ティーサロン・二日目 謎の男の子 (2/3)
たとえば相手をデートに誘ったとき。
好感度が高いときと低いときでは受け答えが違う。
相手に恋の相談をしたとき。
やはり、こちらのことを友達だと思っているか、それとも異性として好きだと思っているかどうかで反応が大きく変わった。
他の乙女ゲーでは考えられないくらい、パルフェではキャラひとりひとりのいろんな側面が見られた。
先週のティグレなどはその典型だ。
最初は鬼のように冷たいキャラが、後半になるにつれ優しくなる。
三年間でいかに多くのミニゲームをこなし、イベントスチルを回収していくかを考えるのは、本当に楽しかった。
ゲーム性の高さと、普段遊ばない乙女ゲーの物珍しさと面白さで、すっかりハマってしまっていたが、何しろ本当にルート分岐が多いゲームなので、そこそこやり込んだ身でもサブキャラのシナリオは全然記憶にないのだった。
――たしかサブキャラが何十人もいるんじゃなかったかしら?
製作はもともと男性向けの恋愛シミュレーションを出していたらしい。
シミュレーション部分の調整にも非常に力が入った、かなりの大作乙女ゲーだった。
それだけに話題となり、賛否両論、さまざまな意見が飛び交った。
もちろん、売れただけはあって、好意的な意見も多かった。
でも、女性は戦略性の高いシミュレーションは好まないだとか、百合は不要、男性と違って複数人とのエンディングは嫌悪感を抱く人が多いからやめるべきだといった否定意見も噴出した。
逆ハーレムエンドなどは、『乙女ゲー史上最悪のシナリオ』とまで言われていたような気がする。
主人公は女王様となり、攻略したキャラ全員と仲良くそこで生活する。とにかく全員にいい顔をする主人公に嫌悪感を持つ人が多かったらしい。
やがて乙女ゲーのブームも下火になり、ソシャゲ全盛の時代にコンシューマゲームそのものが売れなくなって、そのうちに製作元は撤退していった。
――いいゲームだったんだけどなぁ。
とにかくボリュームのあるゲームなので、全部コンプリートしたという人はおそらく少数だろう。
――メインの攻略対象のアルテスやティグレくらいは一応覚えているんだけどね。
「ではエマ様。ようこそお越しくださいました。こちらがメニュー表ですわ」
ヴィオレッタが御品書きを出すと、彼はふふふと笑った。
「カフェみたいですね」
「似たようなものですわ」
ヴィオレッタのサロンは改装がしてある。
暖炉のある一画を広げて、かまどつきのキッチンをつけてもらった。お客さんと会話をしながらお茶を淹れて、簡単な料理を振る舞うための措置である。
そのため、お茶だけなら、誰の手を借りずともすぐに淹れられるようになっていた。
「では、紅茶を」
「たくさんご用意しておりますけれど、どれか気になるものはございまして?」
口頭では説明しきれないと思い、メニュー表に茶葉や淹れ方などをたくさんリストアップしておいたヴィオレッタである。
しかし彼は首を振った。
「おすすめの紅茶をください」
――あんまり興味がなさそうね。
ヴィオレッタは困ってしまった。
「おすすめと言われましても、わたくし、あなたのことほとんど知りませんわ」
「ヴィオレッタ嬢はどんな紅茶が好きなんです?」
――質問に質問で返さないでほしいわ。
「……そうね、わたくしは癖のないものが好きよ。苦味がなくて、砂糖やミルクがなくても飲みやすいものが好き。銘柄で言ったらこれとかかしら?」
紅茶の銘柄が地球と同じなのも乙女ゲーならではだろう。
ヴィオレッタは適当にニルギリや凍頂烏龍茶などを指してから、彼にも尋ねる。
「あなたは?」
「僕はあまり、紅茶の味の違いが分からないから。ヴィオレッタ嬢が好きなものを味わってみたいです」
――まあ、モテそうな返し。
そんな風に言われたら、腕によりをかけて出さなければならないと思うではないか。
ヴィオレッタはとっておきの茶葉で、じっくりと紅茶を淹れた。
エマはにこにこしながらヴィオレッタのすることを見ていた。
――なんだか、調子が狂うわね。
「そういえばエマ様は、どうしてこちらに来ようと思ったんですの?」
「招待状をいただいたので」
「でも、他の方はそろって参加を見合わせましたわ。エマ様も見合わせた方がよろしかったのではございません?」
そう、王太子に睨まれている女のティーサロンになど、近寄りたくもないと思うのがまともな人間の心理だろう。
エマは人好きのするやわらかな笑顔で、ヴィオレッタの自虐的な発言を受け流した。
「僕は、以前からヴィオレッタ嬢のことを、いいなと思っていたので」
――モテそうな返し!
