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中盤の終わり


 サロンのお客様が帰っていったあと、また一台の辻馬車が表に停まった。


「エマ様! 先日はありがとうございました」


 ヴィオレッタが頭を下げると、彼は照れたように笑った。


「いつも美味しいお茶をいただいているので。そのお礼ですよ」


 エマからゆるんだ感じの笑顔を向けてもらえたので、ヴィオレッタはすっかり嬉しくなってしまった。


「あれからユヅキ嬢とは何もありませんか?」

「もちろんですわ。どうやらラジエルが悪い子じゃないと分かってくれたみたいで……」


 ヴィオレッタはあのあと、修道院のバイトで遭遇したユヅキに、ラジエルはどうしているか聞いてみたのだ。


 ユヅキはラジエルが転生者じゃないことが分かって、急に興味を失くしたようだった。


『過去を覗いてみたけど、どうも転生者じゃなさそうだったんだよね』


 ユヅキはそう言っていた。


 しかしヴィオレッタには意味が分からなかった。


 過去を覗くとはいったいどういうことなのだろう?


 詳しく教えてほしいとお願いしたが、ユヅキは『知らなくていいよ』と言ってごまかしていた。


『いつの間にかピコちゃんのところに戻ってたみたいなんだけど、取り返しに行ったら、余計なことは絶対に喋りませんのでどうか見逃してください! って、手書きの念書まで差し出してくるし……どうやって人間の文字を書いたのか分かんないけど……それで、私の靴底までぺろぺろ舐めるから、まあいっか、って思って』


 なんともいい加減なユヅキだった。


「それにしても、過去を覗くって、いったいどういうことかしら……?」


 ヴィオレッタの知る限り、ユヅキは特別に過去視の能力者というわけでもない。ゲーム内の別キャラにも、そんな能力者は出てこなかった。


 ――シリーズの関連作に出てきたものなのかしら?


 そちらに能力者がいたのかもしれない。ユヅキなら、まだまだヴィオレッタの知らない設定を知っていそうだ。


 ――そのうちユヅキ様にお尋ねしてみましょう。


 ヴィオレッタはそう結論づけて、お客様にお出しするメニューに注意を向けた。


「今日はエマ様に召し上がっていただきたくて、いろいろご用意してみましたの」


 ここ最近のサロンでの会話で、エマが和菓子好きだということは分かっている。


 ヴィオレッタはみたらし団子、わらび餅、白玉ぜんざいのセットを小鉢に入れて、お盆に並べた。


「うわあ~! お団子なんていつぶりでしょうか!」


 エマが素直に歓声をあげて喜んでくれたので、準備が大変だったヴィオレッタも満足した。


 エマが嬉々としてみたらし団子に手を伸ばす。


「すごいですね、実家で食べるのとほとんど変わりません。みたらし団子の味がします」

「うふふ、いやですわエマ様ったら」

「いえ、冗談ではなく、こちらでみたらし団子が食べられるとは思っていませんでした。異文化の食事をこれだけきちんと再現できるなんて、シュガー家にはよっぽど腕のいいシェフがいるんですね」

「そんなに褒めていただくと照れてしまいますわ」


 ヴィオレッタが頬を染める思いで両頬に手を当てると、エマはやや間の抜けた顔つきになった。


「大したことはありませんのよ? 作り方そのものはそんなに難しくないのですわ。もち粉を手に入れるのが大変だっただけで……」

「じゃあ……これ、みんなヴィオレッタ嬢がおつくりになったんですか?」


 ヴィオレッタがうなずくと、エマはさかんに褒めてくれた。


「それはすごい。マイナーなお菓子に挑戦しようと思ってくれたことがまず嬉しいですが、きちんと再現するところまで持って行ってくれるなんて、さすがですね」

「それほどでも……」


 そもそも、団子やわらび餅、白玉の作り方はそれほど難しくない。手順がうろ覚えのヴィオレッタでもすぐにできた。


 大変だったのは、上新粉や白玉粉を揃えることだ。


 魔界の食材を手に入れるのに、父親のシュガー公爵にあっちこっちを駆けずり回ってもらうことになった。


 ――かわいいお前の頼みだものなぁ。


 シュガー公爵は何でもないことのように言っていたが、本来、魔界からの物品の輸出入は非常に難しいらしい。入ってくるものに、なにか悪い魔力が残留していないかをチェックする、『魔法検疫』の規制値が、たいていの食品で、人間の食用には向かないとして弾かれてしまうらしいのだ。


