第六話
記憶の再生が止まる。
一気に流れ込んできた記憶に、俺の頭は破裂寸前で……頬を、一筋の涙が伝った。
はっきりと分かった。
俺は、一度死んだ。
そして、アカネの心臓で、生き返ったんだ。
「アカネ……」
「アカネ? 誰だ、そいつ」
悪魔は、冷たく言い放つ。
お前が……死神にしたんじゃないのか……!
「お前が死神である以上、オレの管理下に居てもらわなくっちゃな」
悪魔はそういって、こちらに何かを放り投げる。
これは、十字架? いや、先が尖っていて杭にも、ナイフのようにも見える。
いや、見覚えがある……アカネが持っていたものと、同じだ。
「それは死神の『証』だ。
お前も、その力が制御できないのは困るだろ?
それを使え」
「使え……って。俺は、死神なんかやるつもりはない!」
「ほーん。なら、死ぬか?」
「えっ……?」
悪魔から、淡々とした問いかけ。
突然の宣告に、俺は理解が追い付かずに言葉を失った。
「本来なら死神になるには、オレと『契約』してもらうんだが……
お前は事故みたいなもんだ、契約を結んでいない。
特別にその力、返却させてやってもいい。
だがな、それは要するに、その『心臓』を返して貰うってことだ」
心臓を返す。
そんなことをすればどうなるか、考えるまでもない。
「そんなっ! どうにかならないのか?」
「無理だ」
悪魔は即答する。
こちらの生き死にには、興味がないと言いたげに。
「お前が選べる道は二つ。
オレと契約して、死神になるか。
もしくは、心臓をオレに寄こすか。
どっちでもいいが、さっさと選べ。
でないと……選べずに死ぬことになる」
悪魔はそう言い放って、俺の背後に向けて指をさす。
そこには、大きな鳥のような影。
初めて見たはず……けれど見覚えがある……。
「ついでに教えてやる。あれは『プレデター』。
エサは人間、そして死神のエサだ」
それだけ告げて、悪魔は俺を見下ろす。
『どうする?』とあざ笑うように。
なにが「選べ」だ、この悪魔……!
戦う以外、「死ね」ってことだろ!
「おい悪魔、最後に一つだけ答えろ」
「ヴァイスって呼んでくれよ」
「ヴァイス、これを使えば、俺の意思で戦えるのか?」
俺はヴァイスから投げだされた杭を手にして、突き出す。
死神になって、頭の中から聞こえる声に振り回されるのはごめんだ。
「ああ、心配するな。
今のお前は、『肉体だけが死神になっちまった』せいで、『精神』が弱くて制御が出来ていない。
正当な死神になれば、その力はお前の意思によって制御できる」
「そうか……ああ、分かった。やってやるよ!
死神に、なってやる!」
ヴァイスは、耳の近くまで裂けた唇の両端を吊り上げる。
「いいだろう、契約の内容だが……」
「『死後の俺の魂』だろ。くれてやるさ、そんなもん」
死んだ後のことなんて知るか。
俺は『今』死にたくないからやるんだよ!
「……使い方は、教えてやる必要あるか?」
「『知ってる』」
ヴァイスにその一言だけ答えて、俺は背を向ける。
俺は、あのプレデターを見つめ、服の胸元を引き裂く。
そして、証の矛先を、自分の心臓に向けて……突き刺す。
「うっ……ああっ……!!」
証を刺した途端、全身に激痛が走った。
突き刺さった【証】は、心臓へと溶け込んで、血管を巡って全身へと伸びていく。
まるで、棘のついた鉄線が通っていくように。
俺は、歯をくいしばって耐える。
……いつだって、痛みに耐えてきた。
今更、このくらい……!
もう沢山だ。
ただ、理不尽に圧し潰されるだけなんて。
耐えて、自分を殺し続ける……そんなのは、もうごめんだ!
この痛みを、飲み込んで……俺は、変わる!
激痛を抑え込むように、俺は両手で胸を押さえた。
……心臓が、強く、速く脈打つ。
沸騰した血液が全身を巡り、体が熱くなっていく。
心も、体も、縛り付けるものを全て解き放つように……叫ぶ。
「骸……装ッ!」