第三話 ミカエラとアンジェリカ 3歳
ミカエラが3歳になる頃、かつての東北の砦は、
ルシア軍との交戦で、幾多の奇跡的大勝利をおさめ躍進し、
ゲルマニーオ帝国の対ルシオ帝国方面最大の要塞となっていた。
騎士爵の準貴族であったミカエラの父は、
その功績を称えられ新たに爵位を賜り、今は男爵となった。
元々は東北の村々の村長を束ねる酋長を代々続けてきた家系である。
ここまでの出世は、そして貴族になるのは初めてのことだ。
なぜそこまで東北の砦の軍勢は強いのか、
とゲルマニーオ皇帝がこの成り上がり者に直々におたずねになった事があった。
爵位を賜りに中央の城に見参した際のことだ。
長年同じ敵と戦って参りました故、経験と知識の蓄積が御座います、
と新男爵は用意していた返答を、緊張で震える声にて申し上げた。
宮廷や教会の一部の者達は東北に聖女の存在を疑ったが、
ここまでの凄まじい成果をあげる程の聖女は存在し得ない、という意見が大半であった。
ミカエラは歳の離れた3人の姉たちに、可愛がられながら健やかに育った。
歳の離れた3人の兄たちは戦闘の度に武勲をあげた、
男爵家はその信仰深さもあり、神に祝福された東北の聖騎士団と呼ばれた。
男爵も妻もその子らも、この要塞の幸運が、
ミカエラによってもたらされていることを、強く認識していた。
したがって今後、ミカエラの成長と共に、いかに家族として教育するか、
またいかに対外的に振る舞っていくかは、家族会議の最重要議論項目であった。
うまく立ち回らないと、帝国内の各勢力に睨まれて、異端審判にかけられ、
ミカエラは魔女の烙印を押され家族共々処刑されてしまう。
またその聖女の名と力を我が物にしたい高級貴族に、
ミカエラが攫われてしまう可能性もある、その際は口封じに家族は殺されるだろう。
何よりミカエラを失えば、東北の要塞は即時瓦解するだろう。
それは要塞都市の今や10万に達する住民が、敵国の餌食になるということだ。
男爵は愛する娘であるミカエラの健全な成長を祈っている。
それと同時に彼の家族、彼の仲間、そして彼の要塞の守るべき民、
これらの人々の為にも、ミカエラを絶対に手放すわけにはいかないと考えていた。
アンジェリカが3歳になる頃、公爵家の帝国内の地位は相対的に上がることになった。
帝国の各地では、様々な何らかの問題や事件が以前にも増して頻発していた。
その中でアンジェリカの地では飢饉、疫病、洪水、
そして反乱分子の破壊活動等とは無縁であった。
アンジェリカの公爵家はその存在感を、他の領地に、
そして帝国中央の高位貴族たちに強く示していた。
アンジェリカの母は現ゲルマニーオ皇帝の末の妹であり、
元ポラド王国の王族の血を引く父よりあらゆる立場が上だった。
夫は妻の言うがままにポラド独立派を弾圧し続け、帝国への忠誠心を示してきた。
この気弱な公爵は民族意識の高い領民からは、裏切り者の烙印を押されていた。
それこそがゲルマニーオ帝国が望んだ、そして妻が描いた、彼のあるべき姿だった。
しかし3年前には頭を悩ませていた、
独立派の破壊活動はこの頃には、すっかり沈静化していた。
実働部隊の主要構成員たちが、3年前に皆、変死していたからだ。
アンジェリカは母の自慢の娘だった。
なんでも帝国中央の有名な預言者が、この少女が帝国を救う、と神託を授かったとか。
アンジェリカの母は、それを皇帝派の茶会で信用出来る筋から聞いた際に、
恥ずかしげも無く恍惚の表情を浮かべ震えたという。
娘の3歳にしてすでに溢れんばかりのカリスマに、
父親は愛情と共に、どこか気後れを感じ始めていた。
妻に感じているのと同様の、それ以上に大きなとまどいを感じていた。
一方アンジェリカの母は、あらゆる可能性を想定し、娘の教育の準備をした。
だが選択肢を与えるだけで、最終的には本人に選ばせるつもりでいた。
アンジェリカの決定に口など出せない、娘本人が下した決定こそが、
大義を成し遂げる為の天祐だと、そう固く信じていたのだ。