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第二話 The Survivors(2)


「今のが三年前の生き残りの一人だ。片目はその時に失ったらしい」


「………」


 あの綺麗なラピスラズリを思い出して、ギルバートは遣る瀬無い気持ちになった。


 それから再び扉が開かれたのは、すぐのことだった。


「――どうぞ、中へ」


 青年に案内された先は、応接間らしき部屋だった。今となってはソファーとテーブルが置かれているだけで、調度品は何一つなく、床には絨毯さえ敷かれていなかった。


「…何もない、ですね」


「ああ。まるで全部、今のベイリアル当主の屋敷に掻っ攫われたみたいに見えるな」


「――お待たせしました」


 割り込んできた澄んだ声に、ダリウスとギルバートは思わずソファーから立ち上がってその声の方を見た。


「わたくしがアンジェラ・ベイリアルです。初めまして」


 緩く波打つ黄金を思わせる艶やかな髪を揺らし、アンジェラと名乗った少女は二人の向かいに立つ。そしてそのサファイア色の瞳を細めて、うっすらと微笑みを浮かべた。


「お時間を頂戴してすみません。国家警察警部のハントと言います」


「同じく、巡査部長のラーナーと言います」


「ハント警部とラーナー巡査部長ですね。どうぞお掛けください」


 二人がソファーへ腰を下ろしたのを見て、アンジェラも同じように腰を下ろす。


「本日はどういったご用件でしょうか?」


「少し、捜査協力をお願いしたいと思いまして」


「捜査協力?」


「ええ。実はベイリアル家当主のご夫人から、ご相談を受けていまして――」


 ヘンリエッタが何者かに狙われていると怯えていて、その調査を受けていること。同じベイリアル家の者として、何か心当たりがないか話を聞かせてもらいたいこと。


 ダリウスと話をしているアンジェラから、三年前の凄惨な事件の生き残りとは思えないほどの普通さを、ギルバートは感じていた。


「ヘンリエッタ義伯母様がそのような悩みを抱えていらっしゃるなんて…」


「どうでしょう?何か心当たりはありますか?」


「わたくしには何も。父と母が亡くなってしまってからは、家督は伯父のゴードンが継いでいます。それ以来、わたくしが公の場に立つことはなくなってしまいましたので、お恥ずかしながら世間の情報にも疎く…」


「そうですか…」


 三人の沈黙を裂くように、応接間の扉が静かにノックされる。そこに現れたのはお茶の用意をした眼帯の青年だった。


「ありがとう、ルーク。ああ、そうだわ。お二人にはご紹介がまだでしたよね」


 カップをテーブルに置き終えた青年が、背筋を伸ばしダリウスたちと向かい合う。


「わたくしの執事のルークです。この屋敷の管理も任せていますの」


 紹介を受け、ルークが一礼する。


「僕はラーナーです。先ほど、玄関で名乗りそびれてしまいましたので」


 ギルバートが名乗れば、ルークは再び小さく礼をした。


「そうだ、ルーク。あなたは何か心当たりがあるかしら?ヘンリエッタ義伯母様が、どなたかに付き纏われていらっしゃるようなの」


「……いいえ、特には」


「ふむ。お二人には心当たりがないようですね。こちらも調査は続けますので、もし何かありましたらご連絡ください」


「ええ、分かりました。お役に立てずごめんなさい」


「いえ。こちらこそ急な訪問、失礼しました」


 アンジェラとルークに見送られて、ダリウスとギルバートは馬車へと乗り込む。そして馬車が出発してからしばらくして、ダリウスが口を開いた。


「――お前、最後にあの執事が言った言葉、聞こえてたか?」


「――はい」


 アンジェラが玄関まで見送り、ルークが辻馬車を手配し、まさに二人が馬車に乗り込む瞬間。


 ――今のベイリアル家は恨みを多く買っている。


 確かにルークはそう言ったのだ。


「証拠がないから確かとは言えないが、現ベイリアル当主は後暗い仕事をしてるって噂もある。もしあの執事が言った恨みがその噂に関係してるなら…、犯人がその周辺にいる可能性もあるな」


「…どうして彼は応接間でそのことを言わなかったんでしょうか?」


「さあな。お嬢様に聞かせたくなかったんだろうよ、多分」


「………」


 ギルバートはアンジェラを思い出す。


 まるで三年前の事件など起きていなかったかのように、一流貴族の威厳を失っていなかった少女。その落ち着きのある堂々とした振る舞いは気高く、その美しさもまた妖艶と呼べるに相応しいものがあった。


 そんな存在とは裏腹に、退廃した屋敷に住み続ける彼女。きっとそのアンバランスさに心惹かれる者が多いのだろうと、ギルバートは思った。


 ――自分自身がもう既に、魅了され始めているとは気づかずに。


「……ギル。お前…、あのお嬢様に取り込まれるんじゃあないぞ」


「…はい。分かっています。」


「常人ぶっていても、ありゃあ底知れない闇を抱えているはずだ。それに飲み込まれたら、終わりだぞ」


「――はい」


 警察署へと戻る馬車の中、ダリウスとギルバートはそれぞれの思考に耽っていた。


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