123.1 ある日の鍛冶工房の情景
4巻 アニメイト購入特典SS
年明けの品評会が終わった数日後の事。
朝起きて食堂に行くと、そこには立派なオークの死体が1匹鎮座していた。なんでこんなところに丸ごと1匹のオークが? と思って眺めていると女将さんがせっせと解体しているようだ。
「おはようございます。これ、どうしたんですか?」
「ああ、おはよう。これはねえ……」
話を聞くところによれば、どうやら品評会の試し斬りで使わなかった残りだとかで、成績優秀者だったエドに丸々1匹進呈されたらしい。ちなみに試し斬りに使ったものは品評会の後の各ギルドの会合と言う名の飲み会で消費されたとの事。
「あの子達は良く食べるからありがたいと言えばありがたいんだけど、悪くなっちまう前にこの量を消費するのはなかなかねえ……。ああそうだ、なんだったらお嬢ちゃんもなにか作るかい?」
思いついたという様子でそんな事を言ってきた女将さんだけど、多分最初から手伝わせる気でいたな……? いやまあ、この量を加工するのは大変だろうし、別に良いけどね……。
んー、見た感じだと女将さんはハムを作ろうとしてるっぽいね。樽に切り出した塊肉と塩を突っ込んでるし。
お手伝いさんは焼肉用にでもする為か、ある程度の厚さの薄切りに切る作業中。……まさか、朝から焼肉食べないよね……? ……確認した所、やはり焼肉との事。相変わらず朝から重い食事内容だった。まあいつもの事だし、諦めよう……。
気を取り直してオークを【鑑定】と【解析】。ふむ。
「内臓使ってもいいですか?」
「内臓かい? 構わないけど……」
うん、鮮度的には問題無いし、お肉は女将さん達に任せてここはあえて内臓を使ってみようかなーと。
サクッとお腹の中から内臓を取り出して切り開いて水洗い。……うん、内容物はちゃんと取り出してあるね。少し考えれば分かるけど、試し斬りの時に『中身』が出てきたら会場は臭いで地獄絵図になっちゃうもんね。でも斬るときの抵抗とかも欲しいから内臓は取り除いていない模様。
なんて事を考えているうちに最初の水洗い完了。でも脂で手がぬるぬる。仕方ないね、『洗浄』しとこう。で、次も水洗い。でも先に塩でもみもみ。もみもみもみもみもみもみもみもみ……腕がだるくなってきた。
「ぜー! はー! ぜー! ぶはー!」
「……手伝うよ」
「ありが……とう! ござい、ま……ぜふゅー!」
ちらちらこちらを見ながら作業してた女将さんが加勢してくれた。いや、本当に助かった。塩揉み後に流水で洗い流して臭い確認。……まだ大分臭うな。
仕方ないので次はたっぷりと小麦粉を塗して揉み揉みからの水洗い。……まだちょっと臭うね。
うーん、仕方ない。茹でこぼすか。臭み取り用に生姜・にんにく・長葱と一緒に5分ほど茹でてザルに上げて、もう一度茹でこぼして……。うん、臭くない。
「随分と手間がかかるね」
「美味しいものを食べる為には手間が掛かるものですよ」
「そりゃそうだ」
などと会話しながらも作業を続けていく。人数分の食べる量を考えるとすごい量になるため、下拵えだけで昼過ぎまで時間がかかった。
さて、ここからは簡単といえば簡単。作るのはモツ鍋だ。材料をきって調味料を用意して、後は食べる前に仕上げれば良い。味は味噌仕立てと醤油仕立てで2つ用意してみた。
そして出来上がったのがこちらになります。え? 端折りすぎ? いやいや、調理行程延々描写されてもだるいでしょ?
女将さんたちとちょっと試食。感想はいかがなものかな?
「この煮物、いいね。私はかなり好きだよ」
「それは良かったです」
「それにこっちの鍋も美味いねえ……精も付きそうだし、あの子達もこの味は気に入りそうだ。……でも、下拵えが大変なのがねえ……」
「そこはまあ、頑張るしかないかと……」
「……仕方ないねえ」
その日の晩、食卓に上がった料理が内臓料理だった事に最初はなんともいえない顔をしていた面々だったけど、一口食べたあとはお代わりの連続であっという間に完食。
翌日のみんなの働きぶりは凄かったとだけ言っておこう。
ちなみに、ずっと後に久しぶりに工房に顔を出した時に話を聞いたところによると、モツ鍋をまた食べたいという意見が多かったものの、手間が掛かるという事でなにかの祝いの時等に食べる料理になったのだとか。
モツ鍋がお祝いの料理……いや、良いんだけど。
……なお、親方はモツ煮のほうも大層気に入っていたらしく、弟子達に隠れてこっそり女将さんに良く作ってもらっていたとか何とか。面倒だと愚痴愚痴言いながらも女将さんもまんざらじゃなさそうだったので、夫婦仲は良好の模様。ずっと仲が良くて何よりだね。