ティーサロン・宰相家の子息(2/3)
ヴィオレッタはとりあえず、冷やしておいた白玉と抹茶アイス、生クリーム、チョコレートシロップを適当に大きめの透明なガラスの器に盛りつけた。
パフェは盛り付け方さえ決めておけば簡単で助かる。
ついでにトロピコとティグレにも、小さめのおまけを出した。
ヴィオレッタは白玉を指して、一応注意を与えておく。
「この白くて丸いものは慌てて呑み込まないでくださいましね」
「これって何ですか?」
「穀物原料の練り物ですわ。丸ごと呑み込むと辛いですわよ。ちょっとねちねちいたしますので」
「ねちねち」
「もちもちですのよ」
「もちもち」
三人とも、なんだそりゃ、という顔をしている。
出す側のヴィオレッタもちょっとドキドキだ。
――もちもちした食感が好きなのは日本人特有だと言うけれど、この世界だとどうなのかしら?
なんでも人種が違うと唾液が出る量なども違うらしく、日本人は食材に水分が多いのをより好むらしい。
先天的に生ものが好きな民族とも言える。
「苦手でしたら避けて食べていただいて構いませんわ。ほかのところはきっとおいしいですわよ」
三人は顔を見合わせた。
トロピコは持ち前の無邪気な好奇心から、ティグレはヴィオレッタへの義理からだろうか、それぞれ白玉をスプーンで掬い取った。
トロピコはかじってみるなり、ぱっと目を輝かせた。
「わあ、ほんとにぷにゅぷにゅしてる! 変なの!」
わあわあと歓声をあげながら食べ進めるトロピコの横で、ティグレが静かに白玉を味わっている。
ヴィオレッタからじっと見られるプレッシャーに負けてか、最終的にアズライトもスプーンを手に取った。
「……ん」
白玉を口にしたアズライトがかすかにうめく。
難しい顏でずっと咀嚼しているので、ヴィオレッタはじれったくなった。
「……どうかしら?」
「おいしい、です」
答えるアズライトの目は心なしかキラキラしていた。
――甘いもの大好きだものね。
前世知識でしか知りようのない彼のプロフィールを思い出して、心の中でそっとつぶやく。
彼の家は代々王の寵臣をやっているので、教育も非常に厳しいらしい。王への絶対服従はもちろんのこと、学問、マナーに至るまで細かく言われて育っている。
甘いものも、取りすぎるとよくないと言われてほとんど口にしてこなかったのだそうだ。
特にチョコレートは毒になるとかならないとかいったような風説に惑わされて、一切口にせずに成長した。
チョコレートが毒じゃないことは日本人のプレイヤーならみんな知っていることだが、この世界の人にとってはまだまだチョコレートは未知の食べ物なのだ。
――それで、主人公に、机上の学問だけじゃなくて、自分で実際に体験してみることも必要だって言われて、初めての買い食いをするのよね。
彼にとって初めて口にするチョコレートの味は甘く、思い出はそのままユヅキへの淡い恋心に代わった、というわけなのだった。
以来、彼は甘党に変身する。
無表情ながらも、なんとなくアズライトの機嫌がよくなったらしいのを感じ取って、ヴィオレッタはここぞとばかりにフォローを入れてみることにした。
「あの、先ほどはごめんなさいね。サイ=ショー家のお名前が、昔覚えた外国語の響きに似ているものですから、ついおかしくて笑ってしまったのですわ」
アズライトはそこでようやく、ヴィオレッタの顔を見た。
「……外国語の?」
「ええ、ダジャレといったらいいのかしら……ありますでしょう? たとえば、そうね……」
何しろ日本語に関わることなのでヴィオレッタはどう言えばいいのか困ったが、なんとかかんとか頭をひねって、サルヴェソルベ王国語と外国語が混ざった、「猫がキャット驚く」といったようなニュアンスのつまらないダジャレを披露した。
「……というわけで、本当に申し訳ないのですけれど、個人的な笑いのツボにはまってしまっただけなのですわ。いつも笑うのは悪いと思っているのですけれど、なかなか止まらなくて……本当に申し訳ありませんでした」
アズライトは黙って聞いていたが、やがて疑り深い目つきでぼそりと言った。
「……シュガー公爵家は、サイ=ショー家を見下しているのでは?」
「えっ……? いえ、まったくそんなことはございませんわ」
そういう風に見えていたのかと、ヴィオレッタは逆に驚いた。
「『お前の家は公爵家といってもしょせんは新興の成り上がり者。傍系王家のうちと同じと思ってもらっては困る』といったような……」
「いやいや、いやいやいやいや」
――どんだけどす黒い女だと思われていたの?
ヴィオレッタはちょっと焦った。
「『公爵といっても四代前まで農民だった分際で生意気よ』と……」
「被害妄想すごいですわね!?」
ヴィオレッタは思わず突っ込んでしまったが、まだアズライトが疑うような目つきをやめないので、もう少し補足することにした。
「家柄の長さなんて気にしたこともありませんでしたわ。むしろ四代で公爵まで上り詰めたサイ=ショー家がすごいのではございません?」
アズライトは少し眉を動かした。
表情からは何を考えているのか読みにくい。
「……シュガーの家系こそ王家にふさわしいという意見もときどき耳にします」
「いえ、それは言いすぎですわ……わたくしもお父さまのことは尊敬しておりますけれど、日の当たる職にはあまり向かない方ではないかしら……」
――悪い大人ですものね。
そっと心の中でつぶやいた。
アズライトは、まだ疑わしそうな顔をしている。
「ヴィオレッタ嬢は、お父上と同じように現王室に反対しているわけではないのですか?」
「いいえ? お父様はお父様ですわ。わたくしは政治のことなどよく分かりませんし……」
「でも、ヴィオレッタ嬢は俺のことを認めていないでしょう」
――やけに食い下がるわね。
ヴィオレッタはだんだん面倒くさくなってきた。
――この子、どうしてこんなに敵意むき出しなのかしら?
ヴィオレッタは知らなかったが、サイ=ショー家の宰相さんと父親の間に何か確執でもあるのだろうか。
現宰相のサイ=ショー氏の顔を思い浮かべたところで、ヴィオレッタはまたダジャレにやられてしまった。
「うふ、うふふふふ……」
――いけないわ、また笑いが。
ひとりでけらけら笑っているヴィオレッタに、アズライトはスプーンを叩きつけて立ちあがった。
「……やっぱり俺帰る!」
「あっ、アズ!?」
トロピコはおろおろしていたが、「ごめん、また明日来るね!」と言い残して、アズライトのあとを追っかけていった。
あとにはティグレとヴィオレッタだけが残された。
ティグレはマイペースに、もくもくとパフェを食べている。
「……あのおふたりは、結局何をしにいらっしゃったんですの?」
ヴィオレッタが困り果てて聞くと、ティグレは肩をすくめた。
「トロピコは、ヴィオレッタ嬢は案外悪くないやつだと言っていた。アズライトも話せば分かるだろう、と」
「まあ……」
それでは彼は、サロンへお友達を紹介しにきてくれたのだろうか。