悪魔のゾロボムと小説書きさん
登場人物は僕とフォロワーさんですノ
※性別、口調、人格が異なる場合があります。
「ああ、退屈だ。世界が灰色に見える」
そう現状を憂いているのは、悪魔のゾロボムである。
ゾロボムは楽しいことが大好きで、よく人形の姿を借りて、人間界に遊びにいっていた。
悪魔界のゾロボムは、どろどろとした不定形の醜い悪魔なので、どうしても人間たちを怖がらせてしまうからだ。
人間界が大好きなゾロボムだが、最近は倦怠期で悪魔界にずっと閉じこもっている。
ゾロボムはひどくつまらない毎日に疲弊していた。
「何か楽しいことないかなぁ」
悪魔界は暗く、じめじめとした場所である。
視界も悪く、生き物は、ゾロボムのような醜い悪魔しか存在していない。
故に文化というものもなければ、秩序も存在していなかった。
ゾロボムは、人間界を映す鏡を通して、楽しいことを探す。
しかし、次から次へと切り替わっていく画面を真剣に見てはいない。
どろどろとした身体を意味もなく動かし、何かを探している程を装っているだけだ。
ゾロボムは無駄な時間を過ごしていることに気付かずに、今日も独りで嘆いている......はずだった。
あの歌が聞こえてこなければ。
「ーーー♪」
鏡を通して、誰かが歌う声が聞こえてくる。
ゾロボムはその歌声に心を奪われ、すぐに鏡の先の場所を固定した。
灰色の世界に、色がついた気がした。
誰が歌っているのだろうか。
最近のお気に入りのぬいぐるみを用意し、久しぶりの人間界に備える。
頭を黒頭巾で覆い、目は焦げ茶のボタンを縫い付け、口は大きく裂け、ぬいぐるみにあるまじき黄ばんだ鋭い歯と舌があるものだ。
ぬいぐるみはボロボロだが、全体的にカラフルな色合いになっている。
人間界を覗くと、1人の男性歌手の周りに多くの人影が集まってるのが見えた。
場所は、どこかの広場。
特に目立つのが、5人の人間とゴリラとモフモフの犬だ。
犬のモフモフには邪神の気配を感じる。
「世界は広いなぁ」
ゾロボムは、世界の広さに関心しながら男性の歌声に聴き入っていた。
男性が歌い終わった。
周りで歌を聴いていた人間は拍手をし、犬は飛び跳ね、ゴリラはドラミングをして男性を褒め称える。
ゾロボムは矢も盾もたまらなくなって、鏡を通って人間界へと飛び出した。
その時に、どろどろの身体をぬいぐるみに押し込むのも忘れない。
出た場所はさっきまで見ていた広場だ。
ゾロボムが広場に出ると、世界は時が止まったかのように灰色になった。
さっきまで動いていた人々が、時が止まったかのようにピタリと静止をする。
ゾロボム以外は動かない。
これは、悪魔の宿命である。
人間に見られて騒ぎになり、それが原因で天の者に見つかって消滅した悪魔がいた。
そういった事態を避けるためにも、悪魔は人間とは別の時間軸を使って移動する必要があった。
今までは、その時間軸はゾロボムただ一人の物だった。
ぽふぽふぽふ、とゾロボムは手を鳴らす。
異変に気付いて静かになっていた人間6人とゴリラと犬は、突然鳴った音に反応してゾロボムの方を向いた。
ゾロボムは、男性歌手に向かって口を開く。
「僕の名前はゾロボム。君の歌に心を奪われた悪魔だよ」
その場で動ける者はみんな、悪魔、の部分で息を呑んだ。
「これは、あなたが?」
男性歌手が、突然変化した広場の様子を見てそう言う。
さっきまで広場で歌を聴いていた人々は、この場にいるゾロボムと6人の人間とゴリラと犬を除いて、不自然に静止していた。
「そうだよ。君たちの時間軸を、地球の時間軸と切り離させてもらった」
ゾロボムの言葉に、みんなは言葉を失う。
「君たちの名前を教えてほしいな。......あぁ、安心して。悪魔の契約には同意が必要だから、名前を知っただけでどうこうできるものじゃないよ。名前が呼べないと不便だなって思っただけ」
ゾロボムが促すと、最初は渋っていた彼らだったが、避けては通れないと思ったのだろうか。
男性歌手から順番に自己紹介が始まった。
「僕は狸田真です。現役オペラ歌手ですが、小説も書いています」
「僕はジョーカー。同じく小説を書いてるよ!」
