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ティーサロン・宰相家の子息(1/3)


 ヴィオレッタはその後、せっせと修道院に通いつめ、あっちこっちを掃除する一週間を過ごした。


 あっという間に木曜日になり、ティーサロンへと慌てて戻る。


 その日もお客は少なめだったが、夕方過ぎから意外なお客様が顔を出した。


「やっほー、来たよ!」

「トロピコ様! ……と……」


 学校から直接来たのか、制服姿の男子生徒が三人。


 ひとりはラジエルを足下に従えたトロピコで、ひとりはティグレだ。


 彼は『もう来るな』とヴィオレッタに言われた手前、かなり気まずそうにしている。


「お、俺は、来る気はなかったんだが……」

「僕が無理に誘ったんだよ! 僕たちだけだとちょっと不安だったから!」

「まあ、そうでしたの」


 ティグレはあからさまにビクビクしている。大型ネコ科のような瞳を情けなく伏せて、ヴィオレッタの顔色をうかがっていた。


 ――ここで彼にだけ帰れっていうのも、ちょっと酷いわよね。


 別にヴィオレッタは彼が嫌いなわけではない。


 ユヅキが怖いから、近寄ってほしくないだけなのだ。


 友達に誘われて仕方なく来たのなら、ユヅキに発覚してもそう問題にはならないだろう。


「最近暇をしておりましたから、いらしていただけてうれしいですわ」


 ヴィオレッタが歓迎する旨を告げると、ティグレはほっとしたようだった。


 会話も忘れてぼーっと突っ立っているティグレの表情に、ふとヴィオレッタは目を留める。


 ――あれ? この表情、どこかで見たような……


 ぽーっとのぼせ上がっているとしか思えない、この表情は。


 まさか。


 ヴィオレッタは慌てて彼の好感度を確認した。


 数値は130を超えている。ちなみに120ぐらいから、本人が片思いを自覚するようになる。


 ――思い出した……! これ、本格的に好きになっちゃったあとに出るやつ……!


 ティグレはほのかに野性味を残した美少年面を台無しにして、ぼーっとヴィオレッタに見入っていた。いかにも初恋といった初々しい態度にうっかり萌えたあと、ヴィオレッタは青ざめる。


 ティグレは可愛い。可愛いが、こんなの、ユヅキに見つかったら大変なことになる。


 ――まっずい。なんとかして好感度を下げないと!


 そう、会話の持っていき方次第では、好感度はコントロール可能なのだ。


「……やっぱりティグレ様には帰っていただこうかしら?」


 ヴィオレッタがとっさに言うと、彼はショックを受けたような顔をした。


「……そうだな。俺は……ずいぶんあなたに酷いこともしてしまったし……」


 その仕草が本格的に傷ついているのを押し隠しているような感じだったので、ヴィオレッタは早々に諦めた。


 ――だめね。可哀想すぎてできないわ。


 ゲームプレイ時ならともかく、面と向かって人に好感度が下がるようなことを言うのはかなり辛いとヴィオレッタは思った。


「もう、冗談ですわ! いつも来てくださってありがとうございます!」


 ティグレが見せる、ほっとした表情もまたかわいらしい。


 ――ユヅキ様はよくこれで平気よね……


 彼女のフラグ管理はかなりすごい。そうやってヴィオレッタのことも冤罪をかぶせて追放したのだ。


 ――わたくしには真似できないわ。もう、下手に会話でいじらないで、会話自体を極力避ける方向で行きましょう。


 ヴィオレッタはティグレとの会話を打ち切って、さらにもうひとりの新参客に目をやった。


 金髪にビタミンカラーの差し色が混ざっているトロピコのすぐ隣に、青い幽霊のように陰気な影を背負ってたたずんでいるのは、眼鏡をかけた少年だ。


 さらりと流れるブルーの長い髪を緩く束ね、詰襟に似た堅苦しい服を着ている彼は、羽根飾りやレースで陽気に着飾ったトロピコと好対照をなしている。


 彼は代々宰相を務める公爵家の子息で、学者肌の血筋らしく、頭が切れる。まだ一年生なのに、パルフェ学園の生徒会長も務めていた。


 ヴィオレッタは久しぶりに彼を見て、身体が震えるのを感じた。


 声をかけようと思ったが、なかなか最初の第一声が出てこない。うかつなことを言うと、大変なことになるからだ。


 ぎゅっと唇を引き結んで立つヴィオレッタと、それを無言で睨んでいる彼の間に、トロピコが割って入った。


「ほら、アズ。あいさつくらいちゃんとするんだよ!」


 トロピコに叱られて、青い幽霊のような彼はめんどくさそうな顔をした。


「ほら! 君のお名前は?」


 ヴィオレッタは彼の名を知っている。


 知っているからこそ、やめてくれ、と思っていた。


 もしも真顔で名乗られたら、絶対に笑ってしまう。


 だって、彼の名前は――


「……アズライト・サイ=ショー」


 ――ネーミングが雑!!


 宰相の息子だからサイ=ショー。小学生か。


 残念ながら製作陣は、英語読みなら「バイオレット」になるヴィオレッタの苗字に「シュガー」を持ってくるセンスの持ち主だった。


「うっ……ふ……うふふふふふ」


 肩を震わせて笑っているヴィオレッタに、アズライトは非常に嫌そうな顔をした。それはそうだ。人の名前を聞くなり大爆笑する人間に好感なんか持てるわけがない。


「……何笑ってるんですか? 相変わらず感じ悪いですね」

「ご……ごめ……なさ……うふふ、ひひひ、あはははははは」

「……くそ。だから会いたくなかったんだ」

「アズ! 君もいちいち突っかからないの!」


 舌打ちしそうな勢いでキレているアズライトを、トロピコはお兄さんっぽくたしなめた。


「ヴィオレッタ嬢もだよ! どうしていっつもアズの名前を聞くと笑うの!? サイ=ショー家は立派な宰相の家系で――」

「うふ、うふふふふふ」

「もう、笑いどころじゃないんだよ! 宰相のサイ=ショーさんだってとってもいい人で――」

「うひひひひひはははは」


 ――わざとなの?


 ヴィオレッタはなんとか笑いをひっこめようとしていたが、これでもかというほど地雷を踏んでくるトロピコにやられてしまって撃沈した。


「……ねえピコ、俺もう帰っていい?」


 ヴィオレッタは怒り顔のアズライトに申し訳ないと思いつつ、しばらく動けなくなるほど笑った。


「……たいへん失礼いたしました、アズライト様」

「……」


 ヴィオレッタがどうにか化粧直しの名目でしばらく席を外し、コンディションを整えて戻ってきたときには、アズライトの表情筋は死んでいた。もはや愛想笑いも出ないといった有様だ。


 ――いくらなんでもひどかったわよね。


 そりゃあ怒るよね、と『性格・悪』で薄情なヴィオレッタも思うぐらいなのだから、ご当人の心境はいかばかりか。


 空気が最悪なので、早急にアズライトのご機嫌を取らなければならない。


 ――そういえば、アズライト様って、甘党じゃなかったかしら?


 おぼろげな前世知識を総動員して、ヴィオレッタはふとした思い付きを口にしてみることにした。


「お詫びといってはなんですが、少し凝ったデザートなどご用意しようかと思いますの。甘いものはお嫌いでしたかしら?」

「……嫌いではないですが」


 ――好きなくせに。


 仲良くなるまでのアズライトは、あまり感情を表現しない。ヴィオレッタへの好感度は最悪もいいところなので、致し方ないだろう。


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