クリスマスパーティ(3/5)
アルテスの口ぶりはまるで、恋破れた少年が、告白をする前に失恋させられたかのようだった。
しかし、ヴィオレッタにはうっとうしいだけだった。
「……殿下って意外と朴念仁ですのね」
ヴィオレッタはついうっかりバッサリと切り捨ててしまった。
アルテスが驚いているが、言ってしまったものは仕方がない。
「ユヅキ様のために教えておいてさしあげますけれど、その場合の正答は『君が好きだから』ですわ」
こんなことも教えられなければ分からないなんて、それでもアルテスは乙女ゲーの完璧王子なのだろうか?
ヴィオレッタは失望する一方だった。
「殿下がわたくしを好きだとおっしゃるのであれば、キスもやむをえませんわねと、わたくしはそう申し上げていたのですわ」
「……そんな風に言われると、どんなに魅力的なご令嬢でも、もういいやって思ってしまうな」
「ですから、簡単に気を変える程度の軽い覚悟で触れられては困るのですわ。わたくしを誰だと思って?」
ヴィオレッタはターンを決めたあと、高揚感に任せて、ちょっと高飛車に言った。
「第十八代国王に連なる大シュガー家の公女ですのよ。この身に触れたいのであれば、相応の礼儀を尽くしていただかねば困ります。愛の一つも囁けないような男なんて問題外」
ヴィオレッタがぴしゃりと言い捨てると、アルテスは苦笑した。
「……やっぱり、婚約は破棄して正解だったな。私では、君の相手は荷が重すぎるよ」
「ええ、そうでしょうね。殿下にはとても務まりませんわ」
ダンスはそこでおしまいだった。
ヴィオレッタが離れようとした瞬間、アルテスが腕をつかんだ。
「もう一曲踊ろうか。その方が私たちの仲直りをみんなに見てもらいやすい」
言いながら、アルテスが強引に腰を抱く。
ヴィオレッタはアルテスの勝手なところも男らしさの現れだと思っていたが、今でははっきり、そんなのは違うと思える。
「……もう十分ですわ」
「君を離したくないんだ。もう少しそばにいてくれないかな」
口説きまがいの文句に、ヴィオレッタは自然と目が細まるのを感じた。
「ユヅキ様の身代わりでしたらごめんこうむりますわ。彼女が人気者で相手にされないからって当てつけるのはおよしになったら?」
「なんだ。バレていたの」
アルテスが悪びれもせずに言うので、ヴィオレッタはいまいましく思いながら、最後の言葉を口にした。
「さようなら、アルテス殿下。お慕いしておりましたわ」
「私もだよ」
おそらくはユヅキに見せつけるためにだろう。
アルテスは意味ありげにヴィオレッタの手の甲に口づけをした。
そんなアルテスには目もくれず、ヴィオレッタは踵を返した。
アズライトのところにまっすぐ歩いていき、尋ねる。
「これでよかったかしら?」
「あ……」
尻込みをしているのか、アズライトがヴィオレッタをダンスに誘う気配はない。
ヴィオレッタはじれったくなって、手を差し出した。
「さあ、観念してわたくしと踊りなさい」
彼が一向にヴィオレッタの手を取らないので、ヴィオレッタはもう構わずにアズライトの腕を取り、ダンスホールに引っ張っていった。
向かい合って立ったとき、アズライトの顔は真っ赤になっていた。
怒らせてしまったのだろうかとヴィオレッタは心配になったが、好感度をチェックしてみると、20、21……と時間とともにどんどん上昇している。
アズライトは結局一言もしゃべらないまま、曲が始まると、おとなしくヴィオレッタと踊りはじめた。
緊張しているのか、動きがぎくしゃくしている。
アズライトは真面目が服を着て歩いているような人間なので、小悪魔的な応対に弱い。ゲームの公式設定にもそう書いてあった。
強引にダンスへ誘い出されるようなシチュエーションもそれほど嫌いではないだろうと思ってやってみたが、数値の上昇はとどまるところを知らず、上がる一方だ。
好感度が30を超えても、止まる気配がない。
――あがりすぎなのでは……?
