13、信用の条件
前王の部屋に着いたサーとロンは、すぐに前王に駆け寄った。
「前王様……」
「父上。遅くなりました。ロンを連れてまいりました」
サーがそう言うと、前王は握っていたペンダントをロンの首にかける。
「それは、おまえの物だ」
「前王様……」
「ロン。もう一つ、思い出したのだ……おまえの父が、命に変えて黒の国を封印した剣の側には、宝石のような欠片が散らばっていた。それが消えたザークリーの命だったのか、ザークリーの死を偲んで、妻のミリアが残したものなのか、真意はわからないが……おまえに関係のあるものだとは思う。その欠片はこの国を守るものとして、王が持つ杖の先に入れられている……後でサーとキキに言って、おまえの守りのペンダントに入れてもらいなさい。あの欠片は、きっとおまえを守ってくれるだろう。おまえの父と母の結晶として……」
「前王様……」
「サー。私はもう、もつまい……」
「父上、何を……!」
力なく自分を見つめる前王に、サーが首を振る。
「サー、それにアクネ……」
呼ばれて来ていたアクネも、側に寄る。
「はい、お父様。アクネはここに……」
「二人、ロンの両親のように、この国を守るんだ。決して私のように、弱い人間にはなるな……」
「父上!」
「前王様!」
「お父様!」
そして、前王は息絶えた。
一同は重い夜をそれぞれに過ごし、そして次の日、国中を上げて前王の葬列が行われた。
城が少し落ち着きを戻した数日後、ロンは国王の間に呼ばれた。そこには、サーとアクネがいる。
「ロン。これは父上が言っていた、王の杖に入っていた欠片だよ。持っていなさい」
サーが、小瓶に入れられた小さな欠片を、ロンに渡した。キラキラと輝いている。
「ありがとうございます」
ロンはそう言うと、小瓶をペンダントに通して、首からかけた。
「それから……この間のことはアクネから聞いた。人事は任せていると言ったが、怖い目に遭わせてすまないと思っている」
眉を顰めて、サーが言う。
「いいえ……」
「今日おまえを呼んだのは、これからのことだ。おまえ、これからも城で働きたいのか?」
「……許してくださるなら……」
少し考えて、ロンはそう言った。
「許す、か。おまえは父上に、毒でも盛ったとでも言うのか?」
「いいえ! そのようなことは決して……」
「では、良いではないか」
「でも……確かに私は、一番側にいたのに、前王様の異変をすぐに気付くことも出来ませんでした……ですから、咎められても何も言えません……」
ロンが答える。
「なるほど……」
「あなた。この子を許すおつもりですか?」
その時、黙っていたアクネが口を挟んだ。
「この子は、今まで自覚がなかったから良かったものの、黒の人間の血が半分流れているのを知ったんですよ? これから能力が開花するかもしれません。無意識のうちに、私たちを陥れることもあり得ます!」
強い口調で、アクネが言う。
サーは静かに頷いた。
「うん……それは一理ある。黒の魔術はとにかく大きいと伝えられている。その濃い血があれば、いつ能力が開花してもおかしくはない。ロンが空を飛べるのも、その血のせいに違いない……だが、アクネ。私には、ロンが黒の者になるとは、どうしても思えないのだ。もちろん、おまえが心配していることもわかるが……」
サーの言葉に怒りを露わにし、アクネは口を曲げる。
「あなた! この子は黒の者さえもう持たない、飛行術を身につけているのです。しかも幼い頃から……危険だとは思いませんか?」
「だが、アクネ。この子の力が強いのは、この子を守ろうとした両親が、能力を失うまでこの子へ力を注ぎ込んだからに違いない。それにこの子の母親は、十五年間、我が国の子供としてロンを育ててきたのだぞ? そう簡単に、悪に寝返るとは思えないが……」
「この子の肩を持つんですか? 私は信用出来ません!」
サーが反論するたび、アクネは引けない状態になっていた。
だがサーは、冷静にアクネを見つめる。
「少し落ち着け、アクネ」
