シスターのアルバイトをします・2
「まあトロピコ様。魔獣のお散歩中でしたの?」
「うん! 一日一回、一時間くらいは回ることにしてるんだよ!」
さすがは『竜の調教師』の一族。
一時間の散歩なんてかなりハードだろうに、トロピコは元気いっぱいだ。
ヴィオレッタは飛びつくラジエルをしばらくわしわしと撫でて構い倒し、裏返しておなかの毛という毛を撫でまくった。
一通り撫でて満足したあと、集めた雑草などの中にいい感じの木の棒があるのを思い出し、遠くに放り投げてやった。
夢中で取りにいくラジエルの後姿を眺めていたら、ふと、となりでにこにこと一緒に見守っているトロピコが気になった。
「……そういえば、朝がた修道院にいらっしゃったのはどうしてですの?」
ゲーム内でも、主人公のユヅキがトロピコとバイト先の修道院でばったり遭遇するイベントは何度か発生した。
今朝もおおかた何かのイベントが発生していたのだろうが、なんのイベントなのかがヴィオレッタにはよく分からなかったのだ。
「ユヅキに会いにきたんだ!」
トロピコがまったく照れもせずに言うので、ヴィオレッタは感心した。
一歩間違えばストーカーだが、元気な年下少年の発言だと思うと、とたんにさわやかな初恋に聞こえてくる。
先日のティグレといい、乙女ゲーの攻略キャラはストーキングしても全然相手に嫌な印象を与えないからすごい。これが現実だったら相手の女の子が泣いて気味悪がるところだ。
「ここだけの話だけどね……僕、ユヅキのシスター姿、大好きなんだよ!」
「シスター……姿?」
「あの格好、可愛いと思わない?」
確かにユヅキのシスター姿は、ピンクを基調とした外見ともマッチして、非常にかわいらしい。
「あ! ヴィオレッタ嬢のシスター姿もかわいいと思うよ! すっごく似合ってる!」
「お気遣いどうも……」
「気遣いじゃなくて! その服を着ている女の子って、なんでみんなかわいく見えるんだろうね? きれいで優しそうだから僕大好きなんだ!」
ヴィオレッタはちょっと意外に思った。
――シスターさん萌えでしたか。
「ほんと、その服を着ているヴィオレッタ嬢とってもいい感じだよ! はやく真人間になれるといいね!」
褒められているんだかけなされているんだか微妙だが、トロピコに悪気はなさそうだ。
「あぁ……今朝、ヴィオレッタ嬢がユヅキと一緒に並んでる姿、すごくよかった……写真に撮っておきたかったなぁ……」
わりと本気のトーンで言われ、ヴィオレッタは軽く引いた。
――この子、こんなに露骨にシスター服好きな設定なんてあったかしら?
一応トロピコも攻略したはずなのに、ヴィオレッタには覚えがない。
そういえば説明書に、清楚な雰囲気の女性が好みのタイプという説明はあった気がする。
実際のゲームでも、主人公が修道院でアルバイトをすると、そこで遭遇して、好感度があがることがあった。
でも、よく考えてみたら、トロピコとそう何度もバイト先でばったり遭遇するというのがおかしい。何の用があってこのあたりをうろついていたのだろうと思ってしまう。
そのうちにヴィオレッタは、あるひとつの真理にたどり着いた。
――ああ、なるほど。シスターさん萌え……を、乙女ゲー内で女性受けするように無難に表現すると、清楚な女性が好みのタイプ、になるのかしらね。
トロピコも年頃の男の子。フェティッシュな性癖のひとつやふたつ持っていてもおかしくはない。
彼は日ごろから、ここの修道院のシスターさん目当てでお祈りに通っていたのだろう。
ゲーム内で描かれているようで微妙に描かれていない、裏設定というやつだったのだ。
「ヴィオレッタ嬢、それ、片付けるの? 僕持ってあげるよ!」
トロピコは魔獣たちに待てをして、ヴィオレッタが抱えていた草刈り用の鎌や大きなほうきなどを引き受けてくれた。
「他に仕事はない? ちょっとだけなら手伝えるよ!」
「ありがとうございます……でも、大丈夫ですわ」
「そう? あんまり無理して、倒れないようにね!」
ヴィオレッタは瞬間的に違和感を覚えた。
彼は好感度がマイナス最低値のヴィオレッタとも普通に会話してくれるなど、もともと心優しい子ではあった。
しかし、ここまでヴィオレッタの心配をしてくれたのは初めてだ。
不審に思ったヴィオレッタがこっそりパラメータを覗き見ると、好感度がマイナス230ぐらいから、一気にプラスの20ぐらいに上がっていた。
――シスターさん萌え……!
