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ティーサロン・一日目(1/3)


「自分で『ティーサロン』を開きとう存じます」


 これがヴィオレッタの考えていた、ゲーム後の世界を生き抜くサバイバル術なのだった。


 いろんな人を自宅に招いて、おいしいお茶やお菓子をふるまい、楽しくおしゃべりをして毎日を過ごす。


 まさに金持ちの道楽というにふさわしい仕事だったが、ヴィオレッタのように高貴すぎる身分の女性が自分で行えることといったら、このくらいしか残されていなかった。


 ――でも、これはこれでいいわ。


 ヴィオレッタは制限があればあるほど燃える性質だった。


 できることが限られているときほど、工夫を凝らして課題をクリアしてみたくなる。

 ゲームは縛りプレイが好き。

 推しキャラにするなら超絶難易度のキャラが好き。絶対零度以下の冷たい視線で、ウユニ塩湖もびっくりの塩対応をする男が、好感度の上昇イベントで初めて笑うシーンなど、心が躍る。


 その情熱で『王立パルフェ学園』の強制力も突破しようと、それはもう手を尽くしたものだった。


 残念ながらシナリオは変えられなかったけれど、努力のかいあって、シナリオに影響しない部分であれば、かなり自由にできることが分かっている。


 かくして、ヴィオレッタの手で、シュガー公爵家の屋敷にある客室のひとつが大きく改装された。


 新しい壁紙を貼り、カーテンと家具の布を、淡いすみれ色のものに変えた。もっとお金をかけて豪華にしてもよかったが、すぐにサロンを開きたかったので、シンプルなもので間に合わせた。


 ――余裕ができたらちょっとずつ改造していきたいわね。


 模様替えをするのって楽しい、とヴィオレッタは思う。


 部屋の小物には意識してすみれの意匠を使うようにした。


 すみれ尽くしの部屋の主がヴィオレッタ。


 そうやってセットで記憶してもらうことを第一の目標とした。


「さて、せっかくこうしてお部屋もできたことだし、さっそく皆さんをご招待しなくちゃ」


 ヴィオレッタはほうぼうの知人に心を込めて手紙を書いた。


 あて先はゲームの関係者を除く、学園で知り合った人たち全員だ。

 大貴族の娘たるもの、貴族名鑑の暗記は基礎教養。

 学園生全員の顏と家名は頭に入っている。伊達に厳しい王妃教育を受けていない。


”親愛なるみなさま。


 このたびわたくし、ヴィオレッタ・シュガーは、王都のシュガー公爵邸でティーサロンを開催することにいたしました。

 毎週木曜日がサロンの日でございます。


 心のやさしいわたくしのサロンですわ。

 ぜひ、どなたさまもお友達を誘ってお気軽にお越しくださいまし。


 おいしいお菓子がございます。

 お茶も淹れてさしあげます。

 コーヒー・ショコラもございます。


 みなさまのヴィオレッタ”


 これを学園生総勢四百名に送っておいた。


 ――お客様がたくさん来ますように。


 わいわいがやがや、にぎやかなサロンの姿を思い浮かべて、ヴィオレッタはうふふとひとりで笑みを漏らした。


***


 ヴィオレッタはだだっぴろいサロンの中央に頬杖つきながら、ぽつりと言った。


「誰も来やしないのだわ」


 ――知ってた。


 晴れてサロンを開催するというオープン記念日に、サロンのお客様はゼロだった。あちこちに並ぶ『祝・ティーサロン開店』と書かれた花たちはすべてシュガー公爵である。親バカのシュガー公爵ともなると王都中の花屋から花を買い付けてくるくらいわけはないのだった。