「落ち着けません! あなた、おかしいですわ。この子はたった一日で、あの頑固だったお父様を手なずけたんですよ? それに、あなたまで……」
アクネの興奮に、サーはアクネの肩を抱く。
「言い過ぎだ、アクネ。父が惹かれたのは、この子の親が……」
「信用出来ません」
「やれやれ。では、どうしたら良いものか……」
その時、ロンが顔を上げた。
「お妃様……私は黒の人間にはなりません。私はこの国が好きです。だから私は、この国の王家の方々にお仕えします。どうか私を信じてください」
「……あなたが白い心を持っていても、悪の者は信用なりません」
ロンの言葉にも、アクネは頑なにそう答える。
「では、どうしたら良いのですか? どうしたら信じてくれますか?」
「そうだ。アクネ、この子を信じるきっかけをやれ」
サーも言った。
「いいですわ……では三日以内に、城の外で良い行いをしなさい。大きな善行を行うことが出来た時、私はあなたをこの国の者として信じる努力を致しましょう」
「アクネ……」
「わかりました。私、やります!」
「あなたに出来るかしら? やらなくても結構よ」
「いいえ、やります。やらせてください!」
アクネの嫌味にも、ロンはこれからの希望に首を振る。
「では、たった今から三日よ。小さな行いでは駄目よ」
「わかりました。大きな善行を……必ず。だから見ていてください! 行ってきます」
ロンはそう言うと、夕暮れの空へと、ホウキに乗って城を出ていった。
「アクネ。少し厳しすぎやしないか? 平和な我が国に、そう善行出来る災難が転がっているとも思えないが……」
残ったサーが、アクネに言った。
「でもこれで、私はあの子を信じられるかもしれない……」
「……そうだな。確かにおまえのように、あの子を忌み嫌っている者はいる」
「私は心配しているのです」
「わかっている……」
二人は、消えたロンの姿を、空を見上げて見つめた。
ロンは繁華街に降り立つと、あまりの大都市に驚いた。
「ここが都……どうしよう。右も左もわからなければ、寝る所もないんだわ……でも迷っている暇はない。やらなくちゃ……王様、お妃様。見ていてくださいね。私、頑張ります!」
意欲を見せつつ、ロンは心にそう誓うと、近くにある宿屋へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
宿屋の一階は酒場で、大勢で賑わっている。
「ここは酒場だよ。子供はお断り」
ロンを見て、女主人が言った。
慌ててロンは首を振る。
「あの、上は宿屋ですよね?」
「なんだい、宿のお客さんかい。金は持ってるのかい?」
「あの、これで足りますか?」
田舎暮しであまり金の知識はなく、ロンは有り金を見せた。城で働いてきた分のお金である。
「結構持ってるじゃない。連泊かい?」
「はい。三日お願いします」
「いいでしょう。さあ、サインしたらおいで。部屋に案内するよ」
ロンは喜んで、宿の部屋へと入っていった。
「何か食べるかい? 安くしとくよ」
「ああ、いえ……じゃあ、ジュースを一杯」
「シケてるわねえ。待ってなさい」
女主人は出て行くと、すぐに戻ってきた。手に持った盆には、ジュースのビンとつまみのチーズが乗っている。
「チーズは私からのサービスだよ。おやすみ」
「ありがとう、おかみさん。おやすみなさい」
ロンは微笑んで椅子に座り、ジュースを飲んだ。
「今日はこれでゆっくり休もう。明日はどうか、良い行いが出来ますように……」
ロンは、お守りであるペンダントと小瓶に入った欠片にそう祈ると、眠りについた。
次の日。宿を出たロンは、街へと出て行った。
田舎暮らしで、今まで多くの人と接する機会さえなかったロンは、都会がとても新鮮に感じた。しかし、ロンに時間は無い。だが平和なこの国で、大きな良い行いなど出来るかどうかは、ロンにも不安だった。
しばらく歩くと、繁華街から抜け、郊外の坂に差しかかる。
