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主人公の強制力


 そして、ヴィオレッタが修道院のバイトに一生懸命打ち込んでいた、ある日のこと。


 それは突然やってきた。


 そのとき、ヴィオレッタは無駄に高いパラメータを活かして、薪割りに励んでいた。


 夜はそろそろ明けようとしている。静まり返った修道院の庭に、ユヅキが登場した。


「ヴィオ~! 会いたかったよぉ~! 久しぶりだねぇ~!」


 久しぶりに見る災厄の元凶に、ヴィオレッタは何とも言えない気持ちになった。


「ねえ、あれから毎日修道院でバイトしてたって聞いたけど、本当?」

「ええ、まあ」

「やだ、もしかして私に会いたかった? ごめんね、他のみんなの相手で忙しくってさあ」

「いえ……」


 ユヅキは潤いのあるさらさらピンクヘアーをあざとく耳にかけなおして、少し照れたように視線を下げた。


「あのね? 私もヴィオに会いたかったんだよ?」


 ヴィオレッタはしょっぱい気持ちになった。


「そういうのは攻略対象の男性たちにやってくださいましね……」

「えっえっ、やだ、違うよ!? ほんとのほんとに会いたかったんだよ!」


 ユヅキは手を組んで、指先をもじもじと動かしている。

 かあっと紅潮した頬や、困ったように下げた眉は、美少女のユヅキによく似合っていた。


「わ、私の最推しは、ヴィオだからさ……」


 ヴィオレッタの心は学園から追放されたときに冷え切っているので、騙されたりはしなかった。


 ――逆ハーメンバー全員にそれ言ってるでしょ。


 ユヅキが『あなただけ特別なの』というようなアピールで攻略対象を次々オトしていたのは、ヴィオレッタも見て、知っている。それだけに、なぜ攻略対象の彼らは同じ手口にやすやすと引っかかってしまうのだろうと思っていた。ユヅキがパラメータ強者だから? それとも、ゲームの強制力だから? それとももっと単純に、美少女だから?


 ユヅキの行動は、ネタさえ割れているのなら、白々しい以外の何物でもない。


 ヴィオレッタはまぶたとまぶたがくっつきそうなくらい目を細めた。


「あっ、冷たい目つき! もしかして、疑ってる? いいもん、負けないもん! すぐに私がトロトロにしてあげるね!」

「トロトロ……」

「なるべく痛くないようにするからね?」

「痛くない……」


 シンプルに気持ち悪いなと思うヴィオレッタだった。


 ユヅキと心のこもらない会話をしている最中に、ガサガサと繁みをかきわける音がして、ヴィオレッタは振り返った。


 姿を現したのはラジエルだ。


 ヴィオレッタはほうきを置いて、そちらに駆け寄った。


「ラジエル~ッ!」


 ヴィオレッタが首をがしっとつかんでよしよししてあげると、ラジエルはかわいくキュウンと鳴いた。


「今日も毛並みがつやつやね! おいしいごはんいっぱいもらってる? ああもう、手が真っ黒! 変なところ通ったでしょ!」


 ラジエルのもふもふした毛並みをもふり倒しているヴィオレッタのところに、トロピコが遅れて登場する。


 にこにこしながらラジエルを見ていたトロピコが、ふいにユヅキの方を見て、ハッとした。


「……ユヅキ? どうしたの?」


 ヴィオレッタもつられて振り向くと、ユヅキは無表情になっていた。


 もふもふと、馬で言うたてがみのあたりをこねくり回しているヴィオレッタと視線が合うや、ユヅキの硬直はすぐさま解けて、笑顔になった。


「なんでもない。ねえ、その子、ラジエルっていうの?」

「そうだよ。前に話したことあるでしょ? 僕が拾った聖獣だよ。最近分かったんだけどね、この子はもともとヴィオレッタ嬢のペットだったんだ!」


 トロピコの答えに、ユヅキは凍りついた。


「……どういうこと? それって、おかしいよね?」


 ユヅキの非難めいた抗議の声に、なんとなくヴィオレッタは嫌な予感がしてきた。


 ――わたくし、何かやらかしちゃったのかしら?


「捨て猫を拾ったら、なんだかやけに大きくなってしまったのですわ。聖獣だなんて知りませんでしたのよ。知っていたら、自分で飼おうなんて思いませんでしたわ」

「へえ、そうなんだ」


 ユヅキは笑顔でいるが、ヴィオレッタには表情が読めない。何を考えているのだろう?