これが攻略対象でなくてなんなのか。
しかしやっぱり記憶になかった。
「うれしいわ。本当のところを言うと、先週はほとんどお客さまがいなくて、ひとりで寂しかったの」
ちょっと照れながらそう返すと、エマも照れたようにした。
「……でもごめんなさい、わたくし、あなたのことを知らなくて……どこかでお会いしていたかしら?」
「いえ、僕が一方的にあなたを知っていただけです。ヴィオレッタ嬢やアルテス王子の集団は目立っていたから」
「悪目立ちはしていたかしらね……」
ちょっと遠い目つきになるヴィオレッタ。
エマは全く意に介さず、にこにこと言う。
「全校生徒を集めて食事のマナー講習をしたことがあったでしょう? 世界各国の作法の違いを学ぶ授業です」
――そういえばそんなものもあったかしら。
パルフェ学園は日本人が日本人向けに作った世界がベースなので、登場人物の思考回路もほぼ日本人に近い。
食事の作法も、基本は「いただきます」「ごちそうさまでした」だ。
今では廃れてしまった習慣だが、ここ、サルヴェソルベ王国の国教だと、正式なディナーではまず神様にお祈りを捧げるところから始めるというようなことを、授業で習った。
「そこでのあなたの所作がとても綺麗だったので、びっくりしたんです」
「そう……? 普通だったと思うのだけれど……」
ゲーム内だと、あのイベントも好感度の上下に『パラメータ』がかかわっていた。
お食事の講習会までに『外交』が一定以上になっていると、攻略対象たちが褒めてくれ、好感度が上昇。逆に数値以下だと好感度が下がる。
――ということは、彼もわたくしというよりは、わたくしのパラメータに注目したひとりかしら?
ヴィオレッタの『外交』は現在750。公爵令嬢のヴィオレッタには適性があるのか、『剣術』よりずっと上げやすかった。
ゲーム内で『外交』が200を超えると外国の王子からプロポーズされることを考えると、そこそこ高い数値のはずだ。
「それにあなたは、魔界の食事が出ても、他の生徒たちのように忌避したりしませんでしたよね」
この世界の登場人物はあまり差別心がないが、魔界だけは別だった。
魔族はとても嫌われているのだ。
この国の人は、魔界の食事というだけで、ゴボウを食べさせられた捕虜のような反応をすることがある。
『畜生、やつら木の根を俺たちに食わせやがった!』
ゴボウは木の根。
タコは悪魔の魚。
生の魚は野蛮人の食べ物。
味噌はくさくて食べられたものじゃない。
魔界の食事はおそろしいもの、口にしてはいけないものだという認識が強いのだった。
「だってわたくし魔界のごはん大好きですもの」
魔界の食事はなぜか和モノが多い。
前世が日本人のヴィオレッタからすれば最高だ。
今日お客様に振る舞った抹茶だって、魔界由来だ。
ただ、魔界の食べ物というと敬遠されてしまうので、辺境の食べ物と誤魔化したりはしたのだが。
エマはティーカップを置いて、大きく身振りをして感激を表現した。
「それがとても珍しいなと思ったのです」