第18話
あの突発的な殺害以来、ケイトは新聞を隅々まで読むようになった。読み終えるまでは、恐怖のため萎縮しているのか心臓が痛い。
新聞の記事を読む。
『飛び火する魔法省の闇』、『魔法省の解体と魔導省の新設への非難』、『治安悪化、傾く経済が原因か?』、『カネール連続テロ事件』、『止まらない首千切の怪人』、『魔導省・魔法捜査官投入』
良い知らせは、私が殺した憲兵も首千切の怪人の犯行と思われている。悪い知らせは、魔法捜査官投入だ。
魔法属性が人間の価値を決めるこの世界。価値を見出していたのは貴族社会だけであり、一般人には魔法を発動させるための『印』は高額であり不要なものであると知った。貴族が求める属性は戦いに勝つための属性である。事件を解決するための魔法などではない。
しかし魔法捜査官とは、身分に関係なく捜査に必用な属性を持つ者が採用させるという。つまり、ケイトが犯人を調べるために使った記憶の残滓を調べる魔法を使えるものが現れたら…。
記憶の残滓。それはその場に留まる魔力の残りかす。もって数日。毎日のように繰り返される首千切事件なら、新しい現場を調べるはず。わざわざ…あの現場を調べない…と思いたい。
ケイトは新聞を読み終えると、ラウの様子を見に行く。数日高熱が続き、今朝やっと意識が戻ったのだ。意識が戻って「ケイト様、ごめんなさい…」と弱々しく謝るラウ。そんな言葉を聞きたいわけではない。しかし、喋るのも辛いラウに多くは語れない。
そのラウに「気にしないで」としか言えなかった。ケイト自身も何て声をかければ良いのかわからないのだ。
ラウの寝顔は穏やかではない。息苦しそうだ。確実にラウの命は終わりへと突き進んでいる。ケイトはラウの症状について調べた。ラウを蝕む原因は、やはり腐湖ポカヘストブラスだ。信じがたい程の濃密な魔力が全身の細胞に一つずつに、まるで卵を産み付けられたかのように入り込んでいた。それが何なのかわからないから、腐湖ポカヘストブラスと断定したのだ。
腐湖ポカヘストブラスは、ラウが緩やかな死を迎えるように活動していた。高熱が続けば活動を緩め、体力が回復すれば活発化する。まるで目的がわからない。試しにラウの髪の毛を一本抜き取り、腐湖ポカヘストブラスに干渉を試してみたが、ケイトの魔力が触れただけで、暴走したようにラウの命を食い尽くし、髪の毛は消失したのだ。
「あなた達は何者ですか!?」一階からユカの声が聞こえた。私は聞き耳を立てる。
「私達は帝国公安警察の者だ。こちらが、カネール連続テロ事件の容疑者ローハンに関する令状。これより、この屋敷を家宅捜索する。悪いが関係ない者は隠蔽工作の恐れがあるため、捜査終了まで我々の監視下に置く」
いつか警察がケイトを捕まえに来るかもとは思っていたが…。テロ? ローハン? 何が何だか意味が理解らなかった。
ユカは病人がいるため、病人の部屋で待たせてくれと懇願した。そのため、監視役の数名とユカが私の部屋に入ってきた。
監視役の一人が、ロイ・ランペルツ男爵の居場所について尋ねてきた。その質問には、ユカが答える。どうやら事後報告となるが家宅捜索などの報告および最寄りの帝国公安警察への出頭命令を送り付けるためらしい。
またユカは、私、ラウ、ユカの3人は、全てロイ直轄の使用人ということを説明した。本当なのだけれど、奴隷に対する不当な扱いを避けるため、ユカは奴隷であることを隠す。また私がローハンに魔法を学んでいることも隠していた。確かに余計な詮索をされたり、場合によっては共犯者と疑われる可能性だってあるのだ。
私は万が一の事を考える。隣りに立つ帝国公安警察の男を反撃も許さずに殺せるだろうか? と…。