ティーサロン・三日目 主人公 (1/3)
悪役令嬢・ヴィオレッタはゲームのシナリオ通りに学園を退学した。
退学後は人生を謳歌するため、毎週木曜にティーサロンを開いている。
三度目のティーサロンを開いた日に、それはやってきた。
ヴィオレッタが一番会いたくない相手。
「ユヅキ様……」
ヴィオレッタの真正面に座っているのは主人公・ユヅキ。
学園が終わってから来たのか、制服を着ている。
サラサラのピーチピンクの髪は耳の下のあたりでゆるく巻き、大きくぱっちりした瞳は入念に計算された角度の前髪で隠れないようにされている。
みんながこぞって可愛いと褒めそやすような美少女だ。
ヴィオレッタが退学した経緯は世間にも知れ渡っているのか、今日はサロンの来客も遠慮して、ふたりを遠巻きに眺めている状態だった。
「お久しぶりです、ヴィオレッタさん。ここだとなんですから、お庭に出ません?」
「いえ……わたくしはこちらで結構……ひい!?」
ヴィオレッタはユヅキに手首をつかまれて、震えあがった。
なにしろ彼女は主人公。ゲーム補正の加護がかかっている。逆らうとまたどんな酷い目に遭うか分からない。
「出ますよね?」
「そ、そういえば、そろそろ何かのお花が見ごろだって庭師が申しておりましたわ! なんのお花かは分からないのですけれど! ユヅキ様博識でいらっしゃるでしょ? 教えてほしいですわ~!」
ヴィオレッタは傍系王族の公爵令嬢。家には資産がたんまりとある。
ほとんどの人間を傅かせてきた彼女が、一生懸命下手に出る相手は、ユヅキぐらいのものだった。
――こ……こわいよ~!
ユヅキは可愛らしい外見に反して、人の心がないのか? とゾッとしてしまうような部分を持っている。
ヴィオレッタが一番怖かったのは、ユヅキのミディアムボブを馬鹿にしたとかいうモブ令嬢が、次の日ショートカットになって登校してきた事件だった。
この世界では、女性は罪を犯したときの刑罰として髪の毛を切られてしまうことがある。
また、綺麗な髪の毛はカツラとして高く売れる時代なので、娼婦や貧民層の女の子ほどショートカットにしている確率が高い。
そうした時代背景もあり、まだまだ短い髪の毛は下層階級の証として馬鹿にされがちなのだが、モブ令嬢はほとんど丸坊主に近くなっており、明らかに誰かからちょっとヤバめの暴行を受けたような形跡が濃厚に残っていた。
犯人は明白だったが、もっと恐ろしいのはその後だ。
誰もユヅキを疑わないのである。
何故なら彼女は、神に愛された『聖女候補』だからだ。
主人公補正の加護がどれほど強力か、ヴィオレッタは思い知った。
そして何をしても誰からも疑われない状況がどれほど人を残酷にするのかも、よく分かった。
ユヅキと庭に出る。
彼女は開口一番、こう言った。
「あなたって、転生者だよね?」
「え……?」
「とぼけても無駄だよ。前から変なこと口走ってたもんね。日本のこともよくしゃべってたでしょ?」
「ええ……まあ……」
何をしてもゲームの強制力から逃れられないので、途中でヴィオレッタもやる気をなくして、好き放題の発言をしていた。
ヴィオレッタが前世の知識持ちということは、ほかにも誰か知識持ちの人間がいるかもしれないなと期待していたが、まさかユヅキがそうだったとは。
「それで、主人公様が負け犬のわたくしに何の御用なんですの?」
「あっは、負け犬って! ヴィオレッタさんって面白いよね」
くすくす笑う美少女。
ヴィオレッタもこの主人公のアバターでプレイをしていたので、それなりに愛着のある外見だが、中身がユヅキだと思うと恐ろしい。
