12、ぬくもり
しばらくロンが牧場を見ていると、サーが現れた。
「王様」
「妻に聞いた。よりによって、馬番の仕事を受けるなんて……」
サーは、少し呆れ気味にそう言う。
「ごめんなさい……でも、もう城の使用人たちは、私を受け入れてはくれません」
「なんだって?」
その言葉に、サーは驚いてロンを見つめる。
「高貴の出なのに、馬鹿にするなって……私、そんなこと考えてもいなかったけれど、みんなにしてみればそうなんだって思って……」
「そうか。それで……」
「でも大丈夫です。馬の扱いには慣れてますから」
ロンが笑ってそう言った。
「しかし、ここの労働は苛酷だぞ……と言っても、おまえはこなすだろうね。おまえがいいのなら良いが……」
「はい、大丈夫です」
「そうか……人事は、妃の父に任せているから、結果的に妻が握る事になる。私の出る幕ではないのだ。そこは気をつけておいてくれ」
「わかりました」
「じゃあな。しばらくしたら、また様子を見に来るよ」
そう言うと、サーは瞬間移動で去っていった。
「ロン。凄いじゃないか。わざわざ国王陛下が心配して来てくれるなんて」
馬番のデノスが言う。
ロンは頷いた。
「うん。だから私は、これ以上贅沢したら駄目だと思うわ」
「ハハハハ。じゃあ、しっかり馬番を頑張ってくれよ」
「ええ。任せて」
その日から、ロンは馬小屋での生活を始めた。
朝は早くから馬の鳴き声で起こされ、馬を洗ったりと世話をして、午後は前王の話し相手に向かう事になる。
次の日。ロンは前王の元を訪れた。
「前王様。お加減はいかがですか?」
ロンが声をかける。
「ああ、もう大分良い。おまえたちに腹をぶちまけられて、楽になったようだ」
「よかった」
「それより、おまえは馬番になったそうだな。まったく、サーは何を考えているのか……」
「王様のせいじゃありません。まだ始めたばかりだけど、大丈夫です。動物と接する仕事に付けるなんて幸せだもの。ずっと馬と一緒に育ってきたから」
「そうか……本当に変わった子だな、おまえは」
「はい」
ロンは、明るく微笑んだ。
数日後。ロンは前王と、塔の庭で日向ぼっこをしている。
「馬番の仕事はどうだ?」
前王が尋ねた。
「はい。朝はとても早いけれど、毎日馬に乗れて素敵です」
「そうか」
「今日は王様が遠出するとかで、何頭かいないですけど」
「そうか。そういえば、黒の国の封印がどうなっているか、確かめると言っていたな」
「え……?」
「あれから封印がどうなったか、自分の目で確かめると言っていた」
「そうですか……」
「ああ、気持ちが良いな」
話を変えるように、前王は大きく伸びをしている。
それに続いて、ロンも息を吸い込んだ。
「ええ……今日は、大きい花冠を作りますね」
「ああ。私は少し眠ろう」
「ここでですか? でも、お風邪を引かれたら……」
「いいのだ。ここが良い」
前王は芝生の上に寝転んだまま、目を閉じる。その間、ロンは大きな花冠を作り始めた。
しばらくして、ロンは前王の着崩れた毛布をかけ直してやった。
その時、ロンは前王の異変に気がついた。
「……前王様? 前王様!」
「どうした!」
異変に気付いたギイルが駆けつける。
「ギイル! 前王様が冷たいわ。動かないの!」
「そんな! 前王様!」
ギイルが前王の体を確かめると、前王の息はかすかにしている程度だった。
「大変だ! ロン、もう人の呼び方は覚えたね? すぐに城の家臣達に知らせるんだ」
「わかったわ!」
ロンはすぐに塔へ行くと、緊急回線で前王の症状を訴えた。
すぐに前王は久々に塔から出され、治療用の部屋に移る。
前王は命はとりとめたものの、病の床にふせた。
運悪くサーは出かけていたが、夜のうちに戻ってきた。
「父上!」
「陛下。今は眠られておいでです」
キキが言う。
「キキ。父上は! 治るのか?」
「……もはや寿命でしょう。今夜が山場です。それを脱すれば、もうしばらくは生き永らえるはずですが……」
「今夜……」
サーが振り返ると、部屋の隅にはロンがうずくまっている。
「ロン……?」
「帰れと申しても、帰ろうとしないのです」
家臣の一人がそう言った。
「……ロン。おまえはもう帰りなさい。おまえに出来ることはないんだよ」
サーが優しくそう言った。
ロンは涙に頬を濡らしたまま、サーを見つめる。
「王様……では、これを前王様に……きっと前王様を守ってくださいます」
そう言って、ロンはペンダントをサーに渡した。
「……ありがとう。では預かっておこう。さあ、お帰り」
「わかりました……どうか、前王様をお助けください……」
「私に出来ることがあればね……おやすみ、ロン」
「おやすみなさい……」
ロンはサーに言われ、やっと部屋を出て行くと、馬小屋へと戻って行った。