すると、坂の途中で話をしている乳母車を持った女性たちがいた。ロンはその乳母車を見て驚いた。乳母車のストッパーが、今にも外れそうなのである。放っておけば、乳母車は猛スピードで繁華街へと転がるだろう。そして繁華街では人や馬車が行き交っている。
(放っておけば、いずれ乳母車は暴走する……でも……)
ロンは、大きな行いをするためにも放っておこうと考えたが、すぐに思い止まって、近くにあった大きな石を取ると、話に夢中の女性たちを尻目に、乳母車の車輪の下に潜り込ませ、固定した。
そのままロンは、歩いて通り過ぎていった。
「チャンスだったけど……でも王様だって、あそこで私が不幸を待っていたら、怒るわよね……さあ、気を取り直して探さなくちゃ」
そう言って、ロンはまた善行をする為の不幸を探したが、小さな物ばかりであった。
それでも解決していったが、小さなものばかりでは、妃の信頼は得られないとわかっている。それでもロンは、諦められなかった。
だがロンは、そのまま何も無く過ごし、約束の三日目を迎えてしまった。
三日目。時効の夕方ギリギリを待って、ロンは何の収穫も無いまま、夕暮れの城へと戻っていった。
その様子を、キキの占いの部屋にある姿を映す泉で、サーが見ていた。
「やはり駄目だったか。どうしたものか……」
サーが言った。
側にいたキキは、国王の杖に泉の水をかけている。日課の清めである。
「あなたが王だ。あなたが決めれば良いことだ」
「それはそうだが……」
そこに、アクネがやってきた。
「ロンの様子はどうです?」
「うん……」
「その様子じゃ、収穫はないようですわね」
「……アクネ。なんとか信じてやってくれないだろうか? 私は正気だ。決してあの子をひいきしているつもりはないよ。それに父の遺言だし、あの子は大事にしてやりたい。だが、おまえの意向もわかる……しかし私自身は、ロンが悪になるとはどうしても思えない。どうしたら良いものか……」
サーは、正直にそう話す。だが、アクネの顔は曇ったままだ。
「でも、約束は約束ですわ」
「……小さいものなら、いくつもあの子は善行をしてきたよ」
「約束です。大きな善行を行うって」
「それはそうだが……」
「お二人共。夫婦喧嘩も仲良き証拠ですが、ここは私の職場です。それに今は、大事な国王の杖を清める時間……しばらく外へ出ていてはくれませんか?」
業を煮やして、キキが言った。
だが、負けずにサーも反論する。
「しかし、杖は離したくない。私の魔力の源だ」
「この平和な国で、杖を必要とする出番は早々ない。それに城の中なら安全です。すぐに清めて届けましょう」
「……わかった。ではキキ、頼むよ。アクネ、向こうで話そう」
サーはアクネとともに、今や誰も寄りつかない前王がいた塔へと向かっていった。
前王亡き後、ここはとても静かである。
「あなた……私には、あの子が男をたぶらかしているようにしか見えませんわ。あの子が来る前は、城は静かなものでした。賑やかになったのは良いことなのかはわかりませんが、騒々しくなりましたわ」
まずアクネが口を開いた。サーは小さく息を吐く。
「物は言いようだ、アクネ。君の目にはそう映っているのだろうが、私はあの子にたぶらかされた覚えはないよ。それに、まだ子供だ」
「だから怖いのです。子供のうちに、しかも無意識でやっているならば、それは生まれつきの恐ろしい魔力ですわ」
「……では、どうしてもあの子を受け入れられないのか?」
「信じられません」
「……わかった……」
その時、二人は入口から吹き込む煙に驚いた。
「なんだ、この煙は! そういえば、キナ臭くないか?」
「まさか火事?」
サーは入口を開ける。すると、猛火が吹き込んだ。サーはすぐに入口を閉め、アクネを見つめる。
「なんてことだ。閉じ込められた!」
「あなた、瞬間移動は?」
「駄目だ。力を増幅させる王の杖がないし、ここは魔力を封じられた塔だぞ」
「そんな……」
「とにかく、ここは危険だ。庭へ出よう……大丈夫だ。きっと助けが来る」
その時、サーの脳裏には、なぜかロンの姿があった。ロンなら助けてくれるような、そんな気がした。