「ゲームから外れたことばっかりするから最初はどうやって潰そうかと思ってたけど、最近は私、あなたのこと大目に見てあげようと思ってたんだよ。なんでか分かる?」
「な、なんででしょう……?」
ユヅキはとろけるような美少女フェイスに、狂気的な甘い微笑を浮かべた。
――こわいこわい主人公こわい。
「あなた、私のこといつも可愛いって言ってたでしょ?」
「え……ええ、まあ……」
なにしろ、見た目は本当に可愛い子だ。
「ゲームの本編にはないセリフだもん。あれってあなたがそう思ってたってことでしょ?」
「もちろんそうですわ」
それにプラスして、できれば平穏に生きたいなという打算もあった。
「あれ、とってもうれしかった~! ヴィオレッタマジかわいい! 私前世でもヴィオレッタ好きだったんだよ。何回も攻略した」
「こう……りゃく……?」
実はこのゲーム、女性キャラとの友情エンドもある。
ひたすら女性キャラと一緒に外出などをしていると、そうなる。
「プライド高くってわがままでお嬢様なのに、デレるとすっごく可愛い私の推し、ヴィオ! 大好きなキャラなのに中身入れ替わってるの微妙だなって思ってたけど、あなたもかなりヴィオレッタっぽいよね。すっごくツンツンしてるのに私にだけ照れたりはにかんだりした顏見せてくれるのたまらなくってさあ!」
――照れていたというか、恐れていたというか。
あとはゲームの強制力なのだが、余計なことは言わない方がよさそうだとヴィオレッタは思った。
ユヅキはヴィオレッタの手を勝手にとり、包み込んだ。
「ね? お友達になりましょ?」
「え、ええもちろん喜んで!」
ヴィオレッタは首をかくかくと縦に振った。
違う返事をしたら殺されると、本能が告げていた。
「よかったあ~! アルテス王子攻略するには退場してもらわないといけないからさ、それまではネタバレやめとこって思ってたんだよね」
推しキャラでも邪魔だったら問答無用で退場させるところに、ヴィオレッタはユヅキの心の闇を垣間見た気がした。
「実は私、嫌われてるかと思ってて、今日ここに来るのもちょっと怖かったんだ」
「ユヅキ様……」
彼女にも人並みの心があるのかと、ヴィオレッタが感動しかけた直後。
「嫌われてたら攻略するのに時間かかってめんどくさいじゃん?」
ユヅキの発言にヴィオレッタは開いた口がふさがらなかった。
――人の心がないのかしら……?
なぜ、嫌われている相手とも絶対に和解できると信じているのか。ゲームか。ここがゲームだからか。
「でも、勇気出してきてみてよかった! やっぱりヴィオは私の推しだね!」
「も、もちろんですことよ! あなたの推し、ヴィオレッタでございます!」
「あはは、ヴィオおもしろーい!」
ユヅキはキャッキャと無邪気な笑い声を立てて喜んでいた。
ひとしきり笑い終えたユヅキの顔を見て、ヴィオレッタは再度ゾッとする。
ユヅキは完全なる無表情になっていた。
「……ヴィオは私の友達。そうだよね?」
ヴィオレッタは完全に戦闘意欲を失っていた。
気分的には降参しきった犬である。
「ははははい。わたくしなんでもいたします。どうか命だけは取らないでくださいまし」
「えー、そういうこと言うヴィオレッタ解釈ちがーい!」
「べ、別に、勘違いなさらないでよねっ! あなたのためというわけではなくてよ!」
「ヴィオっぽーい~!」
ユヅキははしゃいでいるが、目は笑っていなかった。
――な、なんなのこの子、怖すぎ!
早くどっかに行ってほしい。
ヴィオレッタはその思いでやり過ごしていたというのに、向こうから来られたのでは意味がない。
「ねえヴィオ、私のお友達。あなたどうしてティグレから『騎士勲章』を取ったの?」
ヴィオレッタはさっと青くなった。