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三つ目の攻略アイテム


 ヴィオレッタはトロピコが散歩のついでに修道院へと寄ったときを見計らって、ペットのラジエルに話を聞いてみることにした。


 このラジエル、見た目は犬なのだが、神様のお告げを届ける役目を果たしてくれるらしい。


「もしも今年の二月末までになんとかして性格・善にするとしたら、どうしたらいいんですの?」


 ヴィオレッタがそう尋ねると、ラジエルはお行儀よくお座りをして、わんわん! と吠えたてた。


「天界より回答します。不可能です」


 十歳未満くらいの、やや舌足らずな女の子の声がした。ラジエルの喋っていることをアイテムを使って通訳するとこんな感じになるらしい。


「ヴィオレッタ様は今年の二月末まで、性格を変えることはできません。これは天界のお父さまの決定によるものです」


 ラジエルの説明とともに、ヴィオレッタのステータスウィンドウが勝手に開く。


 性格の欄に、メモリのようなものが追加された。


 左端に悪、右端に善とあり、隙間が細かい目盛りで埋まっている。


 ヴィオレッタの性格を現すカーソルは右側の、善の中ほどにあるが、善の部分が黒いペンで塗りつぶされ、悪に無理やり書き換えられていることが図示された。


「そんな……」


 ゲームの強制力だ。


「これは何をしても変えることはできません」


 ヴィオレッタはトロピコのほうをちらりと振り返った。彼には席を外してもらっている。


 話の内容が耳に入ることはないはずだと思い、ヴィオレッタはもう少し踏み込んだ質問をしてみることにした。


「わたくしの役割は終わったのに、ここは変更することができないの?」

「はい。この状態はユヅキ様が聖女認定試験を終えるまで続きます」

「そう……」


 ということはつまり、ユヅキ以外の人間が聖女となることのないよう制限がかかっているのだろうとヴィオレッタは思った。


「わたくしにできることは何もないの?」


 ラジエルはしばらくキュルキュル鳴いて天界と通信(?)していたが――


「天界のお父さまはいろんな方の声をお聞きになります」


 と、ソプラノボイスで回答した。


「たくさんの人がヴィオレッタ様のために祈るのであれば、天のお父さまはきっと聞き届けてくださいます」

「つまり、祈祷をしてもらったらいいってこと? でも、わたくしのお父様には全然効果がなかったみたいなのだけれど……」

「要望があって再審議にかけられても、最終的に判断するのは天のお父さまですから。それと、たくさんの人を笑顔にしてあげるのもいい方法です」


「笑顔に?」


「いろんな人にお菓子を食べてもらったりするとよいでしょう」


 ラジエルはちょいちょいと勝手にヴィオレッタのステータスウィンドウを操作した。


 半透明のウィンドウに、明るいアップルグリーンの文字で、『プロフィールが更新されました』とのテロップが流れる。


 ヴィオレッタのステータス欄に、新しく好物の欄ができていた。


『好物:お寿司、抹茶アイス』


「まあ! これでその人の好きなものを出したらいいのね!」


「たくさんの人がヴィオレッタ様に好意を抱いて、ヴィオレッタ様のために心をこめて祈るのであれば、それだけ声が届く可能性が上がります」


「好意ね? 分かったわ!」


 ひとりでちまちまとお祈りをあげるよりはそちらの方がまだなんとかなりそうだ。


 ヴィオレッタはさっそく、お客様をたくさん呼び込むための方法を検討しはじめた。


***


 ヴィオレッタはまず、たくさんの椅子とテーブルを確保した。


 ――わたくしがひとりで面倒を見られるお客様は、せいぜいが数人程度。それなら、事前の準備が肝要ね。


 お菓子は自分で作るよりもパティシエにお願いした方が早いので、希望を伝えて作ってもらったものを搬入することにした。


 父親や母親の伝手をたどって来てくれそうな貴族たちに会い、声をかける。


 それから、すみれ色のカードで招待状を作った。


 バイト先の修道院に参拝に来る貴婦人、学園で親しくしていた女生徒、トロピコたちと、思いつく限りのところに渡し、宣伝をお願いする。


「この招待状を配ったらいいんだね? 分かったよ! 任せて!」


 トロピコは快諾してくれた。


「……まさか、これ、全部手書きなんですか?」


 ヴィオレッタが渡した手紙の字を見比べ、手に作ったペンだこを見て、ぎょっとしたように言ったのはアズライトだ。


「そうよ」

「馬鹿なんですか?」

「なによ? わたくし闇魔法以外使えないんだもの、仕方がありませんでしょ?」


 世の中には魔法の道具というものがあり、これによって生活のちょっとした不便は解消される。


 実は自動筆記のペンというのもあるので、普通の人は大量に書類を書くときなどにはそれを使う。


 しかし、この便利なペンが、性格・悪の人間は使えないのだ。


 理由は簡単。

 悪用するからである。


 ――闇属性魔法には悪いものがいっぱいあるのよね。


 他人の筆跡を真似てしまう魔法。

 手紙を読んだ人に催眠や呪いをかけるスクロール魔法。


 もちろんほとんどが法律で禁止だ。


 闇属性魔法とは、善良な生き方をしようと思ったら全然役に立たないものなのである。


 もちろん、性格・悪の人間が禁止されたぐらいで魔法の道具の使用をやめたりするわけもなく、ヴィオレッタの父親などはじゃんじゃん活用している。


「……信じられない。本当に馬鹿なんですね。これにはさすがの僕も同情します」


 アズライトが呆れている。


 ――そこまで言うことないじゃない?


