1、はじまり
むかしむかしあるところに――。
小さな国がありました。その名は魔法国。国は小さいながらも豊かで潤い、中でも特殊だったのが、国にはさまざまな魔女がいるということでした。そして国を統治している王族もまた、瞬間移動や癒しの能力など、それぞれに特殊な能力を持っていました。
しかし今では魔女も激減し、その能力も限られているのです――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「国王陛下。あまり園に入ると、露で濡れますぞ」
城の庭で一人の家臣がそう言った。その相手は、まだ十七歳の少年である。
少年の名は、サー。しかし少年といっても、彼はこの国の国王だ。十七歳であるものの、彼には同じ年の妻がいて、立派に国を統治していた。
「露など良い。あの奥の花を取るのだ」
「しからば私が……」
「良い。妃にやろうと思う。自分の手で摘んでやりたい」
「かしこまりました」
サーは、美しい庭の園で、妻に渡す花を摘んでいた。
普段は国王としての激務で、城の中だけで過ごす日も少なくないが、今日は清々しい晴れ間に、思わず外へ出たところである。
「しかし、今日はなんと気持ちの良い日だ。空の色も真っ青で……」
そう言って、サーが空を見上げた時、空から何かが降ってくるように見えた。
「あれは……?」
サーの言葉に、家臣たちもざわついた。
「人だ! 飛んでいる!」
誰からともなく、そんな声が聞こえた。
「なに?」
サーが太陽に手をかざして見つめると、視線の先には人の姿があった。
人影は、落ちながらも飛んでいるように見える。この国に魔女はいるが、飛行の技術を持った人間は、今や一人もいないはずであった。
「馬鹿な! 黒魔族かもしれん。追え!」
サーの命令で、家臣達が慌しく動き出した。
黒魔族とは、この国と敵対している危険な魔力を持つ種族である。
その時、人影は城の方に飛びながら、高度を下げてきた。そして見えた姿は、ホウキに乗った少女の姿だった。
「その者、止まれ!」
家臣が叫ぶ中、人影は止まることなく城の裏手へと飛んでいった。
「なぜだ。城には強力なバリアがかけられているはずだぞ!」
サーが叫ぶ。
「は、はい。バリアは正常です! あの者は、バリアを潜って来たようで……」
「すぐに捕らえろ!」
「はい!」
それと同時に、裏手で声が聞こえた。
「落ちたぞ!」
そんな声に、サーも城の裏手へと急いだ。
すると、城の裏手にある塔の一階窓ガラスが数枚割れ、塔の中に少女が倒れていた。
「退け」
サーが少女に近付く。
「陛下。危険かもしれません」
「いや、危険なオーラは出ていない。しかし……まだ少女じゃないか」
「どういたしますか?」
「……まだ黒魔族かどうかはわからないが、城のバリアをすり抜けた相手だ。何をするかわからない。城の牢に入れて様子を見ろ。念のため、力封じのブレスをしてくれ。目を覚ましましたらすぐに知らせるように」
「かしこまりました」
そう言って、サーは城へと入っていった。
少女は魔法封じのブレスレットをはめられると、城の牢屋へと入れられた。そこは特殊なバリアが何重にも張ってあり、出られることは出来ない場所であった。
「あなた……」
サーが部屋へ戻ると、妻のアクネが心配そうに駆け寄った。
「アクネ。これを君にあげよう」
心配そうなアクネと対称的に、笑ってサーが花を差し出す。
「ありがとう、とても綺麗だわ。でも、何かあったんでしょう? 騒がしかったわ」
「ああ……今のところは大丈夫だ」
「今のところ?」
「うん……飛行技術を持った者が城内に侵入したんだ。しかも、まだ少女だった……まあ、おまえは余計な心配などしなくていい。一応牢に入れてある」
「大丈夫? 黒魔族だったら……」
「心配するな。私は父上の様子を見てくる」
サーはアクネを宥めると、城の外れにある塔へと向かっていった。
人を寄せつけない塔には、牢と同じような何重もの強力なバリアが張られており、侵入することも出ることも出来ないようになっている。
城の最上階からのみ入ることの出来るその塔は、そこ以外に出入り口はない。重々しい入口でバリアを解くと、石造りの塔の内部へと繋がる。その塔だけが城より孤立し、部屋がひとつと、最上階と同じだけの高さの壁に囲まれた、庭があるだけだった。
その豪華な造りだが牢のような場所に、前国王であるサーの父親がいる。
「父上」
前王は窓辺に座り、外を見つめていた。
「サー。さっきの者はどうした? 捕らえたのか?」
貫禄ある低い声で、前王が言った。
「はい、父上。父上も見られましたか……ご無事でなによりです」
「そんなことはいい。捕らえたのかと聞いておる」
「はい、捕らえました。ガラスに激突して、気を失っていました」
「まだ少女だった……」
「はい……黒の者かも知れませんゆえ、牢に監禁してあります」
「……目が覚め次第、ここへ連れてまいれ」
前王の言葉に、サーは目を丸くした。
「しかし、父上……」
「この塔は、牢と同じ状態だ。魔力は封じられる」
「しかし、腕力で父上の身に何かありでもしたら……」
「なに。私とて、少女にやられるほど老いぼれてはいない」
頑固な前王に小さく息を吐くと、サーは頷いた。
「……わかりました。私も同行します」
「そうしてくれ」
「しかし、父上も物好きですね」
「空を飛ぶ者など、ずいぶん昔に見たきりだ」
「私は初めてです」
「そうか。もうこの国に、飛行術を持った者はいないと思っていたが……」
「……やはり黒の者かもしれません。父上もお気をつけください」
そう言い残して、サーは城の本館へと戻っていった。
数年前から、サーの父親である前王は、封印されたあの塔へ自ら入ることを望み、塔から出ようとはしなくなった。四六時中を塔内の一室で過ごし、一日一回、高い塀に囲まれたその塔だけの庭で、日の光を浴びるのが日課である。
「陛下、例の少女が目を覚ましました!」