第七話 アンジェリカ 12歳
アンジェリカが12歳の時、事件が起こった。
公爵家が、収穫祭の時期に合わせ、領内東北を視察してまわっていたときのことである。
今や領内の最高額納税者であり、東北防衛軍事の要を担う東北の男爵を、
公爵は年に一回は訪問し、懇親会を開いていた。
この年は妻の要望で妻子が同行することになっていた。
その理由は、公爵ひとりではまわり切れない訪問先を、
家族で分担しようというものだった。
要塞を中心に、東北の各村々を視察してゆく公爵、その妻、そしてアンジェリカ。
事件はアンジェリカと侍女の乗った馬車が、
アンジェリカの勘違いから訪問予定の村を間違えたことから始まる。
先触れの早馬が、訪問予定のなかった村の情報を持って帰ってきた。
その報告を聞いたアンジェリカは、根拠無き不安感に襲われる。
その報告によると、ルシオ軍が密かにその村を包囲し、
襲撃準備を進めているとのこと。
アンジェリカはこの時、この馬車隊の最高責任者であった。
アンジェリカは、これを緊急事態と瞬時に判断。
ルシオ軍が危険をかえりみず、名もなき村を襲撃する理由は、
その村になんらかの重要性があるからだ。
アンジェリカは独断で、村の救助を馬車隊に命令する。
馬車隊の護衛任務についていた、領軍騎馬隊の精鋭部隊は、その村に急行した。
アンジェリカは最小限の護衛と共に、騎馬隊を追うように村に向かった。
激しく揺れる馬車の中。
アンジェリカの侍女は、この小さな最高責任者が、
急な衝撃で怪我することが無いように、強く胸に抱きしめていた。
抱きしめながら、侍女はこう考えていた。
この流れは好機、彼女の主である公爵夫人が彼女に託した、
愛娘のための秘密の課題のひとつを、ここで達成出来そうだと。
彼女の胸の中で、馬車酔いにけなげに耐えるアンジェリカが知らないその課題とは、
その手で人間を殺めること、であった。