 ヴィオレッタがひそかにムカついていると、彼はまた感じの悪い動作で大げさにため息をついた。


「じゃあ、これとか使えばいいんじゃないですか?」


 彼はとても嫌そうに言い、ジャケットの内側にある胸ポケットからペンを取り出した。


「自動筆記機能つきのペン。ヴィオレッタ嬢でも使えます」

「え? そんな……」


 ヴィオレッタは思わずそのペンを受け取りながら、しまった、と思っていた。


 深い青の鉱石でできたペン軸に、金の縁取りをほどこした美しい万年筆。


 ヴィオレッタにはしっかり見覚えがあった。


 ――これ、乙女ゲーで予習したやつ……!


「う、受け取れませんわ、こんなの……!」

「これは俺が記憶させた魔法以外使えないようになってるんで、ヴィオレッタ嬢が使っても大丈夫なんですよ」

「そ、そういうことではないのよ……」


 このペンは、アズライトが入学祝に父親からプレゼントしてもらったものだ。


 しかし、重たいペン軸と高い魔法の道具機能がそのまま宰相家長男の重圧を象徴しているようで、アズライトはこのペンを好きになれなかった。


 ところが主人公は彼の背景などまったく知らず、ただ高い魔法道具の機能だけを見て、大興奮する。『すごい、私もこういう素敵なペンを使いたい』、と。


 アズライトは『人の気も知らないで』と怒るが、主人公は不思議そうに言うのだ。


 ――じゃあ、好きなペンを買ったらいいんじゃないですか? 今度一緒に買いに行きましょうか、と。


 彼は衝撃を受ける。


 自分の好きなペンを選んで買う。


 親のいいなりに優等生をやってきたアズライトにはない発想だった。


 結局彼は青のペンを買い、ついでに主人公には色違いのピンクを買ってあげるのだ。


 親に対するささやかな反抗を通じて、彼は、ようやく適度な息抜きの方法というものを学ぶのであった。


 主人公がもらったピンクのペンは、アズライトが異性として主人公を意識しはじめたことをお知らせしてくれる記念品に過ぎないが、この青い高価な万年筆の方は、アズライトが父親からもらったプレゼントそのものだとヴィオレッタは記憶している。


「これ、かなり高価なものなのではございません?」

「シュガー家の備品に比べたらオモチャみたいなものですけどね」

「でも、誰か大切な人にもらったのでは?」


 父親からのプレゼントをヴィオレッタがもらってしまうわけにはいかないと思い、聞いてみたのだが、アズライトはなぜか首を振った。


「俺にはもういらないものなんで」

「ええ!? でも……こんなに素敵なペンなのに?」


 ――しまった、焦りのあまりつい主人公と似たようなことを。


 ヴィオレッタが後悔してももう遅かった。

 アズライトは遠い目つきをした。


「使ってみたらいまいちで。俺の趣味じゃなかったんですよね」

「あらまあ……」

「俺は、ペンなんてものは実利で選ぶべきだと思ってました。好き嫌いをするのはみっともないことだって言われてましたんでね」


 アズライトの生真面目な性格がうかがえる。


「でも、好きなものを優先してみたら、案外悪くなかったんですよね。父親の言う通りにするだけが人生じゃないんだなって……」


 ヴィオレッタは冷や汗をかいた。


 このセリフはどうだ?


 まるでアズライトの個別ルートの中盤ぐらいでいよいよ好感を持たれたときのようではないか。


「なんで俺はこれからもヴィオレッタ嬢のサロンに遊びに来ますし、このペンも譲ります。俺が、そうしたいと思ったんで」


 アズライトの言葉はさわやかな解放感に満ちていた。堅苦しい生活を強いられていた彼が、これからはもっと楽しい時間を持とうと決意したときの、よろこびにあふれた言葉だった。


 ヴィオレッタはぎこちなく笑みを作った。


 いらないです、なんて、とても言える雰囲気ではなかった。


「……ありがとうございます……」


 ヴィオレッタがおそるおそるステータスウィンドウを確認すると、アズライトからの好感度はユヅキの110をとっくに抜き去り、120まで行っていた。


 ――何を怯むことがあるの? ユヅキ様の代わりに、わたくしが聖女になればいいだけだわ。だからきっと大丈夫。


「せっかくですから、じゃんじゃん活用いたしますわね」

「そうしてください。手書きはいくらなんでもみじめすぎるんで」


 そう言いつつも、アズライトはなんだかうれしそうだった。


 これまでヴィオレッタには険悪な表情しか見せていなかったので、そうしているだけでもずいぶん印象が変わる。


 ――笑っていればこの子も可愛いのよね。


 やっと心を開きつつあるのに、ヴィオレッタが初期化されたら、きっとまたひねくれてしまうのだろう。


 とにかくがんばるしかないとヴィオレッタは思った。


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