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最強悪役令嬢のティーサロンにようこそ!  作者: くまだ乙夜


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クリスマスパーティ(5/5)


「見てたよ? アルテス殿下にアズくんにピコちゃん、それにティグレまで。いつの間にかみんなヴィオに夢中じゃん。どうやってたらしこんだのかなぁ?」

「いえアルテス殿下は全然違うと思いますわ」


 思わず突っ込みつつ、そういえば彼が去り際に手の甲にキスしていったことを思い出した。


 ユヅキに妬かせるためだろうとヴィオレッタにはすぐに察しがついたが、あれをユヅキが見ていたのなら、怒るのも無理はない気がする。


「最近のヴィオ、なんか解釈違いかも」


 ユヅキは人気がなくなったのを確かめてから、壮絶な表情になった。


 ――こ、こわいです……


 ヴィオレッタははやくも白旗をあげて逃げ出したくなっていた。カツアゲのほうがまだましだ。お金を出したら許してもらえる。


「私が好きなのは、私だけがお友達のヴィオ。でも今のヴィオは、みんなのお友達って感じ。私が好きだったキャラを汚さないでくれる?」


 ユヅキが滔々としゃべるのを横目に、ヴィオレッタは焦って、彼女のステータスウィンドウを開いた。そこに、心の声が反映された。


『最低最悪、信じられない! この×××! ×××!』


 それがあまりにも聞くに堪えない暴言の嵐だったので、ヴィオレッタは怖くなってすぐ消してしまった。


 ――こ、この子の心の闇はどこまで深いの?


「あっはー! そうだ、いいこと思いついちゃった」


 ユヅキはいきなり陽気な声をあげた。内心で何を考えているのかは、怖くてステータス画面を確認できないヴィオレッタだった。


「聖女王になったら、最初に、あなたを初期化してあげる」

「初期化……?」

「あっは、そうだよぉ。聖女王は世界に生じたバグを直すために生まれた存在。だから、世界の根幹にかかわるシステムを直接書き換えられるんだよ。知らなかった? だから、キャラクターデータのバックアップを取ってくることも簡単」


 ――そんな裏設定があったのね。


 乙女ゲー『パルフェ学園』で描かれていた聖女王は、聖女のもっとすごい人という感じで、具体的に何をしている人なのかはあまり書いていなかった。


 ということはつまり、前世の記憶を持っているヴィオレッタとユヅキはバグの状態で、聖女王のような存在から粛清を受ける対象だということなのだろう。


「私は聖女王の力を使って、ヴィオレッタから前世の記憶を消してあげる」


 ユヅキは楽しそうに、遊びの予定を立てるようにして言う。


「アルテス殿下のことも、ティグレのことも、ピコちゃんやアズくんのことも、みんな忘れさせてあげる。ゲームの初期状態に戻してあげれば、私の好きなヴィオが戻ってくるよね?」