「ヴィオレッタ嬢はラジエルを引き取るために、神様への奉仕活動をがんばってるんだよね! とっても立派な心がけだよ!」


 トロピコが何の気なしに言ったセリフは、ユヅキにとって笑えないものだったらしい。


「……そうなんだぁ……」


 深い闇を感じさせるつぶやきに、ヴィオレッタは背筋がゾクリとした。


 ――な、なにかしら、今の……


 ヴィオレッタはずっとそのことについてユヅキに聞いてみたかったが、トロピコの手前遠慮しているうちに、その日のバイトは終わりになった。


***


 慌てた様子のトロピコがヴィオレッタのティーサロンにやってきたのは、ユヅキがラジエルと遭遇してから数日後のことだった。


 トロピコはひとりだった。サロンの客入りがいまいちなこともあり、ヴィオレッタと差し向かいでお話ができる席に案内した。


「あのね、ヴィオレッタ嬢。実は、あのあとユヅキが僕の家に来て……ユヅキが、ラジエルを引き取るって……」

「そんな……!」

「もちろん、僕はダメだと思ったんだよ。でも……なんだかユヅキがおかしくなってて……僕も、どうしてかユヅキに逆らえなくて……」


 ひどく動揺した様子のトロピコの話はあっちこっちに飛んで分かりにくかったが、引き渡すつもりがなかったのに、なぜかユヅキの言われるがままに譲ってしまったのだと語った。


 ――ゲームの強制力……? 『聖女候補』の力を使ったのかしら?


「なんだか変だったんだ。まるで自分が自分でないような……ユヅキも、ユヅキとは全然別人みたいで……」


 その感じにはヴィオレッタにも覚えがあった。


 学園で、悪役令嬢をさせられていたときに、何度もそうやって操られているような感じを味わったのだ。


「そう……お知らせしてくださってありがとう。わたくしの方からも、ユヅキ様に事情をお尋ねしてみますわね」

「うん……」


 トロピコはとても良心がとがめているようで、今にも泣き出しそうだった。


「ごめんねヴィオレッタ嬢、ラジエルはあんなにヴィオレッタ嬢に懐いていたのに……ごめんね……」


 トロピコに悪気がないことは、ユヅキの力をよく知っているヴィオレッタにもちゃんと伝わってきたが、彼にはきっと、自分がどうしてそんなことをしてしまったのかもまだよく理解できていないことだろう。


 ヴィオレッタは見ていられなくて、差し向かいに座るトロピコのほうに身を乗り出した。


「大丈夫ですわ。きっとユヅキ様も、お話ししたら分かってくださいますもの。ね、せっかくですから新作の紅茶を召し上がって? いくらかドライフラワーも混ぜて、香りのいいブレンドにしてみましたの」


 トロピコはしょぼくれた顏でこくりとうなずいた。


 見ているだけでこちらの胸が痛くなるような表情だ。


 ――ユヅキ様、どんなに壊れた性格でも、攻略対象の男の子にはそんなにひどいことをしないと思ってたけど……


 トロピコをこんなに悲しませるなんて、ずっと本物の聖女のふりをしていた彼女にしては、ずいぶん乱暴なやり方だ。


 トロピコの攻略よりも、ラジエルの方が重要だと判断したのだろうか?


 ――ラジエルも心配だし、早めに会いにいかなきゃ。


 ヴィオレッタが透明なガラスのポットに新しく紅茶を淹れて出すと、茶葉の中に入っている青い花にトロピコが目を留めた。


「……ヤグルマソウだ」

「まあ、お分かりですの?」

「野草は一通り分かるよ。魔獣が散歩の途中で食べちゃうことあるから」

「毒草なんかも食べてしまいますの?」

「うん。一度なんか、落ちてた木の枝をくわえて遊んでた子が中毒を起こしたことがあって……」

「まあ、大変!」


 トロピコは昔話をひとしきり語った。


 違うことを考えたらかなり気が紛れたらしく、話が終わるころには紅茶の香りも話題にできるくらいに落ち着いていた。


「いいにおいだね。僕、またこれを飲みたいかも」

「まだありますから、ぜひ来週もいらして」

「……うん!」


 トロピコがいつもの華やかな笑顔を見せたので、ヴィオレッタもほっとした。


 ――この子はいつもニコニコしていてこそよね。


 落ち込んだ顏をしていると解釈違いなので、早めにバグを取り除きたい、とヴィオレッタは思った。

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