昔話
その後、僕達が移動した場所は、木々に囲まれた廃墟と化した木造の小屋で、以前ここを拠点にしていたことがある。
その時は誰も来る事は無かった。おそらく今も誰も使っていないだろう。
「とりあえず中に入りましょ」
と、イリヤさんがそう言って、小屋のドアノブに手を掛ける。
「あ、うん」
イリヤさんが壊れかかったドアを開け、中に入っていく。
僕も後に続いて中に入った。
廃墟ではあるが、この小屋にはまだ使える木の椅子とテーブルがある。
イリヤさんは家の奥へ行くと、椅子を引いて座った。
あんな事があった後のに、イリヤさんの表情は無表情で冷静のように感じる。
慣れているのだろうか?
「座らないの?」
「あ、座ります」
僕は玄関に近い方の椅子に座る。
それにしても、イリヤさんが人を殺した?
そんなの信じられない……さっきだって簡単に殺せたはずなのに、逃げる道を選択した。
「さっきのこと、驚いた?」
「少し……でもあんなの嘘ですよね?」
僕がそう言うと、イリヤさんはなぜか黙り込む。
獣の皮で作った水筒を腰から外すと、「喉乾いてない? 水でも飲もうか?」
「あ、はい。頂きます」
「ウォーター!」
イリヤさんは魔力を調整して、水筒に水を入れていく。
なぜこのタイミングで水なのだろうか?
話を逸らすため?
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕は水筒を受け取ると、水を一口、ゴクッと飲んだ。
「もう良い?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあ貸して」
僕はイリヤさんに水筒を差し出す。
イリヤさんは水筒を受け取ると、躊躇いもせずに口を付けた。
「あ……」
「なに? もしかして間接キッスを気にしているの?」
「あ、いえ……そんなんじゃ……」
イリヤさんはクスッと笑うと、水筒にを栓をして、テーブルに置く。
「――少し、昔話をしても良いかしら?」
「はい、大丈夫です」
「私ね……幼い頃から魔女だというだけで、魔法を使えない人間達から酷い仕打ちを受けてきたの」
「最初は何でそんな事をされるのか分からなくて、疑問を抱きながらも、とにかく好かれるように、必死でモンスター退治や人の役に立てるように魔法を使って頑張っていたわ」
イリヤさんは俯き、フルフルと震えている。
話をしていて悲しい過去を思い出し、涙を堪えているのかな?
こんな時、僕は何て声を掛ければ良いのだろ?
情けない事に何も思いつかない。
「その甲斐があったのか、徐々に魔法を使えない人間達も優しくしてくれるようになって、あぁ……これが正解だったんだって、幸せに過ごしていたある日のこと、私の目の前に、さっきの男が率いる軍隊が現れた」
「きっと私の魔力が強くなり過ぎて、周りの人間が危機感を覚えたのね。こっそり通報していたみたい。さっきの質問の答えだけど……あれは本当よ。私は兵士を殺している」
イリヤさんはそう言うと、スッと立ち上がる。
――窓際へと移動すると、ジッと外を見つめ始めた。
「その時からかな。異世界に興味を持ち始めたのは……」
と、イリヤさんは言って、こちらを振り向く。
「実はあなたと初めて出会った時、魔女に対して差別が蔓延るこの世界で、あまりにも簡単に私の手を握るから、何となくこの世界の人間じゃないと思ったの」
イリヤさんはそう言って、僕から顔を逸らすように、また窓を見つめる。
「――正直に言うけど……だから私はあなたを利用する為に近づいた。異世界転移は、異世界を知っている人間が一緒に居ないと無理だから」
「最低よね……見損なった?」
「いえ……なんて言うか……分かりません」
「――そう」
と、イリヤさんは言って、僕に背中を向ける。
「私、奥に行ってるね。今の話を聞いて、嫌になったのなら、このまま部屋を出ていったり、異世界に帰ってもらって大丈夫だから……好きにして」
イリヤさんは悲しくなるような言葉を投げつけて、奥の部屋へと行ってしまった。