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ティーサロン・二日目 謎の男の子 (1/3)


 ヴィオレッタが新たに開いた『ティーサロン』。

 初日はお客様がまったく来ずに失敗に終わってしまったが、それならばということで、ヴィオレッタはまず、お客様を探すところから始めることにした。


 一週間かけてあちこちのパーティやサロンを巡り、貴婦人たちに来てくれとお願いしたのだ。


 ヴィオレッタはなんだかんだ言っても公爵令嬢。面と向かってお願いされたら断れない貴婦人たちはいっぱいいるのである。


 おまけに、先日はティグレというゲームの攻略対象から、超重要アイテムまでもらってしまった。


 乙女ゲーム内では、ティグレから異性として意識されていることを示すアイテムだが、違う効果もある。


 なんと、王城にフリーパスで入場できるようになるのだ。


 ――まあ、せっかくいただいたのだし、活用させていただかなくてはね。


 ヴィオレッタは暇さえあれば王城の庭をうろうろし、お客様になってくれそうな貴族を探した。


 結果――


「本当においしかったわ! ありがとう、レディ・ヴィオレッタ!」

「こんなの初めてよ!」

「とくにこのショコラときたら……! なんてなめらかな口どけなのでしょう……!」

「それでいて苦味もなくて、甘すぎなくて……わたくしが口にしたショコラの中では最高の出来でしてよ」


 貴婦人たちが口々に褒めそやしているのは、ヴィオレッタが用意したおもてなしのドリンクとお茶菓子たちだった。


 テーブルや椅子の背もたれに、脱いだ手袋が散乱している。


 普通、貴婦人は、食事のとき以外は手袋を外さない。


 つまり彼女たちは、サロンで軽い軽食をするつもりで来ていたのに、ついうっかり本気で食べたくなり、いそいそと手袋を脱いでしまったということだ。


 それだけヴィオレッタの用意した料理に夢中になってくれたということなので、ヴィオレッタはうれしくてたまらなかった。


「この緑色のお粉、見たことも聞いたこともないスパイスでびっくりしてしまいましたけれど、とってもおいしいんですのね!」

「ねえ! チョコレートとピッタリでしたわ! ねえ、これはなんておっしゃるの?」


 この世界でもチョコレートが大人気のようだったので、ヴィオレッタは前世知識を活かして、和の素材も取り入れてみたのだ。


「こちらは抹茶ですわ。辺境で採れるスパイスですのよ」


 原料は紅茶と同じ茶葉だということを説明すると、貴婦人たちはたいそう不思議がってくれた。


「まあ~、見たことも聞いたこともありませんわ!」

「すごいわ、さっそく皆さんに自慢しなくちゃ!」

「また来週もあるのよね? わたくしもお友達を誘ってこようと思うのですけれど、平気かしら?」

「もちろん、どんどん呼んでくださいましね」


 ヴィオレッタ、二度目のティーサロンは大盛況のうちに終わった。


 あたりはすっかり暗くなっている。貴婦人たちはこれからディナーなり、舞踏会なりに繰り出すため、ぞろぞろと帰っていった。


 ――わたくしだってやればできるじゃない?


 浮き浮きとした気分で通りに出て、店じまいの看板を出す。


 すっかり馬車の影もなくなった通りに、一台の辻馬車が急に走ってきて、停車した。


 馭者がステップを用意する手間も惜しんで、少し高い馬車から飛び降りたのは、栗色の髪の青年だった。


「ああ……! 今日も間に合わなかった……!」


 がっくりとうなだれる謎の青年。


「あら、先週もいらした方」


 ヴィオレッタが声をかけると、青年は目を丸くした。


「覚えておられたのですか?」

「先週と同じ時間にいらっしゃいましたわよね?」


 彼は顏がくしゃくしゃになるのではないかというくらい、うれしそうに笑った。


「はい! 来てました!」


 ――何かしら?