 ユヅキの見せた微笑みは綺麗だったのに、なぜかとても歪んでいると感じた。


「聖女の認定試験まで残り二か月。楽しみにしててね?」


 ユヅキは一方的に言って、鏡に向き合い、そのまま化粧直しを始めてしまった。


 ヴィオレッタは今しがた受けた宣告にショックを受けてしまって、ろくに化粧直しなどできないまま、ユヅキのあとをついていって、会場に戻った。


 ユヅキはすぐに男子生徒に連れられてダンスホールに行ってしまい、ヴィオレッタはひとり取り残される。


 ――前世の記憶なんて……


 正直に言えば、前世の記憶はそれほど大事じゃない。これまでも、大して実生活の役には立たなかった。


 リセットされたところで、ヴィオレッタの根本的な性格はそれほど変わらないだろうとも思う。


 でも、これまでの思い出が全部消えるのは、やっぱり嫌だった。


 今のヴィオレッタは原作のヴィオレッタと少し違うかもしれないが、それでもそうやって十八年間生きてきたのだ。いまさら他の何かになりたいとは思えない。


 ――記憶が消えて、初期化されるのって、なんだか殺されるみたいね。


 自分が自分でなくなることは怖い。


 それに、ヴィオレッタが記憶を失くしたら悲しむ人たちだっているはずだ。


 アズライトはまた人間不信になって、ヴィオレッタに対する認識をこじらせてしまうだろう。


 トロピコだって、ラジエルだって、ヴィオレッタが別人のように冷たくなったらきっと悲しいはず。


 ティグレもきっと、剣の腕前を惜しんでくれるだろう。


 それに何よりも。


 ――わたくしが初期状態にリセットされたら、きっとエマ様のことも忘れてしまうわね。


 エマの友人はヴィオレッタだけだと言ってくれた。


 ヴィオレッタにまで忘れられてしまったら、とても寂しがるだろう。


 ――ああ。それだけは、嫌だわ。どうしても。


 ヴィオレッタはあてどなく会場をさまよって、ようやく目的の男性を発見した。


「エマ様!」


 ヴィオレッタが声をかけると、彼は驚きに目を丸くした。


「ヴィオレッタ嬢! いらしているとは知りませんでした」


 穏やかな微笑みを見たとたん、ヴィオレッタはなぜか泣きたくなった。


「どうしましょう……ユヅキ様が、わたくしを……」


 エマはそれだけでなんとなく不穏な空気を察したのか、バルコニーに誘ってくれた。


「ここだとなんですから、あちらでお話をおうかがいしましょう」


 ヴィオレッタはユヅキの狙いや、初期化すると宣言されたことなどを、前世の記憶の部分は避けて、出来る限り忠実に喋った。


「そうですか、そんなことが……」


 話しただけでもだいぶ気持ちが楽になり、ヴィオレッタは先のことを考えられるようになってきた。


 このままではいけない。

 どうにかしないとという気持ちが強くなる。


「エマ様は、ユヅキ様が聖女になる前に、わたくしが聖女になればいいとおっしゃっていましたわよね」

「はい。今のお話を聞いて、より強く思うようになりました」

「でも、わたくしはまだ神様から見放されている身。光属性の魔法を一度も使えたことがないのですわ。聖女になるには必要なことですのに……」


 聖女になるための一番大きな資格を、まだヴィオレッタは満たせていないのだ。


「ああ、そんなこと。別に必要ありませんよ、そんなの」

「へ!?」


 ヴィオレッタの驚きをよそにエマはのんびりと言う。


「ヴィオレッタ嬢は今のままでも十分、聖女候補の資格があるということです」

「聖女候補……は、ユヅキ様ですわよね?」


 一体どういうことだろうとヴィオレッタが思っていると、エマはにっこりした。


「ユヅキ嬢よりも、ヴィオレッタ嬢の方が聖女候補にふさわしいということが証明されればいいわけですから、大丈夫ですよ」

「証明っていったって……いったいどうやって?」

「簡単です。ヴィオレッタ嬢が、今のまま、ありのままに過ごしていただければいいんですよ」

「そうはおっしゃいましても……」


 ヴィオレッタは前世で乙女ゲーをしていたから、詳細な条件まで知っている。


 でも、エマはおそらくそこまで知らないはずなのだ。


 根拠のない慰めをもらって、嬉しくはあったが、ヴィオレッタは余計に焦りを感じた。


「僕の実家も、あなたを推していますよ。ですから大丈夫です」


 まるでそれがすごいことであるかのようにエマは言うが、そもそもヴィオレッタはエマの実家のことなどまったく知らない。


「失礼ですけど、エマ様のご実家って?」

「うちはユヅキ嬢が聖女王になるとちょっと困ったことになる家系でして」


 まるで要領を得ない回答だ。


「あなたはあなたらしくしていてください。それで大丈夫ですから」


 エマがそう結んだとき、ユヅキがヴィオレッタを探し回る声がした。


「何も心配することはありません。健やかにお過ごしください」


 エマはそう言って、ヴィオレッタにユヅキと合流するよう目でうながした。


 ヴィオレッタはエマのことが気がかりだったが、ユヅキがかんしゃくを起こしてもいけないので、その場を離れることにした。


 ヴィオレッタはユヅキに付き添って食事休憩をし、またダンスをして、夜が深まる前に帰宅した。


 本来のダンスパーティは夜明けまで続くが、パルフェ学園のものは学生が主体ということもあり、日付が変わる前に完全に終わるのだった。


 怒涛の勢いで終わった一日を振り返り、ヴィオレッタは思う。


 ――エマ様はああおっしゃっていたけど、何もしないのはやっぱり不安よね。


 なんとかやれるだけのことをやってみよう、と思いながら、その日は眠りについた。




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