「私は齊乃藤原。小説書いてまーす」
「Guruです。......小説書いています」
「水無瀬です。私も小説を書いています」
「関枚。俺も小説書いてるよ」
黒髪短髪で、姿勢の良い男性が狸田真。
こんな状況でも明るい男性がジョーカー。
面倒見が良さそうな姉御肌の女性が齊乃藤原。
柔らかい雰囲気を持った女性がGuru。
白髪の眼帯美少女が水無瀬。
自信いっぱいの少年が関枚。
そして残るは人外組。
「ゴリラの! たからだからだよ! 小説書いてるっ!」
何故かテンションの高いゴリラ。威圧感がある。性別は不明。
「雑種犬のROM-tです。朗読ライブをしていますが、私も小説を書いています」
中型犬くらいの大きさのモフモフの犬は、ROM-t。
対面すると、モフモフから感じる邪神の気配が強くなったのをゾロボムは感じた。
「みなさんありがとう」
ゾロボムがお礼を言うと、Guruが心配そうに口を開いた。
「今、私たちはどうなってるんですか?」
Guruの不安に、一同はそれぞれ無言で肯定する。
「大丈夫。話が終わったら元に戻すから」
ゾロボムがそう答えると、それ以上は誰も何も言わなかった。
「じゃあ早速だけど、僕は狸さんの歌声に惚れた! よって、狸さんと契約をして、狸さんの願いを叶えたいんだけど」
狸田真に向き合い、ゾロボムはそう提案する。
ゾロボムは、自分の世界が色付く予感を感じていた。
狸田真と契約すれば、ゾロボムの灰色の世界はカラフルに彩られるかもしれない。
しかし、そこでROM-tが口を挟んだ。
「ちょっと待ってください。契約って危なくありませんか? 相手は悪魔ですよ」
「ね。私もそう思う。狸田さん気をつけないと」
齊乃藤原もそれに同意する。
狸田真は少しだけ考え込むと、真剣な表情で口を開いた。
「僕は、契約してまで叶えたい願いはないですね」
彼の結論に、周りで聞いていた他の人が驚く。
「えーっ、もったいない!」
ジョーカーが叫ぶと、それに追従するようにGuruが頷いた。
「ほら、狸田さんは小説を書いていますよね。その事について何かお願いをしたら良いと思いますが......」
Guruの言葉に、狸田真はもう一度考え込む。
「書籍化したいとかでいいと思うよ」
そこに、関枚が続けた。
しばらく沈黙が続いたが、狸田真は二度目の結論を口にする。
「いえ、僕の力でどこまでいけるのか試そうと思います。契約の話は無かったことにしてください」
「?」
ゾロボムは理解できなかった。
普通の人間なら多少の代償があっても、喜んで契約をするからだ。
色付き始めた世界が、再び灰色に戻る。
パチパチパチ。
狸田真の結論に、白髪眼帯美少女の水無瀬が拍手をする。
「素晴らしい考えですね。応援しています」
「ありがとうございます」
「?」
ゾロボムは理解できなかった。
書籍化が目標なら、ゾロボムと契約すればすぐに叶うからだ。
わざわざ遠回りをする理由がわからなかった。
「じゃあ、狸さんの代わりに誰か契約しようよ。僕と契約をしたい人はいる?」
ぐるり、と他の人たちの顔色を伺うも。
「あー、俺はパスで。さっきはああ言ったけど、俺も自分の力で勝ち取る。このまま順調にいけば書籍化も夢じゃないから」
関枚がひらひらと手を振って断った。
「うーん、じゃあ僕も遠慮しとこうかな! 自分でやれるところまでやってみるよ。契約に頼らなくてもチャンスは多いしね!」
ジョーカーも断った。
「書籍化に心揺れるところはありますが、私も自分の力を信じたいと思います。それだけの工夫はしてきたつもりですから」
水無瀬もそれに続く。
「ゴリラも! 契約は! やめとくっ! ドッドッドッドッ!」
さっきまで真剣に悩んで無言になっていたゴリラが、突然ドラミングをしながら叫び出した。
残るは3人。
齊乃藤原とGuruとROM-tだ。
「私も契約はやめとくよ。代償があったら怖いし、なにより自分の力を信じたい」
齊乃藤原は首を横に振って断った。
「私もやめておきます。願いが叶うのは魅力的ですが、もともとは狸田さんの権利ですので。それに、ジョーカーさんが言っていたように、書籍化などのチャンスはまだあると思います」