 ヴィオレッタは不思議に思う。まるで、覚えていてもらえたことが奇跡だとでも言わんばかりの喜びようだ。


「今日こそはと思ったのですが、ダメでした」


 そう言って、ふたたびがくりとうなだれる。


 彼の落ち込みようを見ていたら、だんだんヴィオレッタの気が変わってきた。


 ――せっかく来てもらったのに、二週連続で帰ってもらうのもなんだか悪いわね。


「あの、よかったら、お茶でも飲んでいきませんこと?」


 ヴィオレッタが誘うと、彼はぱっと笑顔になった。


「いいんですか?」


 ――あら、かわいい。


 おっとりした垂れ目といい、栗色の髪といい、温厚な大型犬を思わせる青年だ。


 ――もう少し金色に近い髪の色だったら、ゴールデンレトリバーみたいだったかも。


「本日はわたくしももう出かける予定などございませんし、少しだけですけど、どうぞ」


 屋敷の門の先へ行くよう指し示すと、彼はとても几帳面に「ありがとう」と微笑んで、ヴィオレッタに手を差し出した。手の甲のキスをねだる仕草だった。


 この国では、紳士淑女の出会いがしらのあいさつといえば、手の甲のキスか、さもなければ頬のキスなのである。


 日本人式のお辞儀もある世界なのに、ここだけ乙女ゲー受けする西洋風なのだ。


 ヴィオレッタにしてみればいつものことなので、すっと手を差し出した。


 ――そういえば、手袋を外したままだったわ。


 通常、貴婦人は挨拶の時に手袋をつけていることがほとんどだ。


 ――まあ、いいか。


 見るからに清潔感のあるイケメンなので、素手でも嫌な気はしない。


 彼はヴィオレッタの手を温かな手のひらでしっかりと握り、やわらかな唇をそっとヴィオレッタの手の甲に押しつけた。


 優雅な動作と物慣れた雰囲気。


 ――たぶん、どこかの貴族子息……よね。


 困ったことに、ヴィオレッタには覚えがない。現世でも、前世でも。


「ええと、わたくしがお送りした招待状はお持ちでないのかしら?」

「ああ、それなら……」


 彼は懐を探るようなしぐさを見せたが、やがて肩を落とした。


「……面目ない。忘れてきちゃったみたいなんです。そうすると、参加させてもらえないのでしょうか?」

「いえ、その制服を見ればパルフェの方なのは分かりますし……あなた、お名前は?」


 彼は人懐こい笑顔を浮かべて、言った。


「エマと言います」


 ――女の子の名前……?


 男の子に女性名。よほど両親が変わっていなければつけない名前だ。


 ――彼も攻略対象なのかしら?


 キラキラネームが多いゲームなので、彼もスタッフが用意したキャラである可能性が出てきた。


 ヴィオレッタは前世で一応、ゲームをひととおりクリアしたものの、隠しキャラなどは攻略情報を見ただけで、ちゃんとプレイしたわけではない。


 なにしろシナリオ分岐が多いゲームで、メインをクリアするだけでも一苦労だったのだ。


 ――このゲーム、とにかくパラメータを上げるのが大変なのよね。


 多くの乙女ゲーが一本道シナリオでテキストを読むだけだったのに対し、『パルフェ学園』はパラメータの変化が攻略に関係するという極めて珍しいゲームだった。


 その珍しいシステムが、『逆ハーエンド』という、乙女ゲーの中でもかなり特異なエンディングの実装になったのだ。


 ヴィオレッタの記憶が確かなら、攻略途中で逆ハー状態になることはあっても、複数人とのエンド、いわゆる『逆ハーエンド』があるゲームは相当数が絞られる。


 どんなに数多くの男性からモテようとも、最後にはひとりを選んでカップルになるのが乙女ゲーと言っても過言ではない。


 ヴィオレッタはこの『パルフェ学園』の、極めて珍しいゲームシステムが大好きだった。


 もともとゲーマーである。

 やりがいのあるゲームが好きだ。

 難易度が高ければ高いほど挑戦してみたくなる。


 だからこそ、パルフェ学園のミニゲームが好きで、『最悪のシナリオ』と叩かれた逆ハーエンドも好きで、パラメータによる分岐が多いからこそできる表現が好きだった。


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