第七話
「骸……装ッ!」
血管が蒸気を発し、皮膚を、骨を溶かしていく。
溶けだした骨が、肥大化する筋肉を包み、固まる……鎧のように。
全身から熱が引いていく。
纏わりついていた蒸気を振り払う。
……これが、俺か。
自分の姿を見下ろす。
全身を包む、黒。骨が変質した、甲殻。
これは鎧というよりも、これは全身が敵を殺すための『武器』だ。
硬く、鋭利で、どこに触れても相手を傷つける。
最後に、窓に映る自分の顔を見た。
『なるほど』と納得する。
耳の辺りまで広がった口と、そこに並ぶ鋭利な歯。それはまさに、『死神』と呼ぶに相応しい風貌。
黒の死神──今の俺の名は『逢魔』。
変わったのは、見た目だけじゃない。
この身に滾る力。今まで感じたことのない、力強さを感じる。
今、あの化け物を見ても、何の怖れも感じない。
むしろ、昂っている。
今考えるのは、ただ一つだけ。
『この力を、一切の加減なく振るいたい』
空に漂う『ヤツ』の姿を見据える。
……『ヤツ』じゃ呼びづらい。
『鴉』にしておくか。似てるしな。
俺は跳ぶ。
鴉も、俺に気が付いたらしい。
鴉は慌てた様子で俺に向けて、翼をはためかせる。
巻き起こる強風。空中で身動きの取れない俺は、その風をもろに浴びて地上に叩き落される。
『飛んでいる』相手に、『跳ぶ』だけでは不利か……
『死神』は、ただ蹴って殴って戦うだけか?
この力、もっと出来ることはないか?
……そんなことを考えたとき、瓦礫から飛び出た鉄筋が目に入る。
『これだ』と直感が言う。
鉄筋を握って、引き抜く。握りしめた拳に、念を籠める。
これを自分の一部と思い込むように。
この鉄筋に、俺の血管を通すように。
すると、ただの鉄の棒だったそれは、姿を変えた。『槍』だ。
長く、螺旋状に尖った槍。
……これなら、届く!
逆手に持った槍を、鴉目掛けて投げつける。
それは、風を切り、音より速く飛んでいき……鴉の喉元を貫いた。
空中で苦しそうにもがく鴉。
それに対して、俺はまた数本の鉄筋を槍に変え、次々と投げつける。
今度は翼を狙った。
全部では無かったが、あの鴉を墜落させるには、充分なほどに命中した。
墜落し、虫の息となった鴉の元まで行く。
こいつらは、本能的に『死神』を怖れるらしい。
俺の姿を見た途端、碌に動きもしない体で逃げようとしている。
俺は、そんな鴉の足に横蹴りをして、切断する。
翼から羽をむしり取り、飛ぶことさえ許さない。
「……こんなことして、何が楽しいんだ」
こいつは、簡単に殺しちゃいけない。
なぜか、そう思った。
けど、ただ『悪趣味』だと思うだけ。
こいつらに対する嫌悪感が増すだけだ。
そんな時、俺の横にヴァイスが降り立って、耳元で囁く。
「そいつらはな、『恐怖』を喰らうんだよ。
追い詰められ、抗えず、喰われるという恐怖に染まった、人間の魂をな。
自分たちに対する恐怖が大きければ大きいほど、喰らった後、こいつらはより強くなることができる。
ま、当然楽しみって部分もあるだろうがな。お前も、そういうのがお好みか?」
「違う……! 俺は……俺は……!」
……そうだ、こいつを殺さなきゃ、殺される。
こんなことをしている場合じゃない。
はやく、殺さないと……!
震える手に力を入れて、拳を固める。
鴉に対して、ありったけ、力を籠めて殴りつける。
息の根を止めようと、何度も、何度も。
でも、そう簡単には死なない。
目を抉り、内臓を引っ張り出しても。
こいつはしぶとく、息をする。
傷つけても、傷つけても、こいつは徐々に治っていく。
「死ね、死ね! 死ね! 死ねぇ!」
頼むから、死んでくれ。
疲れて、地に膝をつく。
俺は、心が折れそうになった。
……なんでだよ……
許せない奴なのに、生かしてちゃいけないのに……!
殺そうとすることが、あまりにも、辛い。
俺は、鴉を殺すことを、諦めかけた……
脚が生えてきた鴉が立ち上がる。
プラプラとぶら下がる目が、憎らしそうに俺を見下ろす。
羽のない翼を広げて、俺を威嚇してきた……その時。
ブォン……と、空気を裂く音。
鴉の首は刎ねられて、宙を舞う。
頭を失った肉体は、まだ死んだことを自覚していないのか、数歩だけこちらに歩いてきて……倒れた。
空を見上げる。
噴き上がった血しぶきの奥に、誰かが、居た。
背中から一対の翼を広げ、宙に浮かぶ……人?
「あれは……死神……?」
今の俺の姿に、よく似ていた。
体の大きさと同じくらいの、大きな斧を肩に担いでいる。
きっと、あれは俺が槍を作り出したのと、同じ。
でも、俺と違って、そいつは白かった。
本当に、『死神』って感じの姿。
その白い死神は、鴉の死体の前に降り立つ。
そいつが、頭を失った鴉の首を掴むと、鴉の体はどんどん小さくなっていく……
普通のカラスのような大きさにまで。
白い死神は、口を大きく開け……齧り付いた。
……喰った……? あれを……?
気味が悪くて、吐き気がこみ上げてくる……
白い死神は、鴉を喰い終えると、俺の方へと近づいてくる。
デカい……二メートルくらいか?
そんな長身が、無言で俺を見下ろしてくる。
威圧感が、すごい。
「あ、あの……ありが……」
それでも、助けられたことは間違いない。
俺が、礼を言おうとした時……
白い死神は、担いでいた斧を掲げ……振り下ろしてきた。
俺は咄嗟に避けた。
でなければ、俺の体は真っ二つだった。
訳が分からない、いったいどうして?
問いかける間もなく、白い死神は、俺に襲い掛かってくる。
仕方なく、俺も槍を作り出して一撃を受け止める。
だけど、受け止めた一撃はあまりにも重い。
体に伝わる振動で、腕が痺れる。
次はだめだ、受け止められない。
「待ってくれよ! あんた、死神だろ?
俺、何か悪いことしたか? 死神になったばかりで、まだ勝手がわかんないんだよ!」
「……あ?」
白い死神の手が止まる。
そして、誰かを探すように辺りを見回す。
「……おい、ヴァイス。
どういうことだ?」
白い死神は、空からこちらを見渡していたヴァイスを見つけ、問いかける。
「ああ、そいつは死神になりたてでな。
色々と込み入ってて、まだ説明できてないんだよ」
「ふざけんな!
いい加減なことしやがって……」
激高した白い死神は、ヴァイスに掴みかかろうと迫る。
だが、即座に無駄だと思ったのか、開いた手は空を掴み、行き場のない憤りを払うように、拳を振り下ろす。
そして白い死神は、手にした斧を捨てる。
「なんだ、やめちまうのか?」
「気が乗らねえ。
死神にさせるなら、ちゃんと話しておけ!」
「言う暇なかったんだって」
悪魔に対して悪態をついたあと、白い死神は俺に視線を戻す。
「次は殺す」
それだけ告げて、どこかへと飛び去って行った。
「殺す……って、どういうことだよ」
俺も、ヴァイスに視線を向ける。
「言い忘れてたが、お前は死神になったことで『ゲーム』のプレイヤーになったんだよ」
「……『ゲーム』?」
「そう、『最後の一人となるまで、死神同士で殺しあうゲーム』のな……」