第9話
少年の名前はラウ。私の肩ぐらいの身長だ。南の小さな街で育ち、街から都市ジェノマへ集団移住する旅の途中で盗賊に襲われた。両親に逃げるように言われ、道も方向もわからず必死に逃げて、たどり着いた湖の水を飲んで、数日後に倒れてしまった。そして、近くを通った奴隷商人に拾われ今に至る。
「ケイト様。俺は…死んじゃうんだろ?」
「…わからない」
「死ぬまでしっかりと働くから…最後に…お母さんが…楽しみにしていた、この街の大聖堂を見たいんだ」
「うん。私も待ちに来たばかりだから、大聖堂の場所知らないの。屋敷に帰って聞いてみます」
ラウは何も言わずに、私の手をぎゅっと握った。貴族の作法では不敬な行いだ。だが一般的な庶民では? 奴隷では? わからない。でも、私は私。私が良いと思うかどうかだ。恐らく、このラウは私を少なからず信用している。そして頼っている。奴隷になりたての頃の私と同じだ。
ラウを見ると、街並みや屋台に目を輝かせていた。この少年の体の中で確実に、何かが少年の命を蝕んでいる。助けたい。どうにかして…。きっと、ローハンは、私のそんな気持ちを魔力の導入の修行に利用しようとしているはず。この少年の生への渇望を、私は…疑似体験していくのだろうか?
「何か食べてみたい?」
「えっ!? いいの?」
「今日だけは特別です」
「やったぁ!!」
ラウは私の手を引っ張り、屋台へ走る。右から左へ順番に屋台で売られる食べ物を吟味する。
「あった! これだ!!」
少年は読み書きが出来るのか? 「サミッシュ、サミッシュ」と呟きながら、油で揚げた魚をはさんだパンを選んだ。
私も初めて見る食べ物だったので食べてみることにした。大通りに面した公園のベンチに座り、その『サミッシュ』とやらを食べる。まずジワッと油が口の中に広がり、それから白身魚とハーブの味が後から来た。それが甘めのパンと相まってなかなかの満足の行く味だった。
少年も満足しているかな? 様子を見るとボロボロと泣きながら『サミッシュ』を頬張っていた。
何ともやるせない気持ちだ。泣いている理由を聞かなくても、先程の大聖堂と同じように、両親と食べる約束でもしていたのか、それとも故郷の味なのだろう。
食べ終わってからもしばらくベンチで公園の風景を眺めていた。ラウは私の太ももを枕に寝てしまった。仕方ないと思った。孤独で小さな少年が迫りくる死をあんな環境で耐えなければならなかったのだから。
先程の続きを考える。恐らくローハンは、助けられたとしても、この子を見捨てるだろう。ローハンを恨むのは…絶対に駄目だよね。下手に今のように再び安心や喜びを感じるより、あのまま奴隷の檻の中で死んだ方が幸せだったのか? 私なら…。どっちだろう…。わからない…。
ラウがすやすやと気持ちよさそうに眠っている。なんだか起こすもの可愛そうだ。ベンチで『第一章 魔力の導入』の練習を始めた。
『魔力』を見つけるには『想像力』、『想像力』を育てるには多くの経験が必要。『欲望』も大事。何かを捨てて得るという意志と『絶望』。一番手取り早いのが生への『渇望』。
ローハンの教えを思い出しながら、体に巡ると言われている『魔力』を探る。
結局、どんな感情でも良いから激しく揺さぶれということなのかしら? 大きく揺らぐ感情と魔力? 魔力が感情を欲している? まるで悪魔ね。悪魔? 悪・魔…。魔・力…。同じ…魔。魔力は人間の力ではない? 肉体の力ではない? 心? 心の力? 心に魔が差す時…怒り? 恨み? 妬み? 負の感情? 怒りなら…最近僅かに感じて…。
右手が熱い!? 私は掌を凝視する。すると、右手人差し指からピンクの毛糸が!?