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高飛車お嬢様と無気力奴隷  作者: 大魔王ダリア
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燃える想いが冷めてゆくように

放課後、今日は特に呼び出しがないからさっさと帰ろうとする。

部活にも委員会にも所属しない無気力学生が放課後居残ってやる仕事なんてない。

定時に帰りたい公務員気質の俺を邪魔したのは、厳しくとがった声だった。


「登戸靱負。止まりなさい」

「……ぴたり」

「もう一度言う。止まりなさい!」

「……うげぇ」

「嫌そうな顔ね……やましいことさえしてなければ何も言わないのに」

「じゃあこうして話しかけられてる時点でやましいことしてると見られてるわけじゃないですか」


鈴無が、来なさいと言って無理やり連行していった。キビキビした動作で廊下を歩く。

四角四面、物事が枠にはまらないことを何より嫌う。どこぞの髪の毛真ん中分けの絶望少女のようだ。頭一つ分低い後頭部に「っきっちり」の文字が浮かんで見えるのは厳格だろうか。


「貴方は何か勘違いしているようね。私は秩序を保ちたいだけ。ただでさえこの学園は紊れがちなのだから」

「秩序って、ゲームのやり過ぎじゃない」


この人本気だ。

左腕に巻かれた風紀委員会の腕章に、トレードマークの鷹の目が光る。スローガンは『風紀紊乱ヲ匡シ綱紀粛正ヲ敷イテ安寧ト秩序ヲ護ルベシ』。大日本帝国の軍律みたいだ。


「愛宕屋唐九郎は悪質。悪事のひとつひとつは瑣事でも、積み重ねにより巨悪が生まれる。私の仕事は、巨悪に育ちそうな苗木を排除すること。それが風紀委員よ」

「やばい思想に片足突っ込んでるから引き返した方がいいと思う」


鈴無は、やや……いやかなりサイコな発言をするから怖い。ただの中二病か、それともいわゆる「歪んだ正義」を秘めているのか、真面目な顔をしているせいで判断がつかない。

顔をじっとみていると鈴無が首を傾げた。


「どうして私の顔を見ているの」

「四角張ったことばっか言う割に丸顔だなと」

「性格と顔の輪郭に関係があるというの」

「いちいち取り合わなくていいんだ……それで何の用だよ」


少なくとも今は敵意を感じない。

鈴無は感情を纏わない声で、いきなり質問した。


「登戸靱負。貴方は室戸天空乃に虐待を受けているの?」

「はぁ?」

「もしそうなら、貴方を虐げる意思を排除する。汚れた意思は、秩序をかき乱すから」


瞼がすうっと細くなる。もともと切れ長の瞳を常に細く開いているから、隙間から覗く磨かれたビー玉のような瞳の威圧が凄まじい。

怖いけど、綺麗だ。

まるで、水で造られた薔薇のようだと思った。唐九郎が惚れるのもわからなくはない。


「排除はしなくていい、というかしないでくれ。室戸とはただの主従関係でしかないから安心しろ」

「主従関係?」

「そう、ごく一般的な奴隷契約」

「そう。合意の上の契約なら仕方がないね。わかった、もういいよ」


納得したらさっさと行ってしまう。

秩序だの意思だのと、かなり変わった奴だ。その内特異点がどうのとか言い出すかもしれない。FGOだけはプレイさせちゃいかん。


少し寄り道になったけど、当初の目的を果たすことにした。つまり、帰宅だ。

帰宅は全て徒歩。

帰路の半ば、見知った顔を見つける。片桐が、交番横の公衆電話でなにやら話している。

今時公衆電話を使うやつも珍しいな、と思った。まあ校内で古典的花札博打(おいちょかぶ)が流行るくらいだから不思議なことじゃないのかもしれない。流行に流されるよりはいい……いや賭博は犯罪だけども。


「お」


通話を終えて受話器を置いた片桐と目が合った。

片桐は一旦固まった後、背筋に氷を押し当てられたようにさあっと蒼褪め、ぎこちない動きで会釈して去っていった。

誰もいなくなった電話ボックスに入ってみる。無視しても良かったんだが、少しだけ好奇心が湧いた。

軽く跳んだだけで頭を打ちそうなくらい狭い。隅に蜘蛛の巣が張っているが、ご主人様の蜘蛛の姿がない。電話ボックス内に餌が入り込んでくることはあんまりないんだろう。


「やっぱり」


あんまり慌てて出て行ったから、余った通話料を取り忘れている。


「テレホンカードすら使わず、か」


さて、男が自分の携帯を使わず、テレホンカードの使用も躊躇してかける電話は、どんな内容でしょうか。しかも、接点のないクラスメイトに見られただけで狼狽するような内容ときた。

やましい匂いがぷんぷんする。

もし片桐が印象通りの好青年でないのなら、早急に対応しなきゃいけない。

なにしろ室戸が狙っている相手だからな。ご主人様に危害を加える可能性があるのなら、その危険性を知っておくのが良き奴隷の心得だ。

残った小銭をちゃっかりせしめる。これは証拠だから。みみっちいとか言わないように。

電話ボックスをあとにして、再び帰路につく。

夕陽が凶悪なほど眩しい。九月も中旬、風は徐々に冷えていく。燃える想いが冷めてゆくように。秘めた夢が醒めてゆくように。

坂を上る。

鳥居前町の名残で昔ながら街並みが並ぶ。

石畳の道の向こうに見えるのは大鳥居。そこから長い石階段が続く。

出世階段と名高い愛宕神社の男坂だ。

大鳥居の手前に我が家はあった。


「あら、お帰りね坊ちゃん」


老舗旅館『愛宕屋』。明治維新以前から、愛宕神社や芝大神宮への参拝客でにぎわっていた。そして、唐九郎の実家でもある。

諸事情により、俺は幼馴染の家に居候している。かれこれもう数年たつな……坊ちゃんなんぞと呼ばれてるし、完全に家族待遇だ。


「ただいまー」


今は薫らない梅ノ木の横をすり抜けて、俺の部屋がある離れ屋に直行した。

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