ヴィオレッタとしては好感度20~30、友人とまでは行かなくても、軽い世間話をしたり、ダンスに誘ったりできる程度の間柄になればいいな、というつもりだった。
好感度はあっという間に友人という目安の50を超え、60になり、70になった。
――そ……そこまでも……?
上がり幅が大きすぎて、ヴィオレッタは不安になってきた。
好感度パラメータの状態を表すひと言には、こうあった。
『もう無理。すごく可愛い。いい匂いする。もう無理』
――チョロい……!
パルフェ学園はパラメータ調整が難しいゲームだ。一つのイベントにつき、変動する数値は大きくても1か2程度。
なのにここ最近は、故障かと思うような数値の変動が起きている。
――現実の人間だって、好感度が急激に上下することはあるでしょうけど、それにしても、こんなに上がるとちょっと困るわ。
嫌われすぎていても動きづらくて困るが、変に好感を持たれすぎてもやりづらい。
どうしたものかと思っていると、アズライトと目が合った。
にこりとしてやると、彼はまた真っ赤になった。
『この人、俺のことなんて眼中にもないって態度だったのに、急にどうしたんだろ?』
――あら、とうとう散文形式で心の声を教えてくれるようになったのね。
ここまで来るとプライバシーを侵害しているようでちょっと申し訳ないが、分かりやすくて助かる。
『ワガママ高飛車お嬢様で救えないと思ってたのに、気さくに来られると、調子が狂うよなぁ』
アズライトの無防備な心の声を見ているうちに、ヴィオレッタはふと思いついた。
ワガママで高飛車な女はダメだというのなら、ヴィオレッタはその通りに振る舞えばいいのではないか。
――でも、どこまでやっていいのかしら?
この異常な上がり幅を見てしまうと、ちょっとしたことでまた急下降するのではないかと思ってしまう。
――マイナスにならない程度に、ほどよく悪い印象を……
ええいままよ、とヴィオレッタは覚悟を決めた。
「ねえ、アズライト様。わたくし、先ほどアルテス様にも申し上げたのですけれど、愛の一つも囁けないような男は問題外だと思っておりますの」
アズライトはぽかんとしている。突然何を言い出すんだ、という顔だった。
――王子相手になんてこと言うんだと思ってくれるかしら?
王党派の彼としては、王子に対する不敬は絶対に許せないだろう。
超王党派の王族を尊重する感情というのは、一般人にはあまり理解しがたい。
親が子どもを大切に思うようなものとはまた違う。
商人がお金を大切にするような感覚と言われると少し近いかもしれない。
商人が、一円一銭の盗みやたかりにも神経をとがらせるのと同様、貴族はほんの少しの敬称間違いや不敬などにもかなりの悪感情を見せる。
アズライトにしてみれば、王子を愚弄されるというのは、店先の商品を盗まれるのにも等しい、許しがたい行動なのだ。
「ですからアズライト様も、ダンスぐらいご自分で誘ってくださいましね。わたくしほどにもなるとたくさんの殿方の相手をしないとなりませんのよ。ご自分で女性に声もかけられないような情けない殿方に構っている暇はございませんの」
――高飛車! これでどうかしら?
ヴィオレッタとしては精いっぱいのワガママお嬢様発言だったが、アズライトはやはりぽかんとしている。
――この子、秀才キャラよね?
こんなに会話ができなくて大丈夫なのだろうかと思っていると、やがて彼はおずおずと言った。
「俺に誘われたって、あなたは踊ってくれないでしょう?」
「いいえ? わたくし、誘われたダンスを断るほど無作法ではなくてよ」
当然のように返すと、彼はより一層挙動不審になった。ダンスにも全然身が入っていない。
『誘ってもよかったのか……!』
ヴィオレッタの期待した好感度の降下は起こらず、逆にどんどん上昇していく。
――90……91……92……あ……あれー?
ヴィオレッタはもうわけが分からない。
好感度は最終的に100ほどまで上昇し、ダンスは終了した。
ヴィオレッタがどうフォローしたらいいのか考えているうちにトロピコがやってきて、アズライトに「よかったね!」と言った。