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高飛車お嬢様と無気力奴隷  作者: 大魔王ダリア
5/9

風紀委員は容赦しない

停学明け早々、唐九郎は新しいビジネスを始めたらしい。怪しい筋から流れてきた、怪しい価格のブランドバッグを誰かに売りつけるらしい。収穫の前祝いだとラムネと駄菓子をもらった。

俺は些細な瑕疵ひとつ無いビー玉を廊下の蛍光灯に透かしてみた。片手にはラムネ瓶を握っている。

学校の規則で、缶瓶は教室のゴミ箱に捨ててはいけないことになっている。各学年フロアにひとつある巨大なゴミ箱に捨てる決まりだ。面倒くさがって守る人は少ないけども、俺はいい子ちゃんだからちゃんと守っている。たかがゴミ一つのせいで鈴無に絡まれるのは時間の無駄だから。

瓶を箱にぽいと投げる。別のところから缶が飛んできて、中空でカランとぶつかり、芥の中に落ちる。


「あ」


投げたのはキャラメル色の髪を巻いた長身の女子だ。マニキュアで色づいた爪が、物を投げた姿勢のまま止まっている。

Bエリアのボス格、カリスマモデルと噂の剃常だ。そこらへんの雑魚とは風格が違う。俺なんて吹けば飛びそうだ。

ギャルらしく派手な扮装(いでたち)を、その風格と堂々と張った胸で完全にものにする、要するにイケイケな人だ。面倒だから雑にまとめた。


「あんた……確か同じクラスだったっけ」

「たぶん」

「あっそ」


自分から聞いておいて、全く興味が無いんだよな。俺も無いけど。

剃常が、規則を守ってここに捨てに来たのが意外だった。見ていた理由なんてそれくらいだ。

ただ、目が離せなかったのは、その姿に違和感を感じたから。


「室戸にパシられてるって聞いたけど」

「共通認識なんだな、それ」

「違いそうでよかった。じゃ」


ああ、わかった。

違和感は、剃常が話しかけてきたこと自体だ。目が合ったからって、教室の隅でぐうたれてる陰キャに話しかける義務はない。

というか、Bエリアの住民と話したのは初めてかもしれない。初めてなのに違和感も何もないもんだ。


しっかし、噂の広がり方が凄まじいな。当人が否定してるのにいじめられっ子認定されるのって、新手の虐めなんじゃないか。


「かといって俺は室戸の奴隷です! なんて回覧板回すわけにもいかないしな……変態だと思われる」


教室に戻ると、剃常と取り巻きのギャルがキャッキャと話し込んでいた。

近寄らずとも香水の香りが漂う。人によっては吐き気を催すらしいけど、俺はこの人工的な刺激が好きだ。

どう考えても薔薇の臭いじゃないのにローズフレーバーと言っている辺りが大好き。しかも味って。


「てかさマジありえなくない? 内野の調子乗り方がマックス振り切ってんですけど」

「ホントそれ。すこぶるそれ」

「てか最近さ、ネルががっこ来てないじゃん。絶対内野のせいだよね」

「あ~、片桐となかよかったもんね~」

「内野なんかに馬鹿にされたらこれなくなっても仕方ないよ。やば、もうこれ虐めじゃね? 内野サイテー」


なんかすごい。すごいとしか言いようがない。

ここまでナチュラルに棘と毒を混ぜ込んだ会話ができるのはギャルの特権なんじゃないだろうか。

なんとなく教室に入りづらくて教室前のスペースで聞くともなしに聞いていると、冷めた声が遮った。


「うっさい。ちょっと黙ってくんない」


剃常の声だ。ここからじゃ姿が見えないけどさっき聞いたばかりだから間違いない。

打って変わって内野の話題はなくなった。自由奔放傍若無人に見えるギャルの世界にも、れっきとしたジャーティが存在する。


「気分悪い」


そう言って、剃常が教室から出る。行き場のない俺の視線と、再びぶつかった。

曇りのない、綺麗な目をしてるな、と怪しい占い師のような感想を抱いた。

今度は話しかけられず、剃常は女子トイレへと消えていった。



今日の放課後は、いつもより歓喜に満ち溢れている。

まだ青い午後の空も、その空を飛ぶ尉鶲(じょうびたき)の地啼きも、一枚だけ空いた窓から流れ込む涼風さえも、祝福しているかのようだ。

今日は、宿題が無い。たまたまそういう授業が重なった。喜ばしいことだ、だから喜ぶんだ。生まれてこの方大した感動を味わったことがないせいで、宿題の有無如きに幸福を感じてしまうようになりましたとさ。

