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Zero-0-The Fool's  作者: 梟 奏汰(旧:山猫幸男)
episode2『決意』
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第九話

──そこは、真っ暗だった。

 カーテンを閉め切り、電気も点けない。

 そんな中で、一人、膝を抱えていた。

 インターホンが鳴り、「アカネ」と名前を呼ぶ男の声がする。

 ……俺の、声?

 ああ、そうか。また俺は、アカネの記憶を見ているのか──


 ハヤトに会うのが、怖かった。

 また、傷つけてしまうんじゃないかって。


 ハヤトは何にも悪くない。


 なのに、あたし以上に傷ついた。

 それでも今日もハヤトは来る。

 会いたくない訳じゃない。


 でも、合わせる顔がない……

 ああ、あたしは……どうしたら……


 そんなことを考えていたとき、突然、背筋が冷えた。

 なにかが、そこに居るような気がして、振り返る。

 ……そこには、化け物がいた。


 驚いて、叫びそうになったけど、化け物の手が塞ぐ。 


「はぁ~……どいつもこいつもコレだ」


 異様に長い人差し指を、自分の口元に立てる化け物。

 静かにしろ、そう言いたいみたい。

 逆らえるわけない。

 あたしは震えながら頷いた。


「オレの名はヴァイス。

 お前ら人間にとっては、悪魔って言えば、分かるか?」


──そしてヴァイスは、アカネに死神になるように誘う。

 最初は怯えていたアカネも、死神の話に食いついていた──


「ねえ、その死神ってさ、どのくらい強くなれる?」

「人間じゃ、誰もお前には敵わなくなるな」

「……分かった、なら死神になる。あたしを、死神にして」

「いいね! 話が早いと助かる」


──そして、アカネは死神となる──


 分かる。

 想像していたよりも、遥かに大きな力が、あたしの身に宿ったことが。

 もう、誰にも踏みにじられない。


 許せない奴だって、この力なら……殺すことだって、出来る。


 あたしには、真っ先に殺したい奴がいた。

 ……それは、『あたし』だ。

 何もできなかった、弱い自分が許せない。


 あたしは鏡の前に立つ。

 傷口に貼っていたガーゼを剥がす。まだ痕は残っている。

 死神の力なら、このくらいは治せるみたい。だけど、これは残す。


 これはあたしの、罪の証だから。


 無造作に切られた髪にバリカンを入れた。

 あのヤローの手が入ったままとか、気持ち悪い。


 ……そしたら、反対側が長いのも気になって、切った。

 でも、あんまり短くして、ハヤトに引かれたくもないなぁ。


 最後に、髪を染めた。

 これで、弱いあたしを塗りつぶす。


 ……受け入れて、くれるかな。

 変わったアタシの姿を見つめて、そんな不安が過った。


 ……ううん。そうじゃない。こうしないと、アタシはハヤトの前に立てない。

 受け入れられるかどうかじゃなくて、これはアタシの、覚悟のためだから。


 弱い『あたし』は殺した。

 これから『アタシ』が、ハヤトの傍で……


「見違えたな。小汚い犬みたいだったが、今はいい感じじゃねえか」


 アタシの後ろから覗き込んできて、そんなことを言うヴァイス。

 こいつに言われたって嬉しくないし、一言余計。


「まだ居たの?」


 不快感を籠めて、低めに返す。


「一つ言い忘れたことがあってな。そのテレビって奴つけてくれよ」


 なんで悪魔がテレビなんか知ってんの? とは思ったけど、早く帰らせたかったから、言われた通りにする。

 昼だから、ワイドショーしかやってない。

 しかも内容は、『行方不明者が出てる』ってだけ。

 毎日毎日、変わらない内容。

 そんなもの見て、なにが楽しいんだか……


「この行方不明ってのはな、『捕食者プレデター』が起こしてる。お前ら『死神』のエサだ」

「……は?」

「人間の恐怖を喰らう連中だ。

 『狭間の世界』に連れ込まれると、人間は自力じゃ出られない。

 気をつけろよ、お前の身近な奴も狙われるかもな。

 死神には勝てないし、怖がるだろうから、匂いでもつけてやるといい」

「それを最初に……!」


 文句を言ってやろうとしたけど、もうその時には悪魔の姿はなかった。

 アタシは行き場のない怒りを、床を蹴ってぶつける。


「……いい、やってやる。最初から、そのつもりだったから」


 ハヤトを護るためにこの力を手に入れたんだ。

 戦わなきゃいけない奴が増えただけ。

 アタシの全部を、ハヤトに使えばいいだけなんだから。



 瞼を上げると、見知った天井。

 俺の部屋だ。

 朦朧としながら、無意識に帰ってきていた……のか?


 少し痛む頭を抱えながら、体を起こす。

 そして、夢で見たアカネの記憶を思い出して、胸を握りしめる。


「アカネが死神になったのは……俺の、せい……」


 ……俺が、弱かったから。

 あの時、俺が守れていたら、変わったのか?

 そんな考えが、堂々巡りを始める。


 そんなとき、綾が部屋に入ってきた。

 綾は俺の顔を見るなり、一目散に駆け寄ってきて、抱きついてくる。


「良かった、気が付いたんだ……

 家の前で倒れてて、心配したんだよ?」

「そっか……ごめん」


 ふと、綾がコンビニの袋を手にしていることに気が付く。


「どうしたんだよ、それ」

「これ……薬とか、冷えるやつとか……どうしたらいいか、分かんなくて、色々」


 広げられた袋の中には、他にも食料が色々入っていた。


「お腹、空いてない?」


 綾はおにぎりを取り出して、そう問いかけてくる。


 ……外へ出ることを、怖がっていたのに。

 俺は、お前を襲いかけたのに……


「ごめん、綾。今朝のこと……俺、どうかしてた」

「ううん、わたしも迷惑かけてばっかりかけたから、ごめんね」


 そう言って、笑顔を絞り出す綾は、力なく倒れた。

 体は震えて、顔は血の気が引いて、青ざめている。

 元々碌に食事もできていないのに、その上、勇気を振り絞って一人で家の外に出たんだ。

 相当、無理をしたに違いない。


 ……俺、守られてばっかりだ。こんなに弱ってる、綾にまで……

 俺は、倒れた綾を抱き寄せる。


「ありがとう、綾……今度は、俺の番だ」

「えっ?」


 決めた。

 アカネが、俺に命を懸けてくれた意味……この力で、成すべきことを。

 俺が綾のために、出来ること。


「俺が必ず、お前を護る。もう、怖い思いはさせないから」

「……うん」


 綾は、俺の手に自分の手を添えて、きゅっと掴む。

 そして、嬉しそうに、微笑んだ。

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