そんなに好きなのか、とヴィオレッタはなんとも言えない気持ちになった。
ヴィオレッタはあまり特定の衣装などにこだわるフェチを持っていないのでよく分からないが、人の萌えも様々だ。
――まあ、いいわ。好感度がマイナスしているよりは健全よね。
断罪を受けるなど、差しさわりが出るほど嫌われているのは困るが、そうでないのなら適度に好感を持っていてもらった方がやりやすい。
ヴィオレッタが光魔法に習熟しない限りは、多少好感度が上がったところでユヅキに勝てるわけもなし、特に問題はないだろう。
ヴィオレッタは薄情な性格・悪の闇属性らしく適当に結論づけて、トロピコの性癖について深く考えるのはやめた。
しばらくふたりで作業をした。
トロピコは荷物をすべて片づけ終わったあと、真剣な表情でヴィオレッタを呼び止めた。
「ねえ、ヴィオレッタ嬢! あのね、僕、君に謝らないといけないことがあって」
トロピコは大真面目だ。
「僕、今までずっと君のことユヅキをいじめるひどいやつだと思ってたけど、最近の君は全然別人みたいだ。それで、よくよく思い返してみたら、僕、君とはほとんどしゃべったことなかったじゃない?」
「ええ……」
「僕はよく知りもしないのに、君のことを悪いやつだと決めつけていたんだ。でも、話してみたら全然違った。それで、急に不安になったんだ。もしかして僕は、勝手な思い込みで、ヴィオレッタ嬢に失礼なことをしてたんじゃないか、って……」
――そりゃあ、冤罪で断罪されてますもの……
その意味では失礼とか失礼じゃないなんて次元を超えているのだが、しかし、彼はそれ以外ではそれほどヴィオレッタに辛く当たったりはしなかった。
ティグレなど、性根が腐っていると言って、店にあるものを壊したりしていた。
その彼に比べたら、トロピコなどは格段にいい子である。
「そうでしょうか? トロピコ様はいつもわたくしに元気をくださるではありませんか」
「ほんとう? 僕、ヴィオレッタ嬢にひどいことしてなかった?」
「トロピコ様には、いつもご親切にしていただきましたわ」
――断罪以外では。
そこらへんの怨恨はぐっと呑み込み、ヴィオレッタが告げると、彼はようやく安心したように、いつもの華やかな笑顔に戻った。
「えへへ……ヴィオレッタ嬢は全然悪い子なんかじゃないね。きっと神様も、たくさんお祈りをしたらすぐに分かってくれると思うな!」
「そうですわね。はやくラジエルをお迎えしたいですわ」
「うん! それまでは、僕がラジエルを連れてヴィオレッタ嬢のところに会いにいくね!」
「まあ……学園からですとうちも結構遠いですのに……」
「僕には飛竜がいるから、平気なんだよ!」
トロピコの明るさに当てられて、ヴィオレッタもつい笑みを漏らす。
――いい子だわ、本当に……
ヴィオレッタは春の日向のような温かい気持ちになった。
こうしてヴィオレッタのアルバイトシスター生活が幕を開けた。