恋人と友達と幼馴染の関係(3)
天城英里が泣き止んで、話せるまで落ち着きを取り戻すのに、30分ほどの時間を要した。
「……ごめんなさい。私としたことが、取り乱したわ」
グズっと、鼻をかみながら天城が謝罪する。
「いや、いいよいいよ。誤解がとけてよかったよ。なあ、灯里?」
「ふーん?誤解、ねえ?そのわりに随分と動揺していたみたいだけど?」
「ええっ、あれ?灯里さん?まだ信じられてない?!」
灯里が腕を組み、ジト目で大和を睨む。
大和は困ったように笑っていた。
いつものやりとりだ。
実は、こういうことは初めてではない。
大和は、昔からよくモテる。爽やかなイケメンで、身長も高く、優しい人柄が顔に表れており、男女問わず人を惹きつける。
色んな女が、あらゆる方法でアプローチを仕掛けてくる。
だけど、大和は灯里以外の女には見向きもしない。
それは近づいてくる子たちにもわかるのだろう、その後、だんだんと離れていく。
そんなことが何度もあった。
だから、俺も灯里も、大和のことを最初から疑ってなどいない。
大和は、信じられるヤツだ。
「……あなたが……大和くんが、ね。元彼にそっくりだったから。ごめんなさい」
天城はそう言って、視線を落とす。
その表情は、本当に申し訳なさそうにしていた。
どうやら大和に近づくために演技をしている、というわけではなさそうだ。
「へぇー。そんなに大和に似てるんだ?」
灯里が声をかける。多分、落ち込んでいる天城を元気づけようとしているのだろう。
「えぇ……そうだ、写真……は、無いんだったわ。ごめんなさい、処分してしまって」
「あはは、別に疑ってないよ。でも残念。ちょっと見てみたかったよね」
「確かに。そっくりさんなんて、なかなか見られないもんな」
灯里の意図を汲んで、大和も会話に参加し始める。
世界に3人は、自分にそっくりな人間がいると聞いたことがある。
大和みたいなイケメンにも、似た人間がいるんだな。
だとしたら、羨ましい話だ。
俺は大和になりたかった。
もし、俺が大和だったら。いま、灯里の隣に座っているのは、俺だったのかもしれないのに。
「……でも大和、ドッペルゲンガーって、たしか会ったら死ぬんじゃなかったか?」
「うへぇ、それは困る」
「生き別れの双子だったりして」
「そしたらテレビに出られるな」
もしも、なんて考えるだけ無駄だ。くだらない思考を振り払うように、長門も会話に参加した。
笑い合う俺たちを、きょとんとした顔で天城が眺めていた。
「三人とも、とても仲がいいのね」
「まあねー。私たち、幼馴染だからね」
「俺は小学生の途中からだけどな。長門と灯里は家が隣同士で、物心つく前から一緒なんだよ。な?長門」
大和が話を振ってきた。
その目は優しく慈しむような、あるいは憐れむような眼差しだった。
大和は時々、そんな目で俺を見る。
「あはは、出来の悪い弟みたいなもんよ」
「は?どっちがだよ。出来の悪い妹みたいなもんだ」
「はあー?私のほうがしっかりしてるんですけどー!長門なんて給食の時に茄子食べられなくて泣いてたじゃない」
「それを言うなら、お前だって縄跳びの縄を結べないこと隠してて、バレて先生に怒られて、昼休み中ずっと泣きながら縄結ばされてたじゃねーか」
「なんでそんなことばっか覚えてんのよ!」
「お前こそさっさと忘れろよ」
「まあまあ二人とも落ち着いて。天城さん、引いてるから」
大和に言われ、隣に座る天城を見ると、なにか懐かしむような、遠い目をしてくすくす笑っていた。
恥をかいた。まったく……灯里と喋ると、本人すら忘れてる過去の恥をいちいち掘り返すことになる……。
「ふふっ、本当に。仲良いのね。羨ましいわ」
「いやあ。でも、今のやりとり、なんか懐かしいね」
「そうだな。いっつも長門と灯里が喧嘩して、俺が止めに入るのな」
そう。あの頃の俺たちの定番だった。
そうじゃなくなったのは、二人が付き合い始めてからだった。
気持ちが沈む。胸に痛みが走る。
落としていた視線を上げると、大和と灯里、二人とも、俺を見ていた。
居たたまれず、窓の外に視線を逸らす。
……なんだよ。そんな目で見てんじゃねーよ。まるで、俺が悪いみたいだろうが。
俺たちの関係性を変えたのは、お前らだろ。
窓の外で行き交う自動車。街路樹に咲いた桜が散って、春の風に巻かれていた。