128.1 とある鍛冶師の話
4巻 メロンブックス購入特典SS
俺はアルノー、しがない鍛冶師だ。
俺が暮らしているこのゲオルギウス王国と周辺諸国を含めて一番の鍛冶師だなんて言われたりもしているが、他にも腕の良い鍛冶師なんてごまんと居る。
そう、例えば今うちの工房に滞在していたお嬢ちゃんとかな。
どんな奴かだって? そうだな……あれは師匠から紹介してもらって、随分と贔屓にしてもらってる剣士の家系の娘さんが連れて来たのが始まりだったか……。
その娘さんが言うには、使用料は払うから知り合いのお嬢ちゃんに鍛冶場を使わせて欲しいって無茶な話でな? 本来、金を払うなんて言われても鍛冶場を貸したりはしないもんだ、新規の商売敵を作るようなもんだからな。
とはいえ、俺が駆け出しの頃から良くして貰ってる家の娘さんの紹介だからな、無碍にも出来ん。仕方なく、腕を証明できるようなものがあれば見せろって言ってみたのさ。
見たところ十かそこいらって感じのまだまだ子供にしか見えなかったからな、金を払うといわれても碌な腕もない奴に鍛冶場は貸せない、って体よく断る方便だったんだが……それで見せられたインゴットはよく分からん鍛え方をしたもので、興味が沸いて調べたくなっちまった。当人が鍛えたって言う剣もなかなかの出来だった事もあって、受け入れを了承する事になった。
譲って貰ったインゴットは色々調べてみたが、どうやって鍛えたのかは結局分からないままだったんだが……そんな事はどうでもよくなるほど、そのお嬢ちゃんは色々な事をやらかしてくれた。
ああいや、悪い意味でじゃない、寧ろ良い意味での事ばかりだ。
まず、飯の味が良くなった。お嬢ちゃんが色々手を加えたお陰らしい。次に飯時に出てくる料理の種類が増えた。これもお嬢ちゃんが色々教えてくれたお陰だって話だ。美味い飯は良い、気合の入り方が変わる。つまり仕事に力が入る。
次に、俺には2人の息子が居るんだが、そのうちの下の方が色々拗らせて手を焼いていたんだが、そいつの鼻っ柱をへし折って更正させてくれた。
ぶっちゃけ、俺は鍛冶の事以外は苦手だ。子育てもどうすればいいのかよく分からん。上の息子が素直だった事もあって、下の方はどう扱えば良いのかよく分からなくて困っていたもんだ。だから、これは非常に助かった。心の底から感謝したもんさ。
そして何よりも鍛冶の腕が恐ろしく高かった。
女の鍛冶師は少ないが居ない訳じゃない。だが基本的に鍛冶仕事って奴は力仕事だ。どうしたってその辺で女よりも男の方が有利だ。だから女の鍛冶師ってのは技術力が高い奴が多い。
だがそれにしたってそういう一握りの女の鍛冶師ってのは、普通はそれなりに歳を取って経験を積んでるやつばかりさ。だって言うのにお嬢ちゃんはまだまだ駆け出しって歳にしか見えない、歳と腕が釣り合ってないにも程がある。
蓬莱刀を打てる鍛冶師をナマで見たのなんざ流石の俺も初めてで、困惑しかなかったが……まさかその刀を譲って貰えるとは思ってもみなかった。お陰で俺の鍛冶の腕も更に上がった。本当にお嬢ちゃんには感謝しかない。
それだけの腕もあって、日頃の言動からもしかして、と思ってカマを掛けてみれば本当に魔剣を打っちまうわ、その剣を調べてみればとんでもない出来だわと、お嬢ちゃんが居た時は驚かない事の方が少ない日々だった。
まあ、色々あってもう出て行っちまったんだがな……。
はぁ……俺の息子達のどっちかの嫁にでもなってくれたら良かったんだが、あんな事もあったし、お嬢ちゃん、男の相手は、なぁ……? 世の中、侭ならないもんだ……。