第17話
帝国は一連の首引き千切り事件を軍の関係者だと想定していた。首を引き千切るという殺害方法こそ無茶苦茶であったが、現場に証拠を一つも残さず、日中だと言うのに目撃者は一人もいない。つまり首を引きちぎれる力と繊細で巧妙な計画を冷静に実行できる犯人は一般人ではないということだ。
犯人を捕まえられぬということは帝国の威信に傷を付ける。その観点からも、帝国は軍からも憲兵を派遣した。
そんな憲兵たちが見回りの最中に偶然立ち寄った殺害現場で、一人の少女が幻影を用いて殺害の瞬間を再現していたのだ。
「そんな…馬鹿な!?」
憲兵の一人が驚きの声を上げた。それはそうだ。幻影に映されていた犯人は、質実剛健で次期軍団長候補のエルヴィン・ハイネマン師団長なのだから。
知らない男に囲まれて…。いや軍の関係かな? でも、魔法を見られた…。無意識にケイトは『毛糸』の魔法を発動してしまった。
『印』から生み出される魔法しか知らない憲兵たちだが、魔力の流れは感じ取れた。憲兵達は鞘から剣を抜き、少女に剣先を向ける。
このことでケイトは更に混乱した。数ヶ月前まで世間知らずの貴族の娘で、奴隷になり、魔法を習得しただけで、中身はやはり世間知らずなのだから…。
冷静に考えれば、数千の魔法の中から、この状況を穏便に打破出来る魔法は、幾つか存在していた。しかし、ケイトの取った行動は…。
ゴキッ! ブシュッ! ドダン…。
ピンクの毛糸は、憲兵達の体に巻き付き自由を奪うと、猿ぐつわのように口を封じ、そして…頭部を捻り首を千切った。ケイトの深層心理は、殺害された女性の遺体、再現された殺害の幻影、それらを見て恐怖に犯されていた。それが正しく、それが当然で、そうするしかないと…。
全ての憲兵を殺したケイトは、慌てて転移の魔法陣を構築し、自室へ逃げ帰る。
椅子に深く座り込むケイトの顔は真っ青だった。どして…。どうして殺してしまったのか…。誰かに見られてないだろうか? 現場に何か残していないだろうか?
今度は、後悔と不安に心が犯されていく。
ラウの安らかな寝顔を見る。ラウが死んだら…私は絶望する。でも四人の男の人たちが死んでも絶望しない。ラウの命と四人の命を天秤にかける。しかし、ラウの命の前には、四人の命の重りが秤量皿に乗っても微動だにしない。
なら、10人? 100人? 1,000人? いや、ラウの前には他人の命など比べる価値もない。命の重さは、ケイト自身が決めるものだと知った。
なら、ロイは? ローハンは? 腕を組み悩むが、助けてくれたり、魔法を教えてくれたが、やはり価値がなかった。なら、ユカは? ラウに続き命の重みが合った。父、母、姉弟、やはり価値はなかった。命の重さを知ったケイトの心は、不安と恐怖から解放された。
それにケイトには、いつでも何処にでも逃げられる転移魔法があるのだ。
「そうね。何処でも自由に…」
ケイトは自分が奴隷であったことを思い出す。奴隷の契約…。確か、ラウはお腹に奴隷紋があった。私は? 何処に?
ケイトは魔法解析の魔法陣を構築して、自分自身に影響を及ぼす魔法について解析した。
「私は…奴隷じゃない!?」