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「…理由としては、わたしがその子の世話をする時間がないということかしらね」
女性の口から出てきた言葉は、考えた割にはとても軽いものであった。
「時間がない…?」
「ええ。まぁ、それは建前でしかないのだけれどね」
「……なら、本当の理由は?」
「んー?んー…教えない。でも、あなたに悪いことではないから、安心して」
「それは心配してないですけど…」
「あら、嬉しい」
「どうしても教えてくれませんか?」
「だって教えたらあなたは断りそうだから」
その言葉を聞き、クーリアが顔を顰めた。
「……わたしが断るような理由なんですか?」
「ええ。あなたならね。でも、わたしはそれを望まない。だから、教えない」
「………」
どうしても教えるつもりは無いようだ。
「わたしが断る理由……なら」
「あ、言っておくけど、その子もうあなたから離れるつもりないみたいよ?」
確かに子狼はクーリアにがっちりと抱きついており、離すつもりはなさそうであった。
「……元から強制じゃないですか」
「ふふっ。そうね。あなたは優しいから」
真正面から優しいと言われ、クーリアは気まずくなり顔を逸らした。
「その子に名前を付けてあげて?」
「名前……」
クーリアが子狼を見つめる。子狼もまた、青い瞳でクーリアを見つめる。その瞳には、期待の色が浮かんでいるようだった。
「……"リーヴォ"」
クーリアが子狼の名前を呟く。それと同時に、クーリアと子狼の頭上に光の輪が現れ、パチンッと弾けた。
「うん。契約完了ね」
「契約…?」
「あら、知らなかったの?魔獣に名前を与えて、魔獣自身がその名前を受け入れたなら契約できるの。さっきの光の輪がそうね」
「契約したら何かあるんですか?」
「んー、あなたは親和性が高いから、お互いの意思を共有したり、居場所を把握することが出来るんじゃないかしら?」
「意思の共有…?」
「ええ。まぁ、簡単に言ったら、離れてても相手が自分を呼んでいる事が分かるっていうことよ」
「へー…」
(確かに繋がった?みたいな感じがする。でも、言葉が聞こえたりする訳じゃないのか…)
「あぁー…うーん。まぁ長く連れ添えば自然と分かるようになるわよ」
「そういうものですか…あ、ご飯は?」
「基本要らないわよ?あなたの魔力さえあれば、ね」
「魔力だけ、ですか?」
「そう。試しにあげてみなさい」
言われた通り、子狼…リーヴォへと魔力を流す。すると、リーヴォの体が一瞬だけ光った。
「うわっ!?」
驚いたものの光が収まってから見てみると、少しリーヴォの姿が変わっていた。体毛が銀色から、ちょうどクーリアの髪色と同じ青みがかった銀色へと変化していた。
「え?」
「うん。それで魔力が同調したわ。お互いの魔力を分け合えるようになった」
「お互いの魔力…」
「そ。あなたの魔力が無くなればリーヴォから。リーヴォの魔力が無くなればあなたから」
それ聞いて、クーリアはもう一度リーヴォを抱きしめた。大切なパートナーであると、より認識できるように。
「じゃあわたしはもういかなきゃ」
そう言って女性は銀狼へと跨る。
「あ、あの!」
行こうとする女性をクーリアが引き止めた。
「どうしたの?」
「…また、会えますか?」
「ふふっ。そうねぇ…じゃあ満月」
「満月…?」
「満月の夜。ここで会いましょう」
夜、と聞いてクーリアが悲しそうな、悔しそうな顔になる。
「夜は…外に出れないので」
「あら。わたし、門から出てなんて言った?」
「…っ!」
クーリアが息を飲む。女性の言葉。それはつまり……クーリアがここに長距離転移することができるということを、女性は分かっているということだったからだ。
「な、なんで…」
「ふふっ。秘密よ。じゃあね」
その瞬間、女性の姿が掻き消える。だが、クーリアはどうやって消えたのかが分かった。分かってしまった。
(長距離…転移…)
そう。女性が使ったのは、長距離転移の魔法だった。しかも、自分とは比べ物にならないほど高度な。
「一体、あの人は…」
しばらくの間、クーリアは驚きと困惑から、その場から動けなかったのだった……。




