第14話
雷鳴轟くカネールの街の大通りでローハンは、殺人を犯したのだ。
ローハンの放った『電撃』の魔術は、その反動で己の手も焦がしていた。
「また失敗か」
ローハンの言うところの失敗は作成した魔法陣を描いた羊皮紙の作成のことであり、己が殺した貴族に対してではない。
ローハンはロイから暗殺の依頼を受けていた。依頼というより命令という方が正しいのだが。ローハンの属性は『風』であり『電』ではない。なのでローハンが逮捕されたところで、凶器である『電撃』が見つからないため、問題なく釈放されるだろう。
ローハンは、野次馬達に紛れ路地裏に入ると、『風』の魔法により、建物の屋根へと上がり、そのまま4つほど先の通りへ下りた。そして目の前にあるカフェを目指す。ずぶ濡れのコートを脱いで従業員に預けると、ロイの待つ席に座る。
「思ったよりも早いな」
「はい。天候に恵まれました。大雨で視界が悪く、雷鳴で『雷撃』を偽装でき、何より電撃が雨水を伝って、この通り…」
一点だけが黒焦げになったローハンの手の甲を見て、ロイは顔をしかめた。
ローハンはロイの思惑に興味はない。貴族には貴族の生き方があり、魔道士には魔道士の生き方があるのだ。だがローハンに一点だけ気になっていた。ケイトの存在である。ロイはケイトの属性が『毛糸』だと知っていたのか? ということだ。しかし、藪蛇になる可能性もあるため、聞くに聞けなかった。
かつて師である大魔導師エイボラが、実験の資金を集めるために、自分を奴隷としてロイに売ったのだ。血も繋がらない自分をだ。ローハンは師の「必ず買い戻す」という言葉を信じて待った。最初の2,3年は信じていた。4年目にロイは「もう諦めろ」と言った。もう10年以上も前の話だ。
大魔導師エイボラは、『厄災』の研究に取り憑かれていた。この東の大陸ベルダムの各地に残る1000年前に起きたと言われる『厄災の』傷跡。それが真実だと伝える一冊の伝記。その伝記には、偶然なのか同名の大魔導師エイボラやローハンが登場し、同じ地名も登場し、その土地を破壊した『厄災』の情報が事細かに書かれていた。
別の人物が読めば『厄災』だけの伝記なのだが、同名の自分が読めば、歴史がループしているのか、次元が重なっているのか、まるで子供の空想のような作り話だと思っていた。しかし、ここで最重要人物が登場してしまった。ケイトだ。どれだけの偶然が重なれば、ケイトという名の人物と出会えるのだろうか。そして、決定的だったのがケイトが持つ属性が『毛糸』であったことだ。
奇しくも師である大魔導師エイボラが、生涯をかけて挑んでいる研究のキーを手に入れてしまったのだ。笑いが止まらなかった。完全な偶然であるが師を出し抜けたのだ。しかし、ローハンの研究は、『厄災』のような危険なものではない。誰もが利用できる魔法の巻物を作るという研究なのだ。正直、あまり『厄災』には手を出したくはなかった。
師が持つ、胡散臭いと思っていた世界厄災安全保障の発行した伝記が、真実である可能性が高まったからだ。『厄災』が生まれるには、『毛糸』の属性を持つ者と『厄災の魔導書』が必用だ。片方が存在するならば、もう片方も…。
ローハンは考えれば考えるほど、自分が失敗を犯してしまった事を後悔した。ケイトに人前で『毛糸』の魔法を使うなと言っていなかったことに。
「顔色が悪い。まさか命令に従ったことを公開しているのか?」
「まさか…。私の研究を完成させる上でも…実験は避けて通れませんから…」
「ならば、ケイトのことか。そうだな…。そろそろローハンにも教える頃合いか…」
ロイの話にローハンは驚愕した。そんな馬鹿な属性が存在するのかと。そして、それを使い熟すロイに恐怖を覚えた。間違いなく異端! 悪魔の力だ! そして、気付く。己の運命は、既に決まっているのではないかと。