ティーサロン・二日目 謎の男の子 (3/3)
「そうなの……確かにそうかもしれませんわね」
「魔族のことを客人としてもてなせる貴族のご令嬢はそう多くありません」
うれしそうなエマ。
「この子なら、きっと適任だと思ったのです」
「適任……? 何にですの?」
「聖女の中の聖女、聖女王、ホーリー・クイーンです!」
ヴィオレッタは思わずまばたきを数回した。
ホーリー・クイーンとは、『逆ハーエンド』を迎えるときの主人公の役職である。
ヴィオレッタはから笑いをした。
「まあ、面白い冗談。わたくしにお似合いなのは悪役令嬢。聖女のイメージはかけらもありませんわ」
だいたい聖女は、主人公のユヅキにしかなれない職業のはずだ。聖女王もしかり。
「いいえ。僕が見たところでは、あなたが一番その座に近いです」
「そんなわけありませんわ。わたくし、聖女の条件をひとつも満たしておりませんもの」
聖女になるにはいくつか条件がある。
光属性の魔法に精通すること。
性格が『善』であること。
全パラメータを120以上にすること。
――……あら? わたくし、そういえばパラメータはすべて150以上だったわね。
しかし、条件を満たしているのはそこだけだ。
ヴィオレッタの魔法属性は『闇』で、性格は『悪』。
これも乙女ゲー内で固定のパラメータだった。
どうがんばっても変えられない部分である。
――ゲームが終わった今は、変えられるのかもしれないけれど。
ともかく、今のヴィオレッタでは、聖女にはなれない。
聖女になれなければ、聖女よりも一段階上の、聖女王にもなれないのだった。
「いいえ。あなたはきっと、聖女王になります」
エマは自信満々だった。
ヴィオレッタは意味がよく分からなかったので、とりあえず空になったティーカップに目をつけた。
「そう……ところで、お代わりはいかが?」
紅茶を淹れ直す途中で、ふとサロンで出したお菓子の残りが目についた。
――そういえば、抹茶も魔界のものだったわね。
話題に出たついでにと、ヴィオレッタは軽い気持ちで抹茶粉末をかけたチョコケーキを紅茶に添えた。
「……これは……!」
エマがケーキ皿を手に取った。
「抹茶ではないですか!」
「あら、お分かりになるのね」
「ヴィオレッタ嬢も抹茶がお好きなんですか?」
「ええ、といっても、茶道を嗜むわけではなくて、お菓子に使うのが好きなだけなのだけれど……」
彼はぱぁーっと顔を明るくした。
垂れ目が嬉しそうに見開かれ、ヘイゼルの瞳いっぱいにキラキラした光が浮かぶ。
――あら可愛らしい。
こうしてみると本当に、ゴールデンレトリバーに似ている。大好物を与えられたレトリバーならこんな表情にもなるだろうか。
「お付き合いする上で、好きなものが一緒って、大事なことですよね!」
――え?
「あ……その、お友達になる上で、ということなんですけど」
突然何を言い出すのだろうと思っているヴィオレッタに、エマはすまなそうに付け足した。
「抹茶は僕も好きなんですが、なかなか理解者がいなくて」
「そうね。おいしいのですけれどね」
「やはりヴィオレッタ嬢は話が分かる方ですね」
にこにこするエマはとても可愛らしい。
――かわいいけど、変な子ね。
地味ながら美形で、言動もモテそう。ところどころでちゃっかりとあざとい発言をしているような気もする。
――やっぱり攻略対象なのでは……?
ヴィオレッタはあからさまに怪しんでみたが、チョコケーキをおいしそうにたいらげる彼を見ているうちに、だんだん気が変わってきた。
――そもそも、この世界の住人はみんなエマと似てるよね。
悪い人らしい悪い人があまりおらず、だいたいの人物がそこはかとなく美形で、振る舞いが可愛らしくあざとく、しかも恋愛脳だ。
ヴィオレッタがこれまでに出会った性格・悪は、悪役として作られたシュガー公爵と、その娘のヴィオレッタ、つまり自分ぐらいだった。
乙女ゲーとして作られた世界なのだから、それがこの世界全体の文化として根付いているのかもしれない。
ちょうど、日本人が作ったゲームだからと、価値観も日本人向けになっているのと同じように。
――いいことよね? いい人ばかりの世界の方が住みやすいもの。
ゲームの強制力はいただけないが、それ以外の部分は割と気に入っているヴィオレッタであった。
「ヴィオレッタ嬢は、他にどんなものが好きなのですか?」
「なあに。あなた、わたくしとお友達になりたいの?」
からかい気味に言ってみると、彼は困ったように眉を下げた。
「ええと……まあ、そうなんですけど……」
それから小さな声で付け足す。
「……ヴィオレッタ嬢が、嫌でなければなんですが」
――あざとい!
だが許そう、とヴィオレッタは思った。
ヴィオレッタは可愛い生き物全般が好きだ。
彼も相当に可愛らしい。
サロンで愛でるにはうってつけの人物だ。
「よくってよ。あなたをわたくしの友達にしてさしあげるわ。あら、よく考えたらわたくし、友達らしい友達っていないわね。じゃあ、あなたが唯一にして無二の友達ね」
彼は目が溶けてなくなりそうなくらい細め、でれでれの笑顔になった。
「本当ですか? とても光栄です!」
――ああ、なんて優しい世界なのかしら。
エマの純粋な笑顔に心が洗われるようだ。
パルフェ学園でのヴィオレッタは少しばかり酷い目に遭ったが、この世界の人たちは基本的に彼のように善良で優しい人たちで構成されている。
この先もこんな風に穏やかな日常が過ぎていくのなら、それ以上のことはない。
「エマ様が来てくれてよかったわ。来週もまたぜひいらしてね」
「はい……なるべく早く行けるようにがんばります」
「何かご用事があるの?」
「うちは過保護なので、学園外への外出が大変なんです」
「まあ、そうだったの。そういえば、エマ様のおうちはどちらだったかしら?」
「きっと名乗ってもどこか分からないと思います……」
エマはとても恥ずかしそうだ。
学園には庶民の子もいるから、彼もそうなのかもしれない。
「そう? 気にしてらっしゃるのなら、無理にお尋ねはしませんけれど……」
「そのうちご紹介しますね」
エマがにこにこと屈託なく言うのを横目に、ヴィオレッタはなんとなくステータスを確認してみた。
ステータスを見ればその人の名前や職業などが全部分かってしまうのだ。
――名前はエマ、家名は無し……称号、グレートキング?
一国の王様が学園に入学していたとは驚きだ。
しかし、周囲の人間が誰も騒いでいないのなら、ごく小さな公国の主なのかもしれない。
ステータスもごくごく普通。どこにでもいるような子だ。
――きっと王様といっても、ちっちゃい国なのね。
ヴィオレッタはそう結論づけた。
エマの正体も分かったところで、ヴィオレッタの不安も晴れた。変な子だと疑ってしまったが、とてもいい子そうだ。
エマと学園のお話をしているうちにディナーの時間を過ぎてしまったので、その日はおしまいになった。