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ティーサロン・一日目(3/3)


「お前――いや、ヴィオレッタ嬢」


 ――あれ、あだ名呼びイベントまで?


 ゲーム本編では、好感度が進むとあだ名で呼ばれることがあった。


 ――でも、あだ名で呼ばれてるわけじゃないから、違うのかしら?


 ヴィオレッタのあだ名なら、ヴィオなどになる。

 敬称もついていて、親しい呼び方というわけでもなさそうだ。


「実は、剣の練習相手がいなくて退屈していたんだ。もしもヴィオレッタ嬢がよければ、もう少し手合わせをさせてもらえないだろうか」


 ティグレが頭を下げて頼んでくる。


 ヴィオレッタはにっこりとした。


「お断りでございます。お帰りはあちらですわ。二度と来ないでくださいましね」


 ティグレがいたら、ユヅキや王子がまた絡んできかねないのだ。


 もう二度と、強制力に巻き込まれるのはごめんだった。


「頼む! これほどの使い手に会えたのは初めてなんだ! これまでの非礼はすべて詫びる! どうか!」

「うるさい! おうちにお帰り!」

「どうか! 何でもする!」

「お帰りったら! あっちいけー!」


 ティグレはしばらく頭を下げていたが、やがて顔をあげて、決然とした顏で座り直した。


「ヴィオレッタ嬢がいいと言ってくれるまで、俺はここから一歩も動かん!」

「めーいーわーくー!!」


 ヴィオレッタは困り果てて、ティグレを見下ろした。大型ネコ科のような吊り上がった目が期待でキラキラしている。


 ――小さいころに飼っていたペットもそうだったわ。遊んでほしい時はてこでも動かないのよ。


 ヴィオレッタは額を押さえながら、どうしようか考えた。


「あのねえ、そもそもあなた、ご自分がパルフェ学園でわたくしに何をしたか覚えてらっしゃらない?」

「あれはヴィオレッタ嬢が不正を働いたのだろう?」

「あ、そこはやっぱり正史扱いなんですのね」


 濡れ衣を晴らすこともできないのであれば、ヴィオレッタの方にはティグレに用などない。

 ゲームの強制力に惑わされて何かをしてくるような人と仲良く付き合えるわけがないのだ。


「わたくしは何もしておりませんわ。すべて冤罪でございます。でも、そうね。そういっても信じていただけないのであれば、ティグレ様ともこれっきりにしとう存じます」


 無情に宣言すると、ティグレはうろたえた。


「待ってくれ、しかしあなたの剣技は本物だ! もしもあなたさえよければ、俺の知人の騎士たちにもぜひ見せてやりたい!」

「い・や・で・す・わ! わたくし剣術が使えることはひた隠しにしておりますのよ! 婚期が遅れたらどうしてくれますの!?」


 婚約破棄騒動でもはや嫁ぎ先など壊滅状態なので、気にしても仕方がないのだが、ティグレに居座られても困る。


 適当なでっちあげに、ティグレはハッと目を見開いた。


「……ヴィオレッタ嬢、あなたは、もしかして」


 ティグレの視線は憐れみに満ちていた。

 もはや痛ましいものにそっと触れるかのようにして、言う。


「女だてらに剣が使える自分を恥じていたのか……? だからあれほどの腕前に恵まれながらこんなところでうじうじとまったく似合いもしないサロン経営など……」

「聞き捨てなりませんわね! まったく似合いもしないってどういうことよ!?」

「失礼ながら、ヴィオレッタ嬢はまったく接客業に向いていないと思う。癇癪持ちで高慢ちきでとにかく当たりがキツい」

「真顔で言わないで!」

「女王様をやらせたらハマりそうだ」

「さっきから黙って聞いてれば……!」


 ヴィオレッタの当たりがキツいのは本人の意思ではない。


 過去何度も、ゲームの強制力が働いては、とくに怒っているわけでもないところで怒り、きつい暴言を吐いてきた。


 しかし、今はゲームとなんの関係もない。


 ティグレ相手にイラついている自分に気づいて、ヴィオレッタはため息をついた。


 ――いやだわ。これでは昔と同じ。


 ヴィオレッタはゲームの強制力で悪役を演じさせられていた自分とはきっぱり決別すると心に誓ったのだ。


「とにかく、わたくしもうアルテス殿下やユヅキ様の関係者とは一切かかわりたくないの。あなたともよ。わたくしの剣の腕前に敬意を表してくださるのなら、もう来ないでくださいましね」

「……そうか……もったいないな。ヴィオレッタ嬢ほどの腕前があれば指南役でも十分にやっていけるだろうに」


 ティグレはひどく残念がっていたが、最後には納得してくれた。


「そうだ、よければこれをもらってくれないだろうか」


 ティグレは去り際、きれいな勲章をくれた。


「……これは……?」


 見覚えがある。が、なんだったか思い出せないとヴィオレッタが頭をひねっていると、彼は少し照れくさそうにした。


「ヴィオレッタ嬢は婚期の心配をしていたな」

「ええ……」


 ティグレのはにかんだような顏を見るのは、前世以来だ。

 こうしてみると本当に顏の造作がよく、もう少し成長したらさぞや男前になるのだろうなと思ってしまう。


 将来が楽しみな少年だとヴィオレッタが呑気に考えていると、彼は話しぶりに熱が入ったのか、ちょっと声を高くして、続きをまくしたてた。


「もしもどこにも行き場がなくて、困っていたら、俺を訪ねてきてくれ。職ならいくらでも紹介してやれるし、それに――」


 ティグレはしばらく照れくさそうにしていたが、やがて思い切ったようにきりっと眉をあげた。


「どうしても困ったら、俺と結婚するという手もある」


 ヴィオレッタは血の気が引いた。


 ――思い出した……!


