恋人と友達と幼馴染の関係(1)
例えば、世界のどこかに地獄というものがあるのなら、それは多分、ここだ。
「長門ー!置いてくぞー?」
「ほら、ちゃっちゃと歩く!なにボーッとしてんのよ!」
大和と灯里が振り返って、こちらに笑いかける。
そうして、二人はお互いにくすくすと笑い合い、肩を寄せ合う。
その手はしっかりと握られていた。
そんな二人の様子を後ろから眺めては、鳩尾辺りに重く、鈍い痛みを感じる。
桜舞う、大学の入学式の帰り道、駅に向かう下り坂、春の陽気と裏腹に、長門は足取り重く、浮かない表情でいた。
これから4年間、またあの二人と一緒に学校に通うことになる。
灯里とは、家が隣同士の幼馴染で、小さい頃から兄妹みたいに過ごしてきた。
大和は、小学3年の時に転校してきて以来、ずっと仲のいい親友だった。
俺と灯里がいつも言い合い、喧嘩して、それを大和がなだめて制する。
そんな関係が、ずっと続くのだと疑いもしなかった。
それが中2の夏、大和が「俺、灯里に告白しようと思ってる」と、急に真面目な顔して話してきた。
その時の俺は、いや、それ俺じゃなくて灯里に言わなきゃ駄目じゃね、くらいにしか思っていなかった。
夏休みが明けて、二人が付き合う事になったと報告してきた時も「へえ、よかったじゃん」と祝福の言葉を送っていた。その帰り道、大和が灯里の手を握り、二人が手を繋いで歩いているのを見た時に、ようやく俺は自分の気持ちに気付かされた。
灯里のことは、ずっと、妹みたいに思っていたから。
どうして、大和が俺に告白しようとしていることをわざわざ断ってきたのか、男女が付き合うということが、どういうことなのか。
馬鹿で幼稚な俺は、その意味をまるで理解していなかった。
中学を卒業し、同じ高校に進学し、時間を重ね、二人が俺の知らない大人の階段を上っていく様を、俺は、ただ後ろから眺めていることしか出来なかった。
そして今も、流されるままに同じ大学へ入り、幸せそうな二人の姿を眺めている。
頭では、わかっている。
何もかもが、もう手遅れなこと。
誰よりも近くで見てきたから。
あの二人の間に、自分の入り込む余地など微塵もないことも。
大和は変わらず親友だし、灯里は妹みたいなもの。
二人の幸せを心から祝ってやるのが正しいことなのだと、頭では、わかっているつもりだ。
なのに、この胸を締め付けるような痛みは、いつまでも消えない。