おまけに、部活棟の臨時点検のせいで校内の部活動も全て休止だから、午後の遊ぶ予定を相談するリア充で教室も廊下も弾んでいた。


「唐九郎、帰るか」

「靱負の誘いた、珍しいな。ツンデレのデレは素直に受け取っておきたいとこだけどよ……先約があんだ。わりいな」

「何がデレだ、いつ俺がお前にデレた。名誉棄損で訴える」

「わりいわりい。お前はツンデレじゃねえよな、前段階のツンがねえし。あれだ、キャラ分けすんなら気まぐれ猫か」

「猫は大抵日向でぽかぽかお昼寝してるもんだ。俺みたいな日陰者のキャラじゃないだろ……帰らないならいいんだよ。一人で帰るから」


これでも家主の息子には最低限の敬意を払っているつもりだ。停学中のノートは貸してやったし、プリントも毎日持って帰った。


「へへ、流れてきたブランドバッグの買い手が見つかってよお。SNSでいいね欲しいってだけでウン万出そうってんだから笑えるぜ」

「悪徳商売漫画の読み過ぎじゃないか。精々鈴無に射殺(いころ)されないようにしろよ」

「ご忠告痛み入り候」


駄目だ、本当に痛めつけられないと反省しないんだろう。唐九郎が厄介だと言う鈴無の意見は、間違っちゃないのかもと思う。

ニヤニヤしっぱなしの唐九郎と別れて、下駄箱で外靴に履き替える。

そろそろ唐九郎にも旅館の手伝いをさせたほうがいいのかもしれない。親父さんもそう言ってたし、ふとした拍子に本当にとんでもない悪事に手を染めるんじゃないかと憂慮している。

小悪党と大悪党の境界線を踏み越えるのは、いとも容易い。だから人間はいつでも道を踏み外してしまえる。

ちょっと歪な視点から世の中を見て育った俺には、その心理が痛いほど沁みていた。


「ん? あれは」


鈴無の姿を見かけた。

向かう先には水道管が古びて使われなくなった水飲み場がある。普段から人気がなく、虫と幽霊くらいしか出ない場所のはずだ。

関わると面倒な気がして、気にせず帰ろうとしたら、鈴無が向かった方向から濁声が聞こえてきた。


「てめえな、いい加減にしろよ! 女だと思って優しくしてりゃ調子に乗りやがって……あの日のアガリ、耳を揃えて返してもらうぜ」

「校内で開かれた博打の稼ぎを返すことはできない。当たり前よ」

「てんめえ……いいか、ここでてめえさえ首を縦に振れば誰も傷つかずに済むんだぜ。俺は紳士だからよぉ、こんだけ馬鹿にされても許してやるっつってんだろが! 返せ、返しやがれ」


なるほど、手入れに遭った校内ギャンブルの報復か。

虐めに格差、ギャンブルに取締り、逆恨みに嫉妬、怨恨と報復。学園は社会の縮図だっていうのは真実なんだよな。理不尽の荒波にもまれて、溺れるように社会に投げ出されていく。

鈴無の声は、勘定に任せた罵声と対称的に、平坦で温度を感じさせない。


「話が分からないのなら、話す気はない。まだ何か用がある?」

「まだも何も、まだ用事は一つも片付いてねえよ! ちっ、もう勘弁できねえ、おらァ!」


大きく拳を振りかぶって顔面に振り下ろす。鈴無は、ぱっと横に飛んで避けた。

喧嘩慣れしていそうな不良と、女子風紀委員。

しかも、あれだけ言っておいて、鈴無の構えは武道家のそれじゃない。喧嘩に強いとは思えなかった。

さて、無精者の俺は、主人公気取って助けに入るべきなんだろうか。

正義感も倫理も欠けている自信はあるし、ここで無視してもそこまで呵責を感じはしないだろうけども。

これが室戸や唐九郎なら迷いなく助けに入るんだけどな。


漆実末(うるしさねすえ)。貴方は秩序を乱すと判断した。風紀委員として、排除する」

「ごちゃごちゃ抜かすな!」


今度こそ、本気で顔面に殴りかかっていった。

それでも俺は、止めに入ろうという気にならなかった。明らかに鈴無が不利なのに、彼女が殴り飛ばされる未来が少しも予想できなかった。

三秒後。


「アアアァァァ! 足が、うご、動かねええ」

「無様ね。そこで少し頭を冷やして今後の事を考えること。いい?」

「く……いっそ殺しやがれ……」


名もなき不良のくっころを戴いたところで、俺は回れ右でその場から去った。

やっぱり鈴無はやばい。普通、いきり立つ男相手に狙う部位は、股間か首筋か、顔面だろう。

だけど鈴無が狙ったのは足の甲だ。拳を振りかぶって隙が出た下半身の更に下部を狙って、自分の靴のかかとで足の付け根を踏みぬいたのがはっきりと見えた。拳骨は空振り、前のめりになっても足は押さえつけたまま。足裏が地面についたまま、倒れたんだ。そりゃ、歩けなくなるくらいに痛いよな……少しだけ不憫だ。ほんの少しだけ。

鈴無の動きは明らかに場慣れしていなかった。

勝因は、容赦のなさだ。昔、鳥取出身の剣豪も言っていた。『戦いで生死を分ける要因は、一が才能、四が鍛錬、五が殺意』。

俺は肝に銘じた。あれは絶対に怒らせちゃいけない人種だ。

もしかしなくても、彼女の方が室戸より冷徹なご主人様の素質があると思った。


「だけどな……鈴無も危ないことになるだろ、あれ」


校内で賭場を隠れて開帳するようなことを、たかが不良一人の力でできるはずがない。

鈴無はどうして、あそこまでするんだろう。

ああ、だめだ。最近他人の事ばっか気にし過ぎて疲れる。俺らしくもない。言うほど自分のことがわかってるわけじゃないけど。

前を向いて歩いてなかったせいで、誰かにぶつかった。それは、葉を落としかけた桜の木だった。

もう何にも目もくれず帰ろうと正門を出る。

門柱の影で、寂しそうに目を伏せる女子の姿を認めてしまった。


「……あ、登戸、くん」


内野楓が、綿雲のように儚い愁い顔で佇んでいた。

無視して帰るには刺激が強すぎる。

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