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第二話 The Survivors(1)


「だからさっきから何度も言ってるじゃない!嫌な視線を感じるのよ!常に誰かに見張られているような、悪意のある視線を感じるのよ!!」


 一目で高級品と分かる調度品が並ぶ応接間に、半ば叫んでいる女の声が響いた。


「最初にご夫人からお話を聞いたときから見回りを続けていますが、不審者の報告は上がってきていません」


 夫人と呼ばれた女の向かいに座る来訪者の一人、ダリウス・ハントは、女の甲高い声にやや迷惑そうに顔をしかめながらそう答えた。


 ダリウスの隣に座るもう一人の来訪者、ギルバート・ラーナーもその回答に頷き、言葉を続ける。


「この屋敷周辺だけではなく、その先まで見回りの範囲を広げました。それでも不審な報告は上がっていないのです」


「そんなはずないわ!わたくしがこんなにも怯えているというのに…っ、国家警察は役立たずね!」


「………」


 自分たちを罵る女の言葉を聞いて、さらに眉間の皺が深くなったダリウス。そんな上司に、ギルバートは困った様子で視線を送った。


「そのあたりにしておけ、ヘンリエッタ」


「あなた!」


 応接間の最も上座に座って三人のやり取りを見ていたのは、この屋敷の主人であるゴードン・ベイリアル。くすんだ亜麻色の髪とサファイア色の瞳を持つ、現ベイリアル家当主たる男だった。


「証拠となり得るものがなければ国家警察は動かん」


「だけどあなた!わたくしだけじゃなく、子どもたちも視線を感じると言っているのよ!?」


「………」


「犯人は分かってると言っているのに、どうして捕まえてくれないのよ!『アレ』が――アンジェラが――」


「ヘンリエッタ」


「っ、」


 ――アンジェラ。


 自分の妻であるヘンリエッタがその名前を口にした瞬間、ゴードンは彼女に鋭い視線を送り、その口を閉じさせた。


「と、とにかく!アレが何かを企んでいるに決まってるわ!早く捕まえて、拷問なり何なりして自白させなさいよ!」


「しかしベイリアル夫人。やはり証拠がなければ任意捜査しかできません」


「…無能もいいところだわ…っ」


 真っ当な言葉に返ってきたヘンリエッタの理不尽な態度にダリウスは大きく溜息をつき、それからゆっくりと立ち上がった。


「ひとまず、もう一つのベイリアル家へ伺ってきます」


 さも目の前の女が煩わしいと言わんばかりの表情のまま、ダリウスが応接間を後にする。それに続いてギルバートもベイリアル夫妻に一礼し、その後を追いかけた。


「絶対アレの仕業なのに…っ。家督を奪われたと、逆恨みしてるんだわ…!」


「………」


 怒りで身体を震わせるヘンリエッタを横目に、ゴードンは無言で窓の外へと視線を移すだけだった。


 一方、ベイリアル本家を後にしたダリウスとギルバートは、外で拾った辻馬車へと乗り込んでいた。


「くそ。あの女、好き放題言いやがって…」


 乗り込むや否や、そう悪態をついたダリウス。


「まあハント警部、落ち着いてください」


「ベイリアルの名があると知ってのあの態度……所詮、転がり込んできた家督を継いだだけのくせに」


 ダリウスはその苛立ちを抑えるように、胸元から煙草を取り出し、火をつけた。


「前のご当主夫妻の評判がよかっただけに、余計に粗が目立つ」


「前の?お会いしたことがあるんですか?」


「ん?ああ、挨拶程度だがな。それはもうまさしく美男美女と呼べるご夫妻だったな」


「……当時下っ端だった僕でも知っています。三年前のあの事件…」


「…あれがなけりゃ、ベイリアルの評判は良かったままどころか、評価が上がってたかもしれないな」


 三年前の事件。それはこの街に住む誰もが知っているであろう、とても残虐なものだった。


「とにかくもう一つのベイリアル家に行くぞ。行っておかないと、あの女が五月蝿いからな」


「はい」


 馬車が向かう先は、今はもう分家となってしまったもう一つのベイリアル家。しばらく走った道の先に見えてきたのは、退廃的な雰囲気が漂う大きな屋敷だった。かつての美しかったであろう庭園の姿は消え去り、目の前には枯れて灰色になった景色だけが広がっている。


「…本当にここに人が住んでいるんですか?」


 ギルバートが思わずそう聞いてしまうほど、廃れてしまった屋敷。


「そうだ。ここに三年前の事件の生き残りが住んでいる。……凄惨な事件現場に今もなお住み続ける彼女のことを、気狂いだと呼ぶ奴も少なくない」


「………」


「ただ気狂いだと思っていても、その美しさに魅了されてしまうらしい。――気を付けろよ、ギル」


「なっ、僕は…っ」


「よし、着いたな。ほら、さっさと行くぞ」


「ちょ、待ってください!」


 さっと馬車を降りて、屋敷の玄関へと向かうダリウス。ギルバートが追い付いたのは、既にダリウスが扉をノックした後だった。


「――どちら様でしょうか、」


 しばらくして扉の奥から現れたのは、一人の青年だった。


 歳はギルバートより少し上だろうか。流れるような夜色の髪の間から一つ、ラピスラズリ色の瞳が来訪者を見据えていた。


「突然すみませんね。国家警察のハントと言います。ベイリアルさんと少しお話をしたいのですが、今よろしいですかね?」


「…確認して参ります。少々お待ちくださいませ」


 そう小さく一礼した際に見えた、黒い眼帯に覆われた青年のもう片方の目。


 そうして静かに扉が閉められたあと、ダリウスは小さく息を吐いた。


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