Guruも断った。
最後の1人はROM-tだが。
「私もやめておきます。Twitterのフォロワーさんにも恵まれていますし、契約の力で成り上がるのはちょっと違う気がしますからね。それに代償が怖いのもありますが(笑)」
ROM-tは、へっへっへっと舌を出しながら正論を口にした。
「?」
僕の世界は止まったまま。
みんなだけが気持ちを共有して、盛り上がっている。
......いいなぁ。
無いはずの胸が、ちくりと痛んだ気がした。
「ゾロボムさんも小説を書いてみたらどう?」
齊乃藤原が、いきなりゾロボムに提案する。
「小説?」
「うん! 自分の好きなこと、伝えたいことを小説に書くんだ。それが読者に伝わったら嬉しいよね」
齊乃藤原は、清々しい笑顔で言う。
ゾロボムは、小説を書くことに興味を持ち始めた。
「あ、じゃあ困ったことがあったら私に相談してください。出来る限りアドバイスをしますね」
水無瀬もそれにのる。
ゾロボムは、無いはずの心に温かさを感じた。
「良いじゃん! ゾロボムっちも作家デビューだね!」
ジョーカーも賛成の声を上げる。
ゾロボムは、久しく感じたことの無かったワクワク感を感じた。
「では、ゾロボムさんの小説が出来たら、私の朗読ライブで紹介しましょう」
ROM-tも楽しそうに提案する。
ゾロボムは、今まで忘れていた人の優しさを思いだした。
「小説を、書く」
ゾロボムは、小説を書けば、何かわかるのかもしれない、と考える。
「ゾロボムさんの小説、楽しみです」
狸田真がそう言うと、みんながうんうんと同意した。
「あ、ありがとう」
ゾロボムは、自分の灰色の世界が、少しだけ明るくなったように感じた。
「みんな、ありがとう。僕、小説を書くよ」
「じゃあ、みんなで頑張ろう!」
ジョーカーが、手をグーにして前に突き出した。
狸田真が、Guruが、齊乃藤原が、水無瀬が、関枚が、ゴリラが、ROM-tが、続けて突き出す。
ゾロボムもそこに加わった。
拳の高さも大きさもバラバラだが、確かに全員の心が一つになった瞬間だった。
全員の拳が集まったのを確認して、ジョーカーは叫ぶ。
それに続いて、みんなは揃えたように声を上げた。
「頑張るぞー!」
「「「「「「「「おー!」」」」」」」」
小説を書くことは、彼らの心理を理解することとイコールではない。
でも、別にいいじゃないか、とゾロボムは思った。
彼らは、小説に出会って、Twitterで同じ作家や読者と繋がれて、満たされているというのだ。
内容が面白くなるように工夫をして、それでいて自分の趣味も詰め込んで、彼らにしか書けない小説を書いている。
それでこう言うのだ。
大変な時もあるけど、読んでくれる人がいる。
それだけで頑張れるのだ、と。
ゾロボムは、そんなキラキラな皆に憧れた。
そして、今、その一部に触れたような気がした。
この灰色の世界が彩るなら。
「僕も小説を書こう」
ゾロボムは彼らを地球の時間軸に戻した。
「あれ、ゾロボムっちは?」
ジョーカーが周りをきょろきょろと見回す。
それと同時に、周りの人々が動き出した。
「どこっ! どこいったの! ドッドッドッドッ」
ゴリラがドラミングを始めた。
周りの人たちは、ゴリラから距離をとった。
「みなさん、ゾロボムさんにはまた会えますよ」
水無瀬が、自身の手首を見ながら呟いた。
「あっ、この印って......。Guruさんにもあるじゃん」
齊乃藤原も手首の印に気付き、また、隣にいたGuruの手首にも同じ物がある事に気付き、声を上げる。
「私にもありますね。ゴリラのたからだからさんにも。毛に埋もれて見えにくいですが」
ROM-tも前足を掲げてそう言う。
「俺や狸田さん、ジョーカーさんにもあるから、全員、ゾロボムさんと結んだんだね......契約を」
悪魔界で。
ゾロボムは、鏡を通して彼らの様子を見ていた。
「みなさん、これからよろしくね。......なんてね」
ゾロボムは、みんなが慌てているのを横目で見ながらペンを手にとる。
灰色の世界は、色付き始めていた。