「せっかくお花も綺麗ですのにね。もったいない。あら、これ、最近出始めたばかりの薔薇ではございません?」


 せっかくだからドライフラワーでも作ろうかと思い立ち、吊るし紐を物色しようと部屋を出かけたところで、ヴィオレッタは誰かにぶつかった。


「ちょっと! こんなところで立ち往生しないでくださる……」


 ヴィオレッタにぶつかられた人物は、男だった。背の高い男だ。すらりと伸びた背骨と骨格に見合う、無駄のないしなやかな身体つき。


 彼は、いかにも乙女ゲーらしい、甘めの顔立ちをしていた。そばを通りがかったらつい立ち止まって、見とれてしまうような美丈夫だ。


 ヴィオレッタは彼のことを、よく見知っていた。前世でも、今世でも。


「まあ、ティグレ様! ようこそいらっしゃいましたわ!」


 ティグレ・フエルテス。大型のネコ科を思わせる目つきの、騎士見習いの少年だ。


 軍服を着ているのだから『士官見習い』の間違いではないかと思うが、そこは乙女ゲームの世界。騎士の方が響きがカッコいいので騎士見習いなのである。乙女ゲーにおけるカッコいいとは、何にも勝る最強のパラメータなのだった。


 ティグレは、『王立パルフェ学園』に、王子アルテスの忠実な側近にして兄貴分として登場する。本来であれば軍人用の士官学校に通うべき人材なのであるが、アルテスのボディガードとしての役割を周囲から期待され、パルフェ学園に入学した。


 ティグレの家、フエルテス家は騎士の名門で、曽祖父の代から王家の官職を務めてきた実直な家柄ということもあり、この若さですでに王城に出入りする権利も持っている。何より、彼は外見がカッコいい。


 乙女ゲーの攻略対象としては間違いなく有望株であるのだが、しかし悲しいかな、ティグレの身分はそれほど高くない。


 一方、ヴィオレッタは王家の傍流。

 王子アルテスの次ぐらいに高貴な生まれだ。下級の貴族でさえも話しかけるのをためらうような、正真正銘のお姫様である。


 ティグレは高貴な身分の女性に出会ったときの礼儀として、まずは手の甲にキスを求めるべきではないか、とヴィオレッタは考えた。


 いつもならすぐにそうするはずなのに、ティグレは棒立ちでヴィオレッタを見下ろしている。


 ――礼儀作法を忘れてしまっているというのなら、思い出させてあげなくちゃ。


 気をきかせるつもりのヴィオレッタがすっと右手を微妙に出してアピールすると、ティグレは驚きに眉をひそめた。


「軽薄な女だ。その手を仕舞え。不快だ」

「キャラがブレない!」


 彼はゲーム時から好感度が低い相手には偉そうな命令口調だったが、さすがにアルテスの婚約者であるヴィオレッタには最低限の敬意を払っていた。


 まさか自分にもあのゲーム口調で話しかける日が来るとは思わなかったので、ヴィオレッタは思わず感心してしまった。


 キャラがブレない。これも乙女ゲーでは大事なことである。


 ヴィオレッタがおかしなことを口走っても、ティグレは気に留めた様子もない。これもいつも通りなので、そちらは深く詮索しないことにした。


「まあ、ティグレ様ったら。ここはお菓子がタダで食べ放題の幸せ空間でしてよ? 少しくらいわたくしに感謝して、感激して、はいつくばって靴にキスをしてもよろしいのではございませんこと?」

「この俺に額づけと?」


 ティグレが本気で怒っているようなので、ヴィオレッタはますます感心した。全然ブレない。


「あら、おいしいお菓子を頂戴したら、お礼を言うのが人としての仁義というものでしてよ」

「必要ない。甘いものは嫌いだ」

「まあ、それでは何をしにこちらに?」


 ヴィオレッタが首をかしげると、彼は軽蔑したような目つきで見下ろした。


「お前がアルテス殿下の品位を落とすような真似をしないか、監視するためだ」


 さすがは殿下の腹心、とヴィオレッタは感心した。


 感心しつつ、心底で絶叫する。


 ――迷惑!!


 ヴィオレッタは、ティグレ個人は嫌いではない。


 まず何より、アルテスに忠義を尽くす実直な性格がいい。


 そういう人間は一度懐に入れてしまえば優しくなるものだし、ヴィオレッタは本来、あの手この手を尽くして人を振り向かせるのが好きな性分だ。


 ゲームの攻略対象としてなら、最初の高圧的すぎる態度も可愛らしいと思える。


 しかし、ティグレはあのアルテスの取り巻きなのだ。


 彼らに近づくと、ハッピーエンドシナリオの強制力でまたぞろ酷い目に遭いかねない。


 君子危うきに近寄らず。


 とにかく帰ってもらうしかないとヴィオレッタは判断した。



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