落花狼藉と呼ばれぬために
自慢じゃないけど、誰かを虐めた経験がない。虐め童貞なんだ。
人の嫌がることをしたことは数えきれないほどあるけど、いざ誰かを虐めようとすると勝手がわからず往生する。
「しかも厳しい条件付き。暴力NG、陰湿NG。優しくて爽やかな虐めってなんだ……」
「おーい、靱負。何悩んでんだ? 競馬でスッちまったか?」
悩める子羊にかかる声は、天啓じゃなくて幼馴染の愛宕屋唐九郎の声だ。唐九郎の家は旅館で、旅籠と呼べるくらいに歴史が深い。
友達さえほとんどいない俺にとって、学園内で普段から喋るのはこいつくらいだ。ただ、ここ一週間は学園で顔を合わせていなかった。
別に喧嘩したわけじゃない。
「そうか今日で停学明けたのか」
「そ。長かったぜ……暇だったからワンクールアニメ四本見ちまった」
「ふーん。どうせお前のことだから『魔法少女ラミーちゃんseason2』は見てないんだろ」
「見ねえよ。イスラム原理主義に染まった魔法少女の孤独な戦いなんて見たくねえよ……てかよく2期制作されたな」
そりゃ、俺が室戸に泣きついたからな。インパクトと思想が強烈なだけで、かなり感動のストーリーなんだ。
この陽気でお調子者の幼馴染は、先週空き教室で開催されたおいちょかぶに参加している最中に風紀委員の手入れに遭って、一週間の停学を言い渡された。
「今の時代においちょかぶって……大体よくそんな金があったな」
「そんな目すんなって。昔よく泊まりに来てた爺さんに丁半博打も花札賭博もしっかり教わったから抜かりはねえよ……まぁ、稼いだ分は全部鈴無に回収されたけど」
そう言ってがっくりと肩を落とす。
聞いての通り、ギャンブル大好きな小悪党だ。しかも無駄に強いから癪に触る。親に迷惑かけずに遊ぶ金を稼いでいると言われれば、確かにそうだとしか言えない。
鋭い視線を感じた。
左後ろ、振り向かなくても誰だかわかる。風紀委員の鈴無瑞音。クラスに男女一人ずついる風紀委員の、口喧しい方だ。ちなみに男子の方は麻壁風紀といって、名前のせいで他薦されてしまった哀れなやつだ。
鈴無は、とにかく規則に厳しい。自分にもしっかり厳しいから反抗の余地を与えない、一番嫌われるタイプだ。
何も間違ったことは言ってないしやってないからこそ嫌われる。
そんな正義の風紀委員に再三再四注意指導叱責を受けているのがこの唐九郎だ。隠れて校内賭博に参加したり、不良に『臭いの残らないタバコ』を売りつけたり、モザイクを消し去る魔法の杖を変態に売りつけたり、まあ色々せこいことをやっている。
「しばらく大人しくしておくかね……あ、でも安く仕入れたブランドバッグをギャル共に押し付けないと」
「お前そのうち鈴無に殺されるぞ。俺にできることなんて骨拾うくらいだからな」
「おいそこは助けろよ、何のために剣術習ってんだよ」
「お前の用心棒するためじゃないのだけは確かだな」
「友達がいの無いこと言うなよな……ま、べつにいいけどよ」
唐九郎がニヤッと笑って顔を近づける。思わずのけぞった。
淡い波紋のようにはにかむ。
「鈴無に殺されるなら本望だしな。あいつのこと結構好きなのよ」
何が悲しくて幼馴染のドMな恋心をあかされなきゃならんのだ。いやまあ初耳じゃないんだが。仕方ないから応援だけはしてやろうと思っているけど、逆立ちしても成就しそうにないからな……。
俺の事情も打ち明けた。唐九郎は俺と室戸の関係を性格に知っている数少ないやつだ。もっとも、唐九郎と室戸の間には面識がないはず。
大伴御行の如く無理難題を告げられて、どうしたものか困っていると相談する。
「お前ら相変わらずだよな……室戸さんも靱負もめんどくさいことこの上ないぜ。面倒くささだけなら世界クラスだ」
「唐九郎風情が世界を語るな」
「とにかく室戸の機嫌を取れるやり方はないもんか。なんかこう、内野をそこまで傷つけずに困らせる方法」
「そんなクソみたいなことで悩んでたのかよ。……無難なとこだとイカサマ博打で財産巻き上げるとかどうだ」
何が無難だ。
大体内野はギャンブルなんかしないだろ。偏差値の割に生徒の質が悪いと評判の我が校で、陰気ながらも品行方正な女子だ。
「じゃあ、何かいい案が浮かんだら教えてくれ」
「何で虐めたくもねえ女子の嫌がらせを考えなきゃいけないんだよ」
「奴隷だから」
「割り切ってんな……その性格直さないとモテないぞ」
「古より語り継がれるこの言葉を贈ろう……おまいう」
くだらない会話をしている間、内野は甲斐甲斐しく片桐に弁当をあーんして、口をハンカチで拭ってやっている。
その表情は花が咲いたようだ。長らく放置された路傍の花に陽が当たり、向日葵のように明るく笑う。
俺は、所詮無粋な突風。健気に咲く花を嬲るための、当て馬。
どうでもいい、室戸が満足しさえすれば。でも、出来るだけ散らないように済ませたいと思った。
落花狼藉と呼ばれるのは嫌だからな。