クリスマスパーティ(4/5)
「そしたら次は僕とも踊ってよ!」
トロピコにダンスホールの中央まで引っ張り出されて、ヴィオレッタはそこでアズライトと別れることになった。
――フォローは……あとで考えましょ。
トロピコとのダンスはちょうど陽気な曲に変わったのもあって、とても楽しかった。
「ヴィオレッタ嬢はダンスが上手だね! 僕まで上手になったような気がするよ!」
「トロピコ様とご一緒できて、わたくしまで明るい気持ちになれましたわ」
トロピコと話していると癒される。
ヴィオレッタが名残惜しい気持ちで控えに戻ると、背の高い男がぬっと近寄ってきた。
「そうなれば次は俺だろう」
声をかけてきたのはティグレだった。
「アルテス殿下がお許しになったのなら、俺もあなたに声をかけて悪い道理はあるまい」
「そう、でしたわね……」
ヴィオレッタはティグレのパラメータを見てみた。
久しぶりに確認する彼の好感度だったが、数値で123と、以前より少し上がっていた。
――これ以上あがってもらっても困るのよね……
ヴィオレッタが神妙な顏でティグレとペアを組み、ホールに立つと、ティグレは少し声を落として、言った。
「よかったら、今度王家の私設騎士団の訓練を見に来ないか? 俺も卒業後に招待を受けているんだが、お前の腕なら自信を持って推薦できる」
「いえ……わたくし、剣の道に生きるつもりなどございませんので」
「なぜだ……!? それだけの腕がありながら……!」
ヴィオレッタはなんだか申し訳なくなってきた。
彼がとてもまじめに剣の訓練をしていることは知っている。
しかしヴィオレッタはゲーム知識により、システムの根幹がどう動いているのかを知っているので、効率のいい訓練法も知っているのだ。
――まさか彼も、ひたすらなわとびを続けていれば剣が上達するだなんて思いもしないでしょうね……
そう。この世界の剣術は、剣の訓練よりも、なわとびの方が効率的なのである。
何を言っているのか分からないかもしれないが、ヴィオレッタも何が起きたのか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった。
乙女ゲー『パルフェ学園』では、剣術の稽古を選択すると、主人公が剣を振り回すアニメーションが出る。
しかし、夏休みにだけ開催される部活動の強化合宿では、ひたすらなわとびを飛び、海辺の砂浜で走り込みをするアニメーションに変わる。
この強化合宿はパラメータの上がり幅が非常に高く、通常の訓練の何十倍も成果を出すことができる。
ヴィオレッタがなわとびを飛んでみたのは、本当にちょっとした思い付きだった。
――まさか、冗談でやってみたなわとび強化合宿のおかげで、常人の数十倍のスピードで身体が鍛えられただなんて説明しても、きっとわかっていただけないでしょうね。
こうしてヴィオレッタは、ほとんど剣を振り回すことなく、なわとびだけで剣術を極め、ついでにほとんどダンスをすることもなく、なわとびだけで舞踊を極めた。
なわとびだけで手先が器用になり、刺繍がある程度まで上達し、なわとびだけでスタイルがよくなり、美しさの項目もそこそこの水準まで行った。
ほとんどなわとびチートでパラメータを上げてしまったヴィオレッタが、ごく正道の努力で剣の道を進んでいる彼に尊敬のまなざしで見られるのは、非常に気まずいことだった。
「……わたくしは、ティグレ様の方が剣の才能があると思っていますわ」
ごくまっとうな努力でそこまでパラメータを上げることができるのなら、ヴィオレッタ仕込みのチート式訓練法で鍛えれば、あっという間にヴィオレッタを抜いてしまうことだろう。
その思いで言ったのだが、ティグレは複雑そうな顏になった。
「……あなたにそう言ってもらえるのはうれしいが……あなたほどの使い手にそう謙遜をされると、わが身の不明が恥ずかしくなるな」
