みながらも、サーはそ尋ねる。
「嫌、というか……」
「あなた。いいではないですか。こんなに使用人になりたがっているんですよ? この子にとっての幸せは、使用人であることなんですわ」
煮え切らない態度のサーに、アクネが言った。
サーは溜息をつく。
「しかし、今、ロンが使用人に戻ったとしても、ここの使用人たちとは打ち解けられないだろう。この間のように……」
「……すみません。格上げして頂いたのに、わがままを言って……」
ロンは小さく肩をすぼめたまま、顔を上げようとはしない。
そんなロンを安心させるように、サーはロンに微笑んだ。
「顔を上げなさい、ロン。なに、おまえがそう言うのなら構わない。しかし、どうしたものか……」
「そうだわ」
急に、アクネが声を上げた。
「それでは、この子を別の場所に住まわせれば良いではありませんか」
「別の所? そうか、屋敷を与えるのも良いかもしれんな。城に合わないというのなら、ロンに合った環境を作れば良い……どうだ? ロン。どこか環境の良い所の屋敷を選び、おまえにあげよう。おまえはそこで、好きに暮らせばいい」
アクネに賛成して、サーが言った。
だが、ロンの目は一瞬揺らいだ。
「ここから、出るのですか?」
「金の心配はいらない。使用人ももちろんつけよう。私もおまえを縛り付けるようなことはしたくないからね」
「あ……ありがたき幸せです……」
国王であるサーがそう言ったことで、ロンはそれを受ける他なかった。
サーに恋をしたことで、苦しさがロンを締めつける。サーと離れたくはなかったが、サーとアクネを見ている辛さから逃げたかった。
次の日。城から少し離れた郊外に屋敷が見つかり、ロンは数人の使用人を連れ、その屋敷に住むことになった。
「ロン。短い間だったが、おまえがいてくれて、いろいろ助けられたな。私は外へ出かける機会がそうそう無いが、おまえはたまには城にも遊びに来ておくれ」
サーが、ロンを見送って言った。
「ありがとうございます、王様。身に余る光栄です……」
ロンも笑顔で答える。
「元気で。私も世話になりました」
今度はアクネが言った。
「いいえ、お妃様。ありがとうございました」
「さあ、行きなさい。おまえが戻りたければ、いつでも城に部屋を用意するよ」
サーの言葉が身に沁みて、ロンは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます……さようなら……」
ロンは馬車に乗ると、城を後にした。
サーへの恋心は、なにもかも忘れる決心をした。
都から少し離れた街の郊外。
森の奥にある屋敷に、ロンは移り住んだ。
ロンは今までとは違い、名誉ある地位へと格上げされた。使用人の中には、以前から仲間としていたギイルがいる。
「駄目ですよ」
「いいじゃない、ギイル」
ロンとギイルは、新しい屋敷で言い争いをしていた。
「駄目です、ロン様……ロン様は、今や使用人ではないのです。私がタメ口を利くなど出来ません」
先輩として過ごしてきたギイルが、そう言った。
ギイルにとってロンは、もはや後輩や同じ使用人ではなく、身分の違う人間である。
「どうして? ギイル。お願いだから、今まで通りに接してよ。私付きのボーイなら、私の命令には従うんでしょう? 私はあなたと友達でいたいの」
不満げな顔をして、ロンはギイルを見つめる。ギイルとは、今まで通りの友達でいたかった。
「……それは、命令ですか?」
ギイルが言った。
ロンは寂しさを抑えつつ、大きく頷く。
「そうよ、命令よ。今まで通りにして。そして今まで通り、いろんなことを教えて。それで、何かあったら喧嘩になっても構わない。私は友達がほしいのよ」
「……わかりました。ロン様が望むなら」
「ロンよ」
「ロン……ああ、なんだか悪いことをしているみたいだ。僕と君とでは、もう身分が違うんだよ?」
「私がお嬢様の器だと思うの?」
ロンがそう言うと、ギイルが吹き出すように笑った。
「ハハハ。変わった子だな、本当に君は……」
すると、ロンも微笑んだ。
「これからもよろしくね、ギイル」
「ああ、ロン。僕なんかで良ければ、友達でいさせてもらうよ」
「うん」
二人は笑った。
数日後の夜。ロンは、バルコニーで月を眺めていた。
そこに、ギイルがやって来た。
「ロン? どうしたんだい?」
「月を見ていたの。今夜は満月よ」
「本当だ。綺麗だな……」
「ギイル……あなたは、ここにいて寂しくない? ずっとお城にいたのに……」
突然、ロンがそう尋ねた。
ギイルは静かに微笑む。
「そんなことはないよ。むしろ、お城にいたのは短いんだ。子供の頃から使用人として、いろんな屋敷を回っていたからね」
「へえ……」
「……寂しいのかい?」
「ううん。別に……」
ロンの寂しさを察するように、ギイルはロンを見つめる。
「お城に戻りたくなったら、いつでも言えばいいよ。上流社会の生活なんて、慣れだからね。すぐに慣れると思うよ」
「……それだけじゃないの。私だって、お姫様みたいな生活を送るのが夢だったわ。でも、なによりお城にいることが苦しかったの……」
「ロン……」
「でも、忘れなきゃね……私はこれから、新しい場所で新しい人生を送るんだもの」
「……そうだよ。これからも、素晴らしい人生になる。だってこんな大きなお屋敷で、好きなように暮らせるんだもの」
「ええ……」
二人は微笑んだ。
「大丈夫かい?」
「ええ。ありがとう、ギイル。もう寝るわ。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ……」
ギイルは、部屋を出ていった。
そのまま、ロンは月を見上げる。
ロンの脳裏には、サーが焼きついて離れなかった。しかし、アクネとの幸せそうなサーの姿を見ると、悲しくて居ても立ってもいられない。
そのまま涙を流すと、ロンはサーを忘れて、新しい人生を踏み出すことを誓った。