プロポーズ
タイトルに騙されないでください!
かなりダークな内容になっていますので、苦手な方は読むのはおやめ下さいませ…。
(なんでこんな話になったかな〜?笑)
炭酸の泡がプツプツとグラスを上がっていく…
私の気持ちが下がるのとは逆に。
こんなはずじゃなかったのに。
思ってたのと違うじゃない。
彼からのプロポーズはありきたりで特別感なんてなかった。昔からよくある定番のやつ。
夜景の見えるレストランでちょっと高いシャンパンを飲みながら、コースの最後に美しくデコレーションしたデザートプレートと共に彼の胸元から出てくる指輪の箱。
「…俺と結婚してください!」
渾身のプロポーズのつもりだったのね。
あぁ…ドヤ顔がウザい。
私はこんなの望んでない。
ねぇ、映画の見過ぎじゃないの?
無理して高いコース料理食べて、飲み慣れないシャンパンなんか飲んでさ…。
本当にバッカみたい。
他人から見たら「贅沢言ってんな…この女。」と思われるんだろうな。
でもさ、私が求めてるのはこんなのじゃなかった。
近所の公園でベンチに座りながら「ずっとそばにいてくれよ。」なんて軽く言われるプロポーズで良かったのに。
だってさ…
断われないじゃない!
…結婚しないよ?私。
アンタとは。
だってアンタさ…
私のストーカーじゃん!?
命かかってて殺すぞって脅されてたらそりゃ演技するよね?
今、高級レストランのテーブルの下でナイフ見せられてるんだよ?怖すぎるでしょ!
「あぁ…嬉しくて震えてるんだね?俺も嬉しいよ。」
え?馬鹿なの?
怖くて震えてるに決まってんでしょ!?
お願いだから誰か私を助けて。
この人ヤバいんです!
お店の人も「素敵なプロポーズですね〜!」じゃなくてさ。顔色見てわかんないかな?
私、逆らったら殺されるんですけど!
「ねぇ…照れてないで答えを聞かせて?」
照れてなんかないし、こんなの返事なんか出来る訳ないでしょ!?
どうしよう…?
なんて答えるのが正解なの?
とりあえずトイレに逃げる?
でも、その後捕まったら殺される…。
必死にこの場を何とかしようと考えを巡らせる。
そして究極の答えに辿り着いてしまった。
『…あ、気づいちゃった。』
小さく呟く私を見て彼は怪訝そうな顔をした。
イラついたのか足で私の靴をトントンと突っつく。
「で、答えは?…イエス?…ノー?」
ニヤニヤしながらこちらを見る彼に私は満面の笑みで一言。
「死ね。」
カバンに入っていた万年筆で男の手を刺す。
刺された痛みで落としたナイフを奪って顔を切りつけた。
綺麗に飾られたデザートプレートは真っ赤な血で染まる。
さっきまで笑顔で接客していたお店の人は悲鳴を上げて顔を酷く歪めた。
「お前となんか結婚する訳ないだろ!?このストーカー野郎が!!」
叫びながら男の胸へナイフを突き立てた…!
「俺…のモノに…なれ、よ…」
最後の一言まで気持ち悪いっ!
私の前から消えてっ!!
「…うるさい。死ねよ。」
私はなんの躊躇もなくトドメをさした。
あぁ…これでやっと解放される。
早くこうすれば良かった。
◇
ねぇ!なんでストーカーに酷い目に合わされたのに私が捕まらなくちゃならないの?
どう考えても悪いのはアイツじゃない!
とりあえず私はその場で警察に連行された。
事情を聞かれたらすぐに助けてもらえると思ったのに…。
「それが事実だとしても過剰防衛だと判断されるかもしれない。」
警察の人が言った。
「…なんで?私がどんな目に遭ったと思ってるの?」
涙ながらに訴えた。
「とにかく何があったのか調べよう。君の証言の裏を取らなきゃならん。…でもな、どんな理由であれ殺しちゃ駄目だろ。」
「……!?」
やっと解放されたのに?
あの男のせいでどれだけ傷つけられたか。
……私は無言で担当刑事を睨みつけた。
「どうですか?何か話しました?」
部下から声をかけられた。
「あぁ、話したがどこまで本当なんだか。これが本当ならとんでもない事件だぞ。何故こんな事になるまで誰も気づかなかったんだ?」
担当刑事は顎に手を当てて考え込んだ。
◇
手を刺した万年筆は男の手で改造してあった。
GPSが仕込まれていて私を監視する為の物だった。
外へ出るから必ず持っていろと言われた。
ある日、宅配便を装って家に男がやってきた。
脅されて部屋へ押し入られてからずっと監禁されていた。
言うことを聞かないと殺すとナイフを突きつけられ、手錠で繋がれて身動きも取れなかった。
何度も何度も殴られた。
俺の子を…と何度も何度も犯された。
あの日から何日経ったのかわからない。
1ヶ月なのか?
