プロローグ
吹きつける海風に、島の寂れた風景が、寒さを一層強く感じさせる。
中3の冬、クリスマス直前に祖母は亡くなった。
本来ならば大和と灯里、二人とクリスマスパーティをして過ごしていたはずが、祖母の故郷、瀬戸内海に浮かぶ、人口百人にも満たないこの小さな島で、クリスマスイブを迎える事となってしまった。
あるいは、これでよかったのかもしれない。
あの二人が初めて過ごすクリスマス。
自分など、いない方が二人にとっては……。
大和と灯里、二人の姿を思い浮かべ、胸に締め付けるような痛みがよぎった。
「長門ー!あんた、お婆ちゃんの家の場所覚えてるー?」
墓地の階段の下で、母が声をあげて呼び掛けた。
「ああ。覚えてるよ」
「そう!母さん、ご近所に挨拶回りしてくるから!あんた、適当に時間潰して帰っておいで!」
母は、そう言うと車に乗り込み、間もなく行ってしまった。
視界には、灰色の空と海が広がる。
一日に一便しかないフェリー以外に交通手段はない。
見知ったコンビニもなく、あるのは年老いた婆さんが開く売店のみ。
当然、スマホの電波は島の何処にいても圏外だ。
こんな島で、何をどう時間を潰せというのか。
先程、納骨を終えた墓石を見る。
壇上にある、まだ差したばかりの線香から、独特の香りがここまで届いていた。
その、向こう側。
奥にある墓石の前に、一人の少女が立っていた。
真っ白なコートに、手には真紅の薔薇の花束。
その作り物めいた美しい顔貌には現実味がなく、一瞬、幽霊でも見たのかと目を疑った。
茶色がかった長い髪が風になびく。
歳は、自分と同じくらいか。
もう少し、近づいてみようとしたその時、花束を持った少女の手が持ち上げられて、そのまま、目の前の墓石に叩きつけられた。
真っ赤な花弁の舞う中に、少女は、その大きな瞳で恨めしそうに墓石を睨みつけ、頬に大粒の涙を零した。
まるで映画のワンシーンのようなその光景に、長門は呼吸すら忘れ、見入ってしまう。
踵を返し、少女が墓地を去り姿を消すまで、長門は呆然と、ただ見送ることしか出来なかった。