 この、勲章は。このデザインは。

 前世の乙女ゲーで見聞きした、あの。


「う、受け取れませんわ、こんなの!」

「いらなければ捨ててくれ! それでは!」


 ティグレはすばやく勲章を押しつけると、さっさと帰っていった。


「待って! 捨てるわ! こんなの捨ててやるわ! お願いだから置いてかないでー!」


 ヴィオレッタの叫びは、彼に届かなかった。


 彼の足は猛烈に早く、なぜかパラメータで大幅に上回るヴィオレッタでも追いつけない。


 とうとうヴィオレッタは、通りの途中でばてて、立ち止まることになった。


 ――まずいわ……!


 この勲章がヴィオレッタの手元にあるのはまずい。なぜならこれは、物語の流れを変える、超重要アイテムだからである。


 もとのイベントはこうだ。


 主人公は剣術の全国大会で優勝。

 すると応援に来てくれたティグレが言うのだ。


 ――お前の腕前なら、いくらでも職を紹介してやれる。将来、困ったら俺を頼れ。


 そして、自分の大切な勲章を渡してくれる。

 これは彼が尊敬する英雄からもらったもので、売れば一財産にはなる代物だ。身分証としても効果があり、これがあれば王城などはフリーパスで入れてしまう。


 そしてティグレは、主人公のユヅキに向かって、こう言うのだ。


 ――嫁ぎ先が見つからなかったら、俺のところに来るか?


 先ほどの流れは、完全にゲームと同じだった。


 ただ、ヴィオレッタは主役のユヅキではなく、悪役令嬢だという違いはあるが。


 ――どうしてわたくしにフラグが立っているの……?


 イベントの発生条件は、まず剣術のパラメータが200を超えること。


 そのあと、全国大会で優勝することだ。


 ヴィオレッタは大会で優勝なんてしていないし、パラメータだけなら入学時点ですでに200は超えていた。


 ――あ……もしかして、パラメータチェックが働いたのかしら?


 ゲームでは、いくつかのタイミングでパラメータチェックが発生する。これによって攻略対象たちの好感度が上下するのだ。


 これまでの彼は、ヴィオレッタの剣術パラメータをチェックする機会などなかった。


 しかし、決闘をすることにより、数値の照合が働いたのかもしれない。


 いきなり好感度が友人になったのも、パラメータのチェックの結果と考えれば納得できる。


 ゲームでも、ティグレは一切会話やデートをしていなくても、剣術のパラメータを上げると、自動的に好感を持ってくれるようになっていたのだ。


 ――わたくしはもうゲームから解放されたみたいだし、そもそも主人公じゃないし……


 今後は、イレギュラーも発生すると思って行動したほうがいいだろう。


 ――パルフェ学園の関係者には、パラメータチェックが起きそうなことは、当分しないようにしましょ。


 何はともあれ、開店日のお客様がゼロでなかったのだけはよかったとするべきか。


 そろそろサロンを閉めようと思い、ヴィオレッタは邸の外に出た。


 表に置いた看板を回収し、せっせとしまう。


「もしもし」


 声をかけられ、振り向けば、そこには学園の制服を着た、目にもあやな美青年がいた。


 ――あら、なかなかね。


 栗色の茶髪はそれほど珍しいものではなく、とても優しそうな垂れ目をしているので、ぱっと見では無害なモブと判断してしまいそうだ。


 が、よくよく見ると顏のパーツがおそろしく整っており、綺麗な鼻筋ときめの細かい肌質をしている。


「まだ開いていますか?」


 穏やかで甘ったるい声質にヴィオレッタは耳を疑った。


 パルフェ学園の攻略対象はフルボイスだった。


 これほど声と顏がいい少年というと、もはや攻略対象としか思えないのだが、ヴィオレッタの記憶にはない。


「あら、ごめんなさいね。もう閉めようと思っていたところですの」

「そうでしたか……急いだのですが、間に合いませんでしたね。残念です」


 しょぼくれた顔つきも、懐が広くて優しい、おっとりキャラ、といった印象だ。


「毎週木曜日、でしたっけ」

「ええ……」

「次は、なんとか参加できるようにがんばりますね」


 言うだけ言って、おっとり天然風の美青年はどこかに行ってしまおうとする。


「あ、あの! どちらさまでしたかしら?」


 彼はにこりと謎めいた微笑みを見せた。


「名乗るほどの者ではありませんよ」

「ええ!? でも、お名前しりとうございます……って、ちょっと!」


 彼は一切の猶予もなく、馬車に飛び乗ると、さっさと道路の向こうに消えてしまった。


 ヴィオレッタは馬車に何か手がかりがないかと思って去りゆく車体を見つめたが、辻馬車のようで、彼の正体は何にも分からなかった。


 ――誰だったのかしら……?


 ヴィオレッタは必死に記憶を探ったが、まったく覚えていなかった。


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