半年なのか?
もう一年以上経ったのか…?
私にとっては絶望しかない日々。
どんどん心がすり減っていく。
自分が自分じゃなくなる感覚。
でも、男の言いなりになるしかなかった。
男はとても用意周到で周りには私と付き合っていると嘘をついていた。
それでも初めの頃、連絡も取れず外へ出ない私を心配した友人が部屋へ来た事があった。しかし男は体調が優れない私を看病していると言って友人を追い返した。
その後も友人が何度か部屋へ来た事があったけれど、上手く言いくるめられてしまい、いつもそのまま帰された。
そして、連絡が取れるようになった事で友人は安心してしまったのかそのうち部屋へは来なくなった。
私のスマホは部屋へ押し入った日に取り上げられ、SNSは男が管理していた。
何度も仲の良さそうな写真を撮らされた。
もちろん後ろにナイフを突きつけられて脅されながら。
さらに時々、私に家族や友人へ電話をかけさせて誰からも疑いをかけられぬよう手元に置いて徹底的に監視したのだった。
ある日、毎月来るはずのモノがしばらく来ていない事に男が気づいた。
「あれ?もしかして……俺たちの子供が出来たのかな?」
私はその言葉を聞いてその場で吐いた。
男は「あれれ?もうつわりなの?…大丈夫?」と言ってニタァッと笑った。
全身が引き裂かれるような思いがした。
いっそ殺してくれと願った。
こんな奴の子供が自分の体の中にいるなんて想像しただけで頭がおかしくなりそうだった。
その日から私はどうしたら死ねるのかばかり考えるようになった。
とにかくここから消えてしまいたかった。
大人しくしていたら外へ出る機会があるのだろうか…?
でも、もし外へ出たとしても助けてもらえるのか?
…いや、きっと無理だろう。
だって今までだって誰も助けてくれなかったんだから。
ある夜、男がご機嫌で帰ってきて言った。
「明日、俺とディナーに行こう!明日を二人にとっての大切な日にしたいんだ。」
何を言っているのかわからなかったが、外へ出るチャンスだと思った。男はこれまで大人しくしていたから私が抵抗するなんて微塵も考えていないようだった。
男が何を考えているのか、何をしようとしているのかわからなかったが、このチャンスを逃したら次がいつになるのか…?考えただけで体が恐怖で震えた。
次に外へ出るのは死んだ後かもしれない。
次の日、男は体の痣が目立たないようなドレスを用意して私を着飾った。いつぶりかわからないがメイクをするよう強要された。なるべく顔の痣が目立たないように…と。
準備が出来ると小さなバッグを持たされ、男はその中に例の万年筆を入れた。
「…プレゼントだよ。俺からの初めてのプレゼントだから肌身離さず持ってて。…ね?」
笑っているように見えて目の奥が全く笑っていない。
この目を見ると寒気がする。
そして連れて行かれたのが夜景の見える高級レストランだった。
まるでドラマか映画の主人公になったように気取って喋る男を黙って見ているしかなかった。
仮面を張りつけたような笑顔でその場を取り繕う。
殴られたせいで口の中が切れていてなんの味かもわからない。
『…私は今、一体何をしているのだろう?』
…もう絶望しかない。
この茶番はなんだ?
私はこのままこの男と結婚するのか?
頭の中を考えたくもない未来が駆け巡る。
どうしてこうなったんだろう?
黙ったまま見つめていたグラスの中で炭酸の泡がプツプツと弾ける。シュワシュワと音をさせて私の気持ちとは反対にキラキラと光っていた。
こんなはずじゃなかったのに。
思ってたのと違うじゃない。
私はただ、幸せになりたかったのに…。
◇
男は悲しげな女の顔を見つめていた。
「…どうして助けてやれなかったんだろう。俺がこの仕事を続けている意味は?」
やり切れなさで握った拳に血が滲んだ。
…彼女は死んだ。
自ら首をくくって。
彼女の中にヤツの子供はいなかった。
だが、絶望していた。
生きる気力をなくしていた。
もっと早く気づいていれば彼女は助かったのだろうか?
あの時、もう少し辛い気持ちに寄り添ってやれば生きていてくれただろうか?
「…すまない。せめて安らかに。」
担当刑事は静かに手を合わせた。
「…これでずっと一緒だ。ずっとずっとずーっとね。」
クスクス笑う男の声が霊安室に響いた。