すると、馬小屋の前にはアクネがいた。
「お妃様……?」
「やっと帰って来ましたね。あなたを待っていたのです」
「え?」
アクネはずいぶんと、怒っているように見える。
「お父様は、なぜ急に倒れられたの?」
「それは……」
「あなたのせいではないの?」
「え……」
アクネの冷たい言葉に、ロンは次の言葉を待った。
「聞けば、あなたはお父様の異変に全然気付かなかったらしいわね。あなた、本当にお父様を慕っていたの?」
「はい、それは……」
「所詮は黒の人間の娘ね。あなたは知らず知らずのうちに、人を不幸にする才能があるのかもしれないわね」
「そ、そんなことは決して……」
「ないとでもいうの? それはあなたにもわからないわ。とにかく、黒の人間だった男の子供なんて、信用出来ません。今すぐ城から出て行ってちょうだい!」
思わぬアクネの言葉に、ロンはアクネの前に伏せた。
「お慈悲を、お妃様! 私は普通の国民です!」
「わからないわ。お父様を見殺しにしようとした子の話なんて聞きたくもない」
「お妃様……」
「今すぐ出て行くのよ」
「せめて、前王様が回復されるまで……」
「すぐに出て行って! あなたがここにいるだけで、お父様の病気が悪化するかもしれないのよ? 黒の魔力は、それだけ人に影響するの」
妃の貫禄に、ロンは覚悟を決めた。
「わかりました……王様と前王様によろしくお伝えください」
ロンは妃から解雇処分の書類を受け取ると、歩いて城を出ていった。
城の外は、しばらく森が続いた一本道で、そこを抜ければ街の中心に出る。
夜だったので飛ぶことをやめたロンは、真っ暗な一本道を歩いていった。
少しすると、両脇の森の中から声が聞こえた。ロンが萎縮すると同時に、森の中から数人の男が出て来て、あっという間にロンを森の中へと引き込んでいた。
「なんだ、まだガキじゃねえか」
「でも、城から出て来たぞ。金はあるだろう」
「それより、ガキと言えども女だ。運がいいぜ、俺たち」
森の奥へと引きずり込む男達に、ロンは暴れながらも口を塞がれ、押さえ込まれ、なす術はなかった。
「あいにくだな。俺たちは、城へ出入りするやつを襲う強盗団だ」
ロンは、自分の口を抑えている男の手を噛んで、叫んだ。
「お金なんてないわ!」
やっと解放されたロンが、そう叫ぶ。
「イテ! こいつめ。金はなくとも女だったことを恨むんだな。大丈夫。殺しはしないよ」
今度は飛びかるように、男たちがロンを押さえつける。
「いや、離して!」
その時、城では前王がロンを呼んでいた。
「サー……ロンは? ロンと話がしたい……」
うわ言のように言う前王に、サーはロンから受け取ったペンダントを握らせた。
「すぐに連れて来ますから……」
サーはそう言うと、瞬間移動で馬小屋へ向かった。人伝てよりも、自分で動いたほうが早いと思ったからである。
「ロン! ロン!」
しかし、馬小屋にロンの姿はない。
騒ぎを聞きつけて、隣の小屋から馬番達が出てきた。
「王様!」
「ロンは? ロンはどこだ?」
サーが言った。
「え? 知りませんが……」
「なんてことだ。こんな時に……!」
サーはそう言うと、今度はキキの仕事場である、占いの部屋へと向かった。
キキは前王に付いていていないが、サーはその部屋の中にある泉に手を触れる。
「ロンを映せ」
そう言うと、泉にはロンの姿が浮かび上がった。そこには、森の中で男達に捕まった、ロンの姿がある。
「ロン!」
サーはそう言うと、急いで瞬間移動で森の中へと向かった。
しかし、いかにサーの魔術でも、広範囲の瞬間移動の力はなく、森の中という広い範囲でロンを探し出すのには時間が掛かる。
「ロン!」
そう叫びながら、サーはロンを探す。
少しすると、男たちの耳にも、サーの声が届いた。
「ヤバイぞ、人だ」
「静かにしてりゃあわかりはしない。火を消せ」
そういう男たちに、ロンは最後の力で男たちを押し退け、叫んだ。
「王様――!」
その声に反応し、サーはロンの声の方へ瞬間移動をする。
「ロン!」
サーが現れると、男たちは一斉に逃げていく。
「待て!」
そう言いながらも、サーはロンの顔を見て、追うのをやめた。
「王様……」
「ロン! 無事でよかった」
サーは、思わずロンを抱きしめた。
ロンもサーに抱きつく。その温もりは、家族のように温かい。
「王様……王様……」
恐怖と安堵から、子供のように泣きじゃくるロンは、サーにしっかりと抱きつき、サーもロンの頭を優しく撫でた。
「怖かったな……でももう大丈夫だ。城へ帰ろう」
「でも……」
「父上がおまえを呼んでいるんだ。すぐに来てほしい」
「前王様が……」
サーはロンを連れて、城へと瞬間移動していった。