 ――魔法の食べ物が人体に及ぼす影響なんてわたくしにはちっとも分からないし、こればっかりはしょうがないわよね。


 今は高価な輸入品頼りでも、いつかは人間界にあるものでうまく代用して作りたいとヴィオレッタは思っている。


 おそらくエマも学園にいる間は和菓子がそれほど食べられないのではないかと思い用意したが、ヴィオレッタの予想は当たっていた。


 彼が食べている間にそんなよもやま話を披露して、また褒めてもらって、ヴィオレッタも作ったかいが大いにあった。


 エマと平和に笑みを交わしているうちに、ふとヴィオレッタは先日から気になっていたことを思い出した。


 ――この方、記憶の『強制リセット』……だったかしら?


 人間関係にかなり支障をきたしそうなスキルを持っているのに、エマには少しもひねたところがない。


 ということは、いいご家庭に育ったとか、何かしら例外があるのではないかとヴィオレッタは思ったのだ。


「あの、エマ様。つかぬことをおうかがいしますけど……エマ様のことを覚えていらっしゃる方って、わたくし以外にあと誰かいらっしゃいます? その、ご家族の方ですとか……」


 エマはヴィオレッタの質問の意図がよく分からないのか、不思議そうに「ええ」と答えた。


「家族は覚えてくれていますが……それが何か?」

「いえ、エマ様はとてもいい方ですから、きっと素敵なご家族やご友人に恵まれていらっしゃるのではないかと思いまして……」

「ああ……そうですね」


 くすりと笑う顏も温和そのものだ。


「いい家族や、いい部下に恵まれています。でも、人間の友人は残念ながらひとりもいなくてですね……僕としては、ヴィオレッタ嬢だけが心のよりどころなんですよね」

「まあ……そうでしたの」


 ――ホントにこの子、モテそうなのよね。


 ヴィオレッタだけだなんて言われたら、なんとなくドキリとするではないか。


 悪く思っている相手ではなし、つい意識してしまう。


 妙なスキルさえなければ、きっと学園でもモテモテだったに違いない。


「それだけに、もうあと四か月でお別れかと思うと、寂しくて仕方ありません」


 ヴィオレッタはハッとした。


 現在、十一月。ヴィオレッタの学年は来年の二月末で卒業式だ。


 海外の全寮制学校なら五~六月に終わって九月に新学期となるが、日本人向けのゲームなので、日本と同じ学期の四月スタートの三月フィニッシュなのだ。


「僕は今年で卒業なので、本国に戻らねばならないんです」

「そう……エマ様は、留学しにいらしてたんですものね……」


 エマが来ない『ティーサロン』を想像して、思ったよりもダメージを受けている自分を発見し、ヴィオレッタは戸惑った。


 彼がいなくなったら、ヴィオレッタがサロンを開く楽しみの八割くらいが失われてしまう気がする。


 ヴィオレッタがずーんと重い気持ちを持て余していると、エマは遠慮がちに口を開いた。


「……でも、思ったよりこの国が気に入ってしまったので、もう少しいられないかなと思いまして。どこかに受け入れてくれる大学がないかなと、探しているところなんです」

「まあ……!」


 ヴィオレッタは声がうわずるのを感じた。


「ぜひそうなさいませ! なにかお困りでしたら、シュガー公爵家も力になりますわ!」


 勢い込んで言うヴィオレッタに、エマはくすぐったそうに笑った。


「じゃあ、無事に合格できたら、これからもよろしくお願いします……ということで」

「はい。お待ちしておりますわね!」


 来年か、そのまた数年後か。


 留学生のエマはいつか帰ってしまうのかもしれない。


 それでも、もう少しだけ一緒にいられたらいいな、とヴィオレッタは思った。




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