第6話
驚くことに本当に外出が許可された。それも一人での…。逆に心配になって、忙しい侍女のユカにお供を頼んだぐらいだ。
「それでは、街になれるということで、日々食材や日用雑貨を買う店を中心に案内いたします。基本的に人通りの多い大通りのみをご利用ください」
侍女のユカに連れられ、リゼレスト帝国第二の都市ジェノマの大通りを歩く、ここは馬車の中から見た通りだ。前回と違い精神的に落ち着いていた状態で街全体を冷静に見渡すと、恐ろしいぐらい建物に統一感があった。
「帝国が建物を建てて、それを商人へ貸し出しているのです」
政治や経済、そして世界情勢などを学ばずに、ただ王国の伝統に則した花嫁修業をしてきた自分の薄っぺらさに嫌気が差す。今では、街の中での旅人としての生き方、街の中の商人としての生き方、自分の知らない生き方を知りたいと強く願っていた。
しかし、奴隷として主から求められているのは、『魔法の腕を磨くこと』なのだ。簡単なようで、難しい要求に挑んで三週間が経つが未だに、『第一章 魔力の導入』をクリアできていなかった。
侍女のユカに教えられ、私が街へ繰り出した理由を思い出す。
早くも修行に行き詰まった私にローハンが珍しくアドバイスをくれたのだ。
「あのね、魔力を見つけることは、想像力が必要なのかも知れない。申し訳ないけど、君はとても薄っぺらだ。世界を…そうだな、街の子供より世の中の仕組みを知らないと思うよ。生きるための知識と言うか…。あぁ! そうだよ! そうだよ! 想像力も大切だけど、欲望も必要なんだよ。真に何かを成し遂げたいという…欲望という名の絶望が!!」
「想像力までは理解りましたが、途中から…意味が…」
「う〜ん…。例えば、物語によくあるだろ? 死んでしまった恋人を蘇らせるために法を犯したり、他人を殺したり、何かを捨ててまで…蘇らせたいという…そんな感じだ」
「な、何となく理解りました。でも…私もローハン様も恋をしたことなどありませんよね?」
「ば、馬鹿を言うな!? 今でこそ魔法に全てを注ぎ込んでいるが、僕だって恋の一つや二つ経験しているんだぞ!!」
「驚きです…」
私よりも先に侍女のユカが声を上げた。
「と、兎に角、街にでも行ってくるが良い。見たもの聞いたもの何もかもが魔法の刺激になるはずだ」
と、言うことで…私は街の日用雑貨店に入っているのです。
鍋だけではないが…。大小様々な鍋が、ズラーッと並んでいる光景など始めてみました。いや、悪戯でお屋敷の厨房に入れなければ、私は…鍋の存在すら知らなかったのかも知れません。給仕に出された料理を食べるだけの貴族。世の中の不幸や不運などから隔絶された世界で生きていけるのですから、それはそれで幸せなのかも知れませんが、今の私には恐ろしく感じます。
そして、侍女のユカは、買い物という仕組みを教えてくれた。
「これが銅貨です。別の種類もありますが、品物の価値分だけ、銅貨などのお金を支払い購入するのです」
物語や元お父様の会話から何となく知っていたが、実際にその行為を見るのは始めてだった。侍女のユカのその行為は、まるで私がどこぞの貴族が社会勉強のために来店しているのだと、店の主に勘違いさせたらしく突然態度をコロリと変えて丁寧な対応になった。それは元お父様と話している人たちの態度と同じだった。私が仮に貴族だとして、何も知らない薄っぺらな私が…敬われる意味とは、一体何のだろう?
何かが心の奥底で燃え上がった。それは『怒り』だ。屋敷にいたときでも僅かに感じたことのある感情だ。しかし、屋敷を追い出されてから『恐怖』に怯え、世の中の理不尽さを感じ取れば取るほど『怒り』に震えた。人々が何を『希望』にして生きているのか、自分には理解らない。だがまだ『絶望』には至っていない。だって、そこかしこに笑顔の人々がいるのだから。