第2話
奴隷と言っても何の奴隷になるのだろうか? 何故、元・婚約者が独立都市カレデンにいるのか? 全く何もわからなかった。
もう奴隷なのだから、軽々しく元・婚約者であろうと口を聞けない。
ロイ・ランペルツ。奴隷商人としてここ数年で頭角を現し成り上がったリゼレスト帝国の若き男爵。その美しい指先から示される檻は、性奴隷として狂った貴族に売られるための檻か、娼婦として売れれる檻か、私にはその程度の価値しかないことは、自分でも理解っていた。
「怖いかい?」
狭い馬車の中で、ロイの透き通る声が私に向けられたことに、同乗者たちも驚く。
「はい…」
正直答えた。この男には打算など意味がないと知っていたから。また怖いの中に”私が”という意味が含まれていたことも。
「砂漠の中に放り出されるとして、何も知らされないのと、街まで10日以上あると教えられるのは、どちらがより恐怖を感じ絶望を味わうのだろうね?」
やはりロイは私を恨んでいた。簡単には死なせないらしい。
婚約破棄を謝罪する? 殺されると知ったから? そんな自分本意な考えでは、火に油を注ぐようなものだ。では、運命を受け入れる? 潔い姿勢がロイの心に響くとでも? 決して響かないだろう。そうだ、全ては遅すぎたのだ。
「ケイト。君の恐怖は死なのかな? 痛みなのかな? 君を殺そうと思ってもいないし、性奴隷にしたつもりもない。その才能を開花させ、私の役に立って欲しいと願っている」
才能? それは…属性の事を言っているの?
困惑する私を置き去りにして、ロイは説明を続けた。
「魔道士ローハンに師事して魔法の腕を磨いて欲しい」
まさかロイが間違えるはずない。恐らく私の属性が『毛糸』だと知っているはずだ。
「『毛糸』の属性だから不安なのかな? 属性が全てじゃない。重要なのは使い方だ」
毛糸の使いかた? 編み物教室でも始めるの? ロイの考えていることは、全く理解できなかった。
その後、会話らし会話もなく、馬車は走り続けた。途中、野営を初めて経験する。暖炉とは違う焚き火の炎は、暗闇の中で私をこの世界に繋ぎ止めているように見えた。また護衛達が狩ってきた獲物の死骸は、捌かれ調理済みの料理しか見たことがない私にとって、自分の遠くない未来の姿である気がしてならない。
このように何から何まで、見るもの全てが恐怖と絶望を与えてくる。また屋敷の外で生きる術を何も知らないという事実を叩きつけられた。
「私は…役立たず…」焚き火の前でロイと座る私は呟く。
「住む世界が変われば必要なことも変わるさ」
そして、数日がたったある日のこと。ロイとの短い旅が終わりを告げる。そんな予感がしたのは、街道を行き交う人々が徐々に増えてきたからだ。馬車の窓から眺めていると、人々の顔は活力に満ちていた。独立都市カレデンの人々も、あの様な顔をしていたのか? 今まで気にした事のない些細な疑問が、何故かケイトの心に棘のように刺さった。