第8話
檻に閉じ込められた奴隷たちは、生きる気力を失っていた。ローハンの言った通り、死んだ目の奴隷ばかりであった。
「この奴隷たちは?」
聞かずにはいられない。一歩間違えば、ここにいるのは私だったかもしれないのだ。
「まるで役に立たない、あるいは死期が迫っている。本来ならば、ゴミ以下の奴隷たちですが、需要があるのですよ。どんな奴隷でも見つかるという謳い文句を掲げている以上、赤字覚悟で品揃えを充実させる必要があるのです」
その回答にハッとなる。そんな説明を…この者たちに聞かせるなんて…。私は…馬鹿だ…。
「気に病む必要はありません。全てを失い、残った生きるという権利さえ、奪われてしまう…ゴミのような存在なのですから」
私は逃げ出したかった。ローハンは…何故、こんな酷い…現実を私に見せるの?
「さぁ、お選びください」
「灯りを…」
私はランプを手に持ち、吐き気を押さえながら、一刻でも早く逃げ逃げ出すため…奴隷を探した。体の一部が欠損している者、傷口が化膿して腫れ上がっているもの、生と死を彷徨う者、どれも屋敷まで連れて帰れそうにない奴隷ばかりだった。
「たす…けて…」
不意に声をかけられ、一人の少年と目が合った。その少年の目は、まだ死んでいない。生を渇望する瞳だ。
「この少年は?」
「ジェノマの南西にある腐湖ポカヘストブラスの水に触れてしまったのです。今でこそ伝染病のように他人に感染するようなことはありません。また千年前の大陸崩壊に現れたという腐敗の厄災の影響が未だに残ってはいますが、殺傷力は足まで強くありません」
「助けることは出来るのですか?」
「それは…奴隷商人は治療師ではないためお答えしかねます」
「どのぐらい…いえ、何でもありません。この少年に決めました」
「では、本来は別料金ですが…。連れて歩いても恥ずかしくない程度に身支度をさせてますので、しばらく中庭にてお待ちください」
ケイトは悪臭漂う薄暗い地下室を出る。地上の美味しい空気を胸いっぱいに吸うと、目に付いた椅子に座る。するとメイド風の女性が、ハーブティーを運んできてくれた。
「あ、あの…。ケイト様でしょうか?」
「は、はい…」
突然話しかけられた。しかも私の名前を知っている? しかし、そのメイド風の女性を見て、事情を察した。
「ユカの…妹さん?」
「は、はい! あ、あの…あ、姉は元気でしょうか?」
僅かな時間だが雑談した。知らなかったのだが、侍女のユカも奴隷だったのだ。そこで私はハッとする。最初の出会いこそ自分自身が奴隷として接していたが、今では侍女のユカを当たり前のように侍女として扱っていたことに。帰ったら…謝らなければ…。身にしみついた愚かな貴族の風習を呪う。
「おまたせしました。ケイト様、ソリアが何か…」
青年は青ざめた表情で私の様子を伺っている。考えてみれば、この青年の名前すら知らない。やはり奴隷の私から名乗るべきだったのだろうか? この青年は私が奴隷だと知っているはず。ならば、やはり私から名乗るべきだったんだろう。いや、名乗ることすら不要と考えていたのか? 何にせよ、もうここに来ることもないのだ。
「いえ、お忙しいところ、私が引き止めてしまいました。少し女性として…教えて頂きたいことがありましたので…」
「そうですか。お役に立てて何よりです」
ほっとした顔の青年の横には奴隷とは思えない清潔感の溢れる少年が立っていた。