「いえ、謙遜……というわけでもないのですけれど……」
ヴィオレッタのこの微妙な気持ちをどう説明したものか。
「後ろめたくはありますわね。あまり褒めていただきたくない、ような……そっとしておいてほしい、というのが正直なところですわ」
ヴィオレッタが言うと、彼は何か腑に落ちたようだった。
「……嫁入りに差しさわりがあるからか」
「まあ……そんなところかしら……」
「なら、婚約者を探しに行くというのでもいいんじゃないか? 騎士団長なんかは人気があると聞いたが」
「いえいえ、そんな……わたくし、年上の男性はちょっと」
そういえばティグレも一つ年上だったと思い、ヴィオレッタはさりげなくそう付け足した。
実はティグレは年上枠なのだが、アルテス殿下の警備の都合で、ヴィオレッタたちと同学年に入学を果たしている。彼一人だけ、十九歳なのだ。彼がアルテスやヴィオレッタたちに対しても『いい兄』でいようとするのも、年齢差のせいだろう。
彼は露骨にショックを受けたような顔をした。
「そうか……」
なんとなく開きっぱなしだったステータスウィンドウ内に、彼の心の声が投影される。
『ということは、俺よりも、トロピコたちの方がいいということなのだろうな』
――あ、ダメ。かわいそう。
ヴィオレッタはティグレとも幼馴染であるためか、どうにもうまく突き放すことができない。
適切な距離を取るために必要な台詞でも、嫌われたり、悲しませたりするのにどうしても抵抗を覚えてしまう。
『ヴィオレッタ嬢は女王のような性格だし、なにかと偉そうに見られがちな俺とでは馬が合わないのかもしれない』
割と深度のあるセルフダメ出しまでしている。
――そ、そんなに重く考えなくても……ていうか、女王って……
ティグレの中のヴィオレッタはいったいどうなっているのだろうと思わないでもなかったが、ともかく。
女はこの世にヴィオレッタひとりでなし。彼には彼のよさがあるのだから気にするなとでも言ってやるべきだろうか。
――でも、余計なことを言ってまた墓穴を掘るのもね……
ヴィオレッタが悩んでいるうちにダンスは終わってしまった。
ティグレは礼儀正しく、軍隊式の首を下にカクンと向けるお辞儀をして、ホールに消えていこうとする。
「ティグレ様!」
ヴィオレッタは思わずその背に声をかけてしまった。
「あの! また誘ってくださいましね!」
余計なことを言ったかもしれないと後悔したが、ティグレが何とも言えない渋い笑みを見せてくれたので、言ってよかったと思った。
――きっと将来はああいう笑顔が似合うダンディなおじさまになるんでしょうねぇ……
ヴィオレッタはひそかに彼の成長を楽しみにしているのだった。
――さすがに四曲立て続けは疲れるわ。
息を切らしたヴィオレッタが飲み物をとりにいくと、すっと差し出してくれた人がいた。
ピンク色の髪は、ダンスのあとだというのに前髪も含めてきっちりとセットされている。日に五、六回コテを当て直すのだと本人が言っていたが、ガス充てん式のアイロンなど存在しない世界で、どうやっているのかは謎だ。
ユヅキはオレンジジュースの入ったガラスのコップを、ヴィオレッタの目の前でくるりとひっくり返した。
ヴィオレッタは思わず飛びすさった。
「あっ、あっ、あぶないですわね!?」
ドレスにかかるところだったではないかと抗議するヴィオレッタに、ユヅキは花がほころぶような笑顔で言った。
「わあ、たいへん、ジュースこぼしちゃったんですね! 着替えないと!」
「あ、あなたが今……」
抗議しかけたヴィオレッタの手首をむんずとつかむユヅキ。
「お化粧直し。つきあってくれるよね?」
「……はい……」
ヴィオレッタは無言でずんずん先を進むユヅキのあとをついていった。
廊下を外れて、人気のないお手洗いに向かう。
「ヴィオってさあ、人気あるんだね」
当てこすりのように明るく言われて、ヴィオレッタはぎくりとした。