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美しき令嬢の復讐劇  作者: 秋乃 よなが


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第五話 The Hair(1)


「――もう行ってしまわれるのですか?」


 夜会と呼ぶには煌びやかな雰囲気はなく、むしろどこか退廃的。ホールには甘い香が焚き染められ、その中で貴族の子息子女たちが顔を寄せながら談笑していた。


 ダンスをしているわけでもないのに互いの身体に触れ合い、近い距離でひそひそと囁き合う男女が集まる光景は、淫靡な雰囲気でさえある。今まさにその中から出ようとする一人の女に対し、その男は声をかけたのだった。


「ええ。今夜はもう飽きたから帰るわ」


「では、次はぜひ私といかがですか?お楽しみいただける自信があります」


「アンタ、わたくしの好みじゃないわ」


「そんな…!ベイリアル嬢…!」


 媚びるような態度の男を冷たくあしらい、モニカはさっと迎えの馬車に乗り込んだ。


「子爵家風情が、誰に声をかけているつもりなのかしら」


 帰り際に声をかけてきた男の顔を思い出し、モニカは不機嫌な気持ちになった。自分に相応しいのは、もっと見た目のいい男だ。もちろん地位と財力もなければならない。まさにレイフ・ブラッドフォードのような男が――そう考えたところで、モニカの不愉快さは増した。


 同年代の従姉、アンジェラ・ベイリアル。今となっては全てを失った女が、未だにレイフ・ブラッドフォードの婚約者でいられる理由が理解できない。同年代というだけで、幼い頃から何かと従姉と比べられることが多かったモニカにとって、アンジェラの存在は邪魔でしかなかった。


「お兄様を殺した犯人、どうせならあの女も殺してくれないかし――っ、きゃあ!!」


 そのとき急停止しようとした馬車が滑り込み、モニカは馬車の中で強かにその身体を打ち付けた。


「っ…一体何なのよ!!痛いじゃない!!」


 淑女らしからぬ態度で、モニカは御者がいる方の座席を乱暴に蹴った。その衝撃で靴のヒールが折れてしまい、それが余計に彼女を苛立たせた。


「何を黙ってるのよ!?さっさと跪いて詫びに来なさいよ!!」


 そう、馬車を急停止させたにも関わらず、御者は『黙っていた』。通常であれば不審に思うはずの状況に、モニカは一切気づかない。


「ちょっと!アンタなんかいつでも辞めさせて――」


 怒りで周りが見えていないモニカはついに自ら馬車の扉を開け、次の瞬間には何者かによってその頭を地面へと叩きつけられた。


「――ぐ、ぅ」


 温かいものが額を伝う感覚を最後に、モニカの意識は遠くなる。そうして何者かに連れ去られたモニカが次に目を覚ましたのは、蝋燭のか細い灯りだけが頼りの、岩を削って作られたような窓一つない閉鎖された部屋だった。


「こ、こは…」


 朦朧とする意識の中、自分の身に何が起きたかを思い出そうとするモニカ。しかし激しい痛みが絶え間なく頭に響き、上手く思考が回らない。なんとか起き上がろうと身体を動かしたとき、自分の右腕と右足が岩壁に打ち付けられた太い鎖に繋がれていることに気づいた。


「…え…?」


 一体何が起きているのか分からない。それでも明らかに本来は人間以外の何か獰猛なものを縛るためであろう頑丈さのある鎖を目にした瞬間、モニカの身体は拭いようのない圧倒的な恐怖感で震え出した。


「いや…っ」


 そうして思い出す、血塗れの兄の亡骸。


「いやあああああ!!誰か!誰か助けて!!」


 助けを求めて足掻くモニカの動きにあわせて、鎖が鈍い音を立てる。肌と鎖が擦れあって薄く血が滲んだが、混乱しているモニカにその痛みを感じる余裕はない。


「助けて!助けてええええ!!」


 モニカの声に反応したのか、部屋からの唯一の出入口である扉の前に何者かが立った気配がし、錠が回る音がした。


「わたくしをここから出して!お金ならいくらでも用意するから!だから助けて!」


 そう命乞いをするモニカ。しかし扉を開けて姿を現した男を目にした瞬間、モニカは懇願することをやめた。


「――アンタ!!わたくしにこんなことをして、どうなるか分かってるんでしょうね!?」


「………」


「アンタを消すなんて簡単なんだからね!!アンタと一緒にあの女も――、…!?」


 五月蝿く喚き続けるモニカにゆっくりと歩み寄り、男は素早く布を詰めてその口を塞ぐ。モニカは必死に暴れて抵抗を見せるが、それは何の障害にもならず、次に男は彼女の左足首を掴んだ。


 モニカの足を掴んだまま男は立ちあがり、勢いよくその足を引っ張る。その瞬間モニカの両脚は岩壁に繋がれた鎖と男に引っ張られ、裂くような痛みが彼女を襲った。


「―――!!!」


 痛みに両目を見開き、絶叫するモニカ。しかしそれは口に詰められた布のせいで、くぐもった声にしかならなかった。


 ピンと張りつめたモニカの両脚。モニカが痛みから逃れようと足を動かそうとしても、男の異常な力の前には無駄な抵抗で終わる。


「―――!!!」


 モニカがどれだけ暴れようとも、男はその足を引っ張ることをやめようとはしない。激痛に思考が白くなっていくモニカの耳に、自分の身体を伝って